【番外】23話:勇者とチェーンソー
目の前に降り立った二匹の龍。しかもその内の一匹はさっきやっとの思いで倒した龍より一回り大きい。
俺はチラリと後ろを確認する。ふらつきながらも立ち上がり戦う意思を見せるライファンさんとリファリー。リオロザが回復魔法をかけてはいるがとても連戦できる状態ではない。俺は前方の龍から視線を外さぬまま小声で話しかける。
「ライファンさん、リファリー、俺が時間を稼ぎます。その間にリオロザを連れて逃げて下さい」
「なっ……嫌です! 馬鹿な事を言わないで下さいバッサイザ―様!」
「何を言っているのだバッサイザ―!? 魔物の前に血祭りにあげられたいのか? 私は平気だ、あと10匹は余裕だ」
「そうですぞ。バッサイザ―殿を一人置いて逃げる事などできるわけがありますまい」
俺の提案に反発する三人。でもこれ以外に生き残る術はない。
「大丈夫ですよ、俺は一人じゃありません。こいつがいますから」
ポンッと手に持ったチェーンソーを叩いて無理矢理笑顔を作る。
「ふざけるな! そんな事は絶対に許さん。私も戦うぞ」
「そうです、バッサイザ―様ともチェーンソー様とも、死ぬときは一緒です!」
「ぬはは。そういう事ですぞバッサイザ―殿。さあもうひと踏ん張り、ここを乗り切って王都カレンダへ帰還しましょうぞ!」
思い思いの言葉を口にして俺を守る様に前に出て来る三人。説得しても言う事を聞く人たちじゃない……か。俺は形式変化型刃、『迅風』をセットする。チェーンソーが俺の上半身に絡みつき刃で空駆ける翼を作る。そしてスゥと大きく息を吸い込んで大声で叫ぶ。
「龍どもぉ! お前等の仲間を殺ったのはこの俺、勇者バッサイザー様だ! 仇が取りたければ追って来い!」
そう言って超速で空へと飛び立つ。
俺のあっという間の行動に呆気にとられ立ち尽くすライファンさん、リオロザ、リファリー。豆粒のように小さくなっていく三人は俺に向かって何かを叫んでいたが、その声を聞きとる事はできなかった。それでいい、決心が鈍る。
思惑通りと言うべきか必然と言うべきか龍たちは翼を広げて俺を追って来る。このまま空を飛んでこのグラン峡谷の対岸まで行ってしまえばライファンさんたちは追って来る事ができない。これで三人がワイバーン隊に殺される事はなくなった。
(皆、元気で……)
本当に勇者とは損な役回りだ。
飛行しながら追って来るワイバーン隊の龍に目をやる。凄い勢いで追って来てはいるがスピードではこちらが上で少しずつその距離の差を広げて行った。
できればこのまま逃げ切りたいところだったが最大で五分しか連続使用ができない『迅風』はグラン峡谷を渡りきったところでその限界を迎える。対岸の地形は小高い岩山が所々にあるが遮蔽物は少なく、隠れながら戦うには十分とは言えない。いち早く地上へと降り立った俺は二匹の龍を迎え撃つため手持ちの形式変化型刃を確認する。
『流星破壊』は使用制限で使えない。
『迅風』も当分は無理か。
『星雲』では火力不足で普通にやってもダメージが通らない。
『守衛』は俺がチェーンソーを武器として使えなくなってしまう。
と、なると七種類の形式変化型刃で使えそうなのは『赤信号』と『一刀斎』……あとは今まで一度も使ったことがないこいつくらいか……
俺は最後の形式変化型刃、『夢語』を手に取る。いや、一度も使ったことがないというのは語弊があるか。正確には使ったが効果が分からなかったのだ。使用方法はどこにも記されていなかったし、何度か使ってはみたがチェーンソーの形状が変化する事はなく自分にも相手にも特に変わった事は起きなかった。『夢語』という名称から幻惑系の効果がある事に期待したい所だが……
この土壇場で効果を発揮して見事に逃げおおせるという奇跡を願わずにはいられない。『赤信号』と『一刀斎』を駆使しても勝つことはおろか逃げる事さえ難しいのは先ほどの戦闘で嫌と言う程体感している。
(ここは一か八かだ……)
俺は少し考えた結果形式変化型刃、『夢語』をチェーンソーに装着させる。そして丁度そのタイミングで二匹の龍がドスンッと音を立てて再び俺の前に現れる。
「随分お早いお着きで……」
苦笑いしながらチェーンソーを構える。
グオオォォォ! と雄叫びをあげる二匹の龍。その咆哮の衝撃にフラフラの状態の俺は立っているのがやっとだった。しっかりと地面に踏ん張りをきかせて、歯を食いしばりチェーンソーの刃先を相手に傾ける。
「ぐっ……頼む、形式変化型刃、『夢語』!!」
シーン……
俺の声が虚しく響く。
今まで使って来た時と同じように何も起こる気配はない。
(くそ、やっぱり無理か)
ピー……
落胆しかけた俺の耳に聞き覚えのある音が飛び込む。これは……
セーフティモード起動します――
「う~ん、よぉ寝たわ」
手に持ったチェーンソーから緊張感のない声がする。
「チェーンソー……さん?」
「おっ、お兄やんやないか。久し振りやな」
この世界に来た時と同じようにエセ関西弁で話しかけてくるチェーンソー。という事はチェーンソーの使い過ぎでお喋り機能モードに入っちゃったのか!?
この状態って確か形式変化型刃が使えないんだったよな……詰んだ。陽気に話しかけてくるチェーンソーとは裏腹に俺は絶望の淵に立たされる。
「うん? なんやなんや、懐かしい顔もおるやないけ。お前たしかワイバーン隊の……おぉ! そうや、ハヤヒデの坊やないかい。大きくなったなぁ」
へ? チェーンソーは俺だけでなくワイバーン隊の一匹の龍にも話しかけている。ハヤヒデと呼ばれた龍はきょとんとした顔をしていたが、何かに気付いたのか急にかしこまって声を出す。
「グルル……マ、マサカ。ソノ声ハ……魔王様?」
魔……王!?