【番外】番外最終話:勇者とチェーンソー②
ワイバーン隊の龍から放たれた『魔王』という言葉は明らかに手元でエンジン音を鳴らすチェーンソーに向けられていた。
「ハヤヒデ防、何言うとんや。わしは崇高なる殺戮マシーン、チェーンソーさんやで」
ハヤヒデと呼ばれた龍の言葉を否定するチェーンソー。だが龍は目を潤ませながら片言で喋る。
「イエ……ソノ声ハ確カニ魔王様。噂デ少シオ姿ガ変ワッタト聞イテオリマシタガ、間違エルハズガアリマセン。アア、何十年ブリデショウカ……」
感動しているハヤヒデ龍。傍らでその様子を見ながらもう一匹のワイバーン隊の龍は戸惑っている。
人違い? 他人のそら似? でもチェーンソーも相手を知っているみたいだし……どういう事だ?
「えっと、チェーンソーさん、あの龍お知り合いですか?」
俺はお喋り機能モードに入っているチェーンソーに尋ねる。
「おう、そや。ガキの頃からよう知っとんねん」
「あの龍、チェーンソーさんの事を魔王とか言ってますけど……」
「阿呆抜かせ! わしは崇高なる殺戮マシーン、チェーンソーさんや!」
ブォンブォンとエンジンをふかせて反論する。
「えっと、じゃああの龍とはどこで知り合ったんですか?」
「どこで? う~ん、そう言われると思い出せんなぁ。まあええやないか、知り合いは知り合いや」
(なんなんだ……? 話が噛み合わないぞ?)
とにかくこれは絶体絶命のピンチから逃れる好機かもしれない。相手の一匹の龍はこちらへの攻撃意思が削がれているし、もう一匹も動揺している。勘違いか何かは分からないけどなんとかこの場を乗り切って……
「そう言えばお兄やん、もう帰るんか?」
「へ?」
こんな状況で急に別の話題を振って来るチェーンソー。
帰る? そりゃあこの場を見事に逃げ切って城へ……皆の所へ帰りたいけど……よくよく考えると俺が今帰ったら確実にこの龍たちもついて来るんだよな。それでは折角城からこいつ等を遠ざけた意味がない。
「……確かに、そう考えると帰るという選択肢は俺にはないのかもしれませんね」
流石はチェーンソーさん、もう少しで俺はバッドチョイスをするところだった。勇者としてここで退くわけにはいかないよな……
決心した俺は再度龍たちにチェーンソーの刃先を向けて戦闘態勢をとる。
「悪いけど付きあって貰いますよチェーンソーさん!」
そう言って取っ手の部分を強く握る。
「ちょっ! 優しく持ってぇな、痛いやん」
「あ、すいません」
「それにお兄やんの悪夢はもう消えてるで、わしが食い尽くしたからな」
また訳の分からない事を言い出すチェーンソー。お喋り機能も万能ではないという事なのだろうか。どちらにしても今の形式変化型刃、『夢語』では戦えない。ここは『一刀斎』で……
その時、地面に向かって何か突風のような物が吹いた気がした。
その正体に気がつかなかったのも無理はない。この戦場に上空から凄い勢いで人が降ってくるなんて想像の外だったからだ。
ドスン……目の前の一匹の龍の首が大きな音を立てて地面に落ちる。
「な!?」
「グルル!?」
俺たちが大苦戦した龍の首がごろりと転がる。上空から降り立ったのは先日王都カレンダで会った全身を黒一色で統一したエルフであった。
「あ、貴方は……この前の」
もしかして援護に来てくれたのか? って事はやっぱりこの人も勇者連合軍の一員? あまりの強さに驚愕しながらも予想外の援軍につい安堵する。
「勇者さん。貴方、少しやりすぎですかねぇ」
「え?」
小さな溜息をこぼしながらこちらに近づいて来る黒いエルフ。そしてチェーンソーに手をやると無理矢理形式変化型刃を引き剥がす。
「……っな! 何を!?」
呆気に取られる俺をからチェーンソーを奪い取る。突然の行為に思わず黒エルフの肩を強く掴む。その時、腹部から発する強烈な痛みに気付く。
「え……?」
黒エルフの纏った衣の一部が鋭利な刃物となって俺の腹部を貫いていた。
体が熱い、まるで血が逆流しているようだった。我慢できずに大量の血反吐を吐いた俺はたまらずその場にうつ伏せに倒れ込む。
「な……んで……」
「なんで? おかしな事を言いますね。モルモットが実験の後に処分されるのは当然でしょう?」
黒エルフの暗く冷たい声が響く。
「ただ少し感謝もしているのですよ貴方には。貴方に使われる事で魔王はその力をかなり戻す事ができた。ですがそろそろ潮時です、完全覚醒はキチンと私の管理下でしてもらいたいですからねぇ」
こいつ……何を言って……ぐ、駄目だ意識が……
「グルル……ミュ、ミュゼルワール様? ナ、何故同胞ノ首ヲ!?」
「えっと、君はハヤヒデ君と言うのかな? いや、残念だよ。黙って見ているつもりだったのだがこの状況では魔王が起きてしまいそうだったのでね。つまり君の同胞が死んだのは君のせいだと言っていい」
「ナ、何ヲ……」
「あぁ、安心してくれ。ワイバーン隊は今日で解散だ。隊員がいなくなってしまっては隊を存続させる理由なんてないからね」
……遠のく意識の中、右手に魔力を集中させて黒エルフが不敵に笑っているのが見えた。
(なん……なんだよ、訳わかんねぇ……終わり……終わりって事なのか? ちくしょう……)
黒エルフが解き放った魔力の塊は黒い円になって俺と龍を飲み込む。体を引き裂かれるような感覚の中で脳裏に浮かんだのは仲間の姿だった。
(リオロザ、リファリー、ライファンさん……俺、また死ぬみたい……皆は生きて……)
俺がこの世界で記憶しているのはここまでだった――――
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「203号室の患者さん目を覚ましました!」
ん……?
気がつくと俺は少し硬めのベッドの上にいた。白い枕に薬品の匂い、手には点滴の管が刺さっている。
体どころか首も動かす事はできない、だがどうやら生きているようだ。ボーッとした頭で辺りを眺める。白衣の女性に医療器具と思われる機器の数々。俺がいた異世界では到底お目に掛かれない物ばかりだった。
「ここは……」
「無理に喋らないで下さい、今先生が来ますから」
白衣の女性が何かを記入しながら、俺が喋るのを抑止する。どうやら看護婦さんで間違いないようだ。
「大丈夫……です。それより俺、なんで生きているんですか?」
「覚えていなくても無理はないです。伐採中の木の下敷きになっていたんですから、さあもう喋らずに休んでください」
「いえ、それは覚えています。でも俺は死んで……死んで別の世界に……」
看護婦さんは優しく俺の手を握りながら言う。
「伐採道具が倒れた木との緩衝剤になって守ってくれたんです。もう、悪夢は終わりましたから。ご家族や彼女も何度もお見舞いに来ています、早く元気になって安心させてあげましょう。さあもう休んでください」
伐採道具……チェーンソー?
もしかして少し長い夢だったって事なのかな……
それにしては頭の中にしっかりと残るあの世界の記憶。夢か幻か……今となっては分からない……だが、あの世界そのものが悪夢ではなかった事だけは間違いない。
薬のせいか怪我のせいか、襲ってくる眠気。看護婦さんの言う通り今の俺は元気になるのが仕事……か。
俺はゆっくりと目を閉じ相棒であるチェーンソーに感謝しつつ眠りにつく。