69話:疑念
「それでは緊急将軍会議を開始します」
魔王の軍師ミュゼルワールの第一声でスタートする緊急将軍会議。
ミックスベリー城の一階にあるいつもの大聖堂会議室の長テーブルを囲み、ミュゼルワールと三将軍、そして俺の五名が顔をあわせる。
「今回の議題は世界各国から戦士を募っている王都カレンダに対して我々がどう動くべきか、です。三将軍それぞれの意見を聞かせてもらえますか?」
慣れた口調で場を仕切るミュゼルワール。
俺はこの会議に最大級の警戒をして参加していた。理由はこの魔王の軍師に他ならない。一昨日こいつは俺を『フェレット』の軍師と呼んだ。
俺の事をそう呼んだ者は今まで一人としていない。魔物たちは俺の事を名前で呼ぶか軍師と呼ぶし初対面の勇者たちも俺の事はネズミの魔物と形容していた。
それもそのはず、何故ならこの世界に『フェレット』なんて動物は存在していないからだ。正確には俺のような愛くるしいフェレット顔もいるのだがそう言う呼び方自体がそもそもない。だから俺以外に俺をフェレットと認識できる者がいるはずがないのだ。
(だがこいつは確かにそう呼んだ……しかも多分わざと……)
思い当たる可能性は一つしかない。
だがしかしミュゼルワールの真意が分からない以上大人しく会議に参加する以外の選択肢はない。
それにどちらにしても結論を出すのは早計だ。迂闊な発言は控えてこの会議で少しでもミュゼルワールという男の本心を探らないと……ちっ、王都カレンダがどうとかいうレベルの話じゃないじゃないか!
「しかし随分久しいなミュゼ。五年ぶりくらいか? 魔王様は元気クェ?」
「おい、無駄口を叩くな。お前の地区の事を議論しているのだぞ。焼き鳥にされたいのか?」
レモンバーム将軍がダチョウ将軍に辛辣な言葉を投げつける。
(相変わらずだな、この少女エルフ将軍は……)
「いえいえ、構いませんよ。肩の力を抜いて議論をしないといい案も出ないですからね。レモンバーム将軍もそうカリカリせずに、短気はあなたの良くない所ですよ」
「ミュゼルワール、私にそんな口を聞くとは随分と偉くなったものだな」
「あれ? 立場の上では今は私の方が権限があるはずですが? それがお気に召しませんか?」
「……おい、もう一度一から教育しなおしてやろうかこのオタンチンが」
開始直後からピリピリとした空気につつまれる会議室。
(おいおい、滅茶苦茶仲悪いじゃねーか)
「まあ二人ともやめないか。それにレモンバーム、お前の元部下とはいえミュゼルワールは今や魔王軍の全権を任される軍師。言葉は慎むのだ」
背伸びしてギリギリ机の上に顔を出しているミックスベリー将軍がプルプルと震えながら仲介に入り場を収める。
流石に人徳があるな、いや犬徳か? どうでもいいがそろそろ椅子を高くするか机を低くするべきではないだろうか。
ミックスベリー将軍はそのまま今回の件に関して自らの考えを発言する。
「王都カレンダの件、こちらも正々堂々迎え撃つべきだと思うのだがどうだろうか?」
「クェクェーー! ベリーよ、こっちから攻めた方が早くないか? 実際に王都ウエディはそれで攻め落とせたしな!」
(実際に滅ぼしたのはノワクロだけどな)
「獣くさい野蛮な意見はそのくらいにしておけ。そんな面倒な事をしなくても勇者たちが集まる前に我が『呪術軍』の魔法で王都ごと消し去ってやればよかろう」
一番野蛮な意見が出た所でパンパンと手を叩くミュゼルワール。
「各将軍の考えはよく分かりました。とても貴重な意見をありがとうございます」
にこにこと笑いながらお礼を言う魔王の軍師。しかしその言葉は本当に形式上感謝を述べただけで微塵も感情など入っているようには思えなかった。
「それでは短期間で数々の功績をあげてきたピクルス軍師にも意見を伺ってみましょうか」
笑みを絶やさぬまま突然俺に話題を振って来る。
(……っ。俺か、どうする? 今の段階であまりこちらの考え方を伝えるのは危険か? いや、だがここであえて愚策を出すのも不自然……こちらが警戒している事を悟られるリスクがある、か)
俺は少し考えた後、自分の考えをそのまま述べる事にした。
「……私もこちらから打って出るべきだと思います。ただし大軍を率いてではなく少数精鋭で王都カレンダへの通行ルートへ兵を置き集まって来る勇者や戦士を各個撃破して行くのが良いかと。勇者たちが集まる前に本陣を叩くと言うのも一つの手ですが折角勇者を一網打尽にできる好機、ここを利用しない手はないと考えます……」
会議室から、おぉ――! という声があがる。
そりゃあこの馬鹿将軍たちには考え付かないような手だろうが別に普通の策だ。問題はこの案を聞いて目の前にいる魔王の軍師がどう反応するか、だ。
パチパチパチ。
えっ……?
手を叩いてこちらを見るミュゼルワール。
「いやぁ! 素晴らしい! 素晴らしい考えだ! 流石はミックスベリー将軍が惚れ込んだ軍師、いやぁ感服しました」
その声は先ほどとはうって変わって確かに感情がこもった声であった。
な、なんだ? 意外とこいつも馬鹿なのか? もしかして俺の杞憂……
「だが駄目だな。貴方の案がもっとも駄目だ」
ゾッ……
寒気がするような冷たい声を発するミュゼルワール。
(な、なんだ……こいつ!?)
「ミックスベリー将軍。アールグレイ将軍。レモンバーム将軍。貴方たちが言うようにこちらも兵を集めて勇者連合軍と戦う方向で作戦を進めていってください、方法は任せます」
そう言って椅子から立ち上がる。
「おい、どこへ行くミュゼルワール! 会議はまだ始まったばかりだぞ」
「私も多忙な身ですので魔王城へ戻ります。確認したい事は終わりましたので」
「クェ?」
ミュゼルワールはそのまま俺の所までゆっくり歩いて来る。そして俺の耳元へ顔を近づけ小声でこう告げる。
「(正解は『何もしない』だ)」
こいつ! 何を言っている!?
「(余計な事はしないで下さいね。生きていたいのなら)」
そう言って笑顔で俺の肩をポンッと叩き会議室を後にするのだった。