【番外】21話:勇者バッサイザー
カタラニア大平原の空が赤く光る。
ついに始まった魔物との大戦争。作戦通り先陣を切って『流星破壊』で、戦争の開幕を告げる強力一撃を空飛ぶ魔物の群に打ち込む。
「おお、なんという魔法だ! あの勇者様は誰だ!?」
「勝てるぞ、この戦い!」
自軍から湧き上がる歓声。そしてカレンダの兵たちも己を鼓舞するかのように魔物へと向かって行く。
「ライファンさんとリファリーは西から攻めてくる魔物を、リオロザは後方支援を頼む! 俺は空に残った魔物を倒してきます」
先制攻撃に成功した俺は皆に指示を出してそのままチェーンソーを纏い『迅風』で空を駆ける。
ザシュ!
翼の刃となったチェーンソーで高速旋回しながら空中の魔物を次々と蹴散らす。
どうやら数は多いが一匹一匹はそれほどの強さでもなさそうだ。相手も様子見という事なのか?
あらかたの魔物を掃除したところで『迅風』の持続限界を迎える。地面へと降りたった俺は素早く形式変化型刃を『星雲』に切り替える。
「おおぉぉぉ!」
鞭のようにしなったチェーンソーの刃が魔物を襲う。一撃の威力は低いが必中の攻撃である『星雲』は広範囲で地上の魔物を削っていく。
「ぬはははは! そ~れ戦士の舞でござるぅ~」
両軍入り乱れた激戦の中ライファンさんの元気な声が響く。
(相変わらず声大きいなぁ。何処にいるかすぐ分かって助かるけど)
ドォーン!
ライファンさんの声をかき消すように魔物から放たれる魔法攻撃。今まで見たことない種類の魔物がこちらに進軍しながら飛び道具で攻撃してくる。
(この大陸の魔物じゃないな。援軍か?)
その時、魔法の爆撃でカレンダ兵が一人、俺の近くまで飛ばされ来る。そして上空からはその兵を狙ってガーゴイルが……
(まずい!)
素早く形式変化型刃を『赤信号』に切り替えてガーゴイルに向けてチェーンソーを投げつける。
カッ……チン……
俺は時の止まったガーゴイルに魔法を打ち込む。
「雷鼓光!」
雷撃に焼かれるガーゴイル。
「あ、ありがとうございます勇者様」
「いえ、ここは俺に任せて傷の手当てをしてください」
カレンダ兵はペコリと頭を下げて申し訳なさそうに城へと戻る。しかしなおも魔物の猛攻は続く。特に魔法攻撃が厄介だ。この大陸の兵は……というよりも俺も含めてあまり魔法攻撃には慣れていない。
雨のように飛んでくる魔法の火の玉。次々とやられる兵たち。むこうは敵味方関係なく打ち込んできている。こんな乱戦じゃ避けようもない……ならば!
俺は形式変化型刃を付け替える。
「形式変化型刃、『守衛』」
チェーンソー刃先が長く伸びて細かく枝分かれし広域に展開する。そして鳥籠のように自軍を囲い魔法から身を守る。目の前に広がる光景にまたも自軍から感嘆の声があがる。
(これで当分魔法攻撃からは身を守れるな)
「皆さん、もう少し耐えれば魔物の攻撃もおさまってくるはずです。持ちこたえましょう!」
おぉー!! 俺の声に皆も武器を振り答える。
しかし『守衛』も万能ではない。魔法には強いが編み目が広い為、魔物が入って来るスペースがあるのだ。しかも展開している間は俺自身がチェーンソーで攻撃できない。
(でも、今は皆の安全が第一だよな……)
その時、結界となったチェーンソーの隙間からハヤブサの魔物が進入して俺に襲いかかる。
(しまっ……!)
ザシュン!
ハヤブサの魔物が俺の目の前で真っ二つに裂かれる。一閃で魔物を切り裂いたのはリファリーだった。
「大変そうだな。手を貸そうか?」
「リファリー! 助かったよ」
「あっちの魔物はあらかた片付けて暇だからな」
照れくさそうに横を向きながら呟く。
「悪いけど頼む。できるだけ被害も抑えたいけど俺一人じゃあやっぱり無理だ」
「情けないな、これだから勇者は……」
「頼らせてもらうよ。もう一踏ん張りだ」
「……そのようだな。あちらも主力を投入してきたようだぞ」
そう言って空を指差すリファリー。
「あれは……」
「魔王空軍最大戦力、ワイバーン隊だ」
リファリーがワイバーン隊と呼ぶ三匹の中型の龍。大きく広げた翼で圧倒的な威圧感を放ちながらこちらへと、いや俺の方へと向かって来ていた。
(あれだけ暴れたら当たり前かな……)
その風格は明らかに今までの魔物とは違う。大体龍は強敵と相場が決まっているしな。
「バッサイザー殿ぉ~」
大きく手を振りライファンさんがこちらへと駆けてくる。
「他の勇者様も続々と戦線に出られるようです。ここは某たちで何とか食い止めましょうぞ」
確かにライファンさんの言う通りだ。あの龍たちが相手の主力ならここで叩く意味は大きい。でも……
「ライファンさん、リファリー、ここは一旦引きましょう」
「何を言うのですかバッサイザー殿! ここが突破されては王都カレンダを守る兵はいないのですぞ!?」
「気でもふれたか? 見損なったぞバッサイザー」
残念そうに俺を見る二人。
「いや、そうじゃなくて。あの龍たちは恐らく俺を標的にしている。それなら囮になって王都カレンダから離れた方が王都の皆も安全だし俺も戦いやすいって事です」
俺の提案に、なるほどと納得する二人。そしてライファンさんが口を開く。
「それなら人が居ない、いい場所がありますぞ! ここから北東に行ったところに深い谷があるのです。そこならかなり王都から離れていますしおびき寄せるには絶好ですぞ!」
「なるほど、グラン峡谷か。確かにカタラニア大平原と違って遮蔽物もあるし上空からの敵と戦うならいいかもしれんな。珍しく冴えているなライファン」
「ぬはは、何度かエイプル王女に谷でバンジーさせられましたからな! 地の利は我に有りですぞ!」
ライファンさん……強く生きてください。
溢れる涙を抑えながら、俺たちは自軍から少しずつ離れ北東へと向かおうとしたその時……
ギュ……
手に持ったチェーンソーを何者かに掴まれる。振り向くとそこにはリオロザが怒った表情で立っていた。
「バッサイザー様、私だけ置いていこうなんて何を考えているんですか? それとも何も考えてないですか? いい加減にしないと眼球を突きますよ!」
こ、怖えぇぇ……
「リオロザは危ないから城に居た方がいい、ここは俺たちに任せろ」
「心配してくれるのはありがたいのですけれど、私チェーンソー様と離れる気はないんです」
……だよな。本当にこいつらチェーンソー好きだなぁ。
「それに、バッサイザー様に恩も返せていません」
「俺に?」
意外そうな表情を見せた俺にリオロザもまた意外そうな表情で答える。
「あら? 私を助けてくれた事、もう忘れたんですか? 」
そりゃあ覚えてるけど……
ニコリと微笑むリオロザに俺はふうっとため息をつく。
「危なくなったら逃げろよ」
「大丈夫ですよ。いざとなったらチェーンソー様が助けてくれます」
チェーンソーを優しく撫でるリオロザ。
「じゃあ……行くぞ!」
俺たちは付かず離れずの距離を保ち、ワイバーン隊を誘導するようにグラン峡谷へと向う。