【番外】20話:その名は
「バッサイザ―殿ぉ~夕ご飯でござるぅ~」
エプロン姿のライファンさんが両手に皿を持って部屋へとやってくる。
「今夜の献立はさといもの煮ころがしと鶏の照り焼きですぞ」
髭を触りながら、嬉しそうに自慢の品々を紹介する。
「おいライファン。何故お前はこの国の危機に料理の腕を磨いているのだ? もしかして給仕係志望なのか?」
「いえリファリー殿、料理は戦士のたしなみでござる」
「そうなのか? お前は料理より先にたしなむ所があると思うのだが、私の気のせいか?」
「まあまあリファリーさん。こんなに美味しそうなお料理なんですし、ありがたくいただきましょう。ライファンさん。給仕係に行っても頑張ってくださいね、遠くから応援しています」
「リオロザ殿ぉ……」
魔物との大戦争を明日に控えて、俺たち四人はいつものように部屋で食事を取る。
各国から勇者が集まって来てくれたようだが、おそらく魔物の軍勢に数で勝る事はないだろう。となると個々でどれだけ相手の戦力を減らせるかが勝利の鍵となる。
ここで俺たちが負けたら王都カレンダは滅ぶ。逃げる事は許されない……
カタカタと少し手が震える。武者震いではない、単純にビビっているのだ。当然戦争なんてやった事もない、そんな俺が周りの人間を助けながら魔物を倒して行く事が可能なのだろうか? そもそもいざという場面で自分の命を懸けて戦う事なんてできるのか? 俺は元の世界に戻りたいだけだったのに……
「バッサイザ―様、どうしました?」
リオロザが俺の様子を気にして話しかけてくる。
(いや、どうせ一度は拾った命。この世界で勇者として生を受けた以上やるだけの事はやってみよう。このまま見捨てるなんて寝覚めが悪いしな)
「なんでもないよリオロザ。ちょっと緊張してただけ」
咄嗟に笑顔を作って答える。
「バッサイザ―、それはなんでもないとは言わない。が、緊張は悪い事ではないぞ。戦闘に対する恐怖が無くなったらそれは死を意味するからな」
「……リファリーもやっぱり戦闘が怖いと思う事はあるのか?」
「ない」
ないんだ。死を意味するんじゃないのかよ。
「ぬははは、大丈夫ですぞバッサイザー殿。王都カレンダの屈強な兵に加えて、各国からの援軍、それに何より我々がいるではありませんか!」
「そうですよ、私とリファリーさんと……それにチェーンソー様がいるんですから大丈夫です」
「そうだな、ライファンにしては良い事を言った。私とリオロザとチェーンソーがいれば何も恐れる事などないぞ」
意図的にライファンさんを外すのはやめろ。
でも、リオロザたちの言う通りか。短い異世界生活の中でも頼れる仲間もできた、後は全力でぶつかるしかないよな。
「そうだよな。明日は頼んだぞ皆! それにチェーンソーも!」
俺はチェーンソーの取っ手を力強く握る。
その後、簡単な作戦会議をすませた俺は夜風にあたるために宿を離れた。
明日は勇者連合軍を鼓舞する為にも開始早々チェーンソーの『流星破壊』をぶっ放す。魔物への牽制になるし確実に先手が取れる。
リオロザには後方で回復役に回ってもらって、リファリーとライファンさんは強そうな魔物を優先的に処理、俺は『星雲』を使って雑魚敵を蹴散らしてから前線に合流する……まあ取りあえずはこんな流れで動いて後は状況次第だな。
ブツブツと独り言を言いながら夜の城下町を歩いているとドンッと何かにぶつかる。
「痛っ……あっ、すいません。ちょっと考え事をしていて……」
ぶつかった相手にペコペコと謝罪する俺。
相手の人は全身を黒一色で統一した長身の男性で、優しい口調で話しかけてくる。
「いえ、お気になさらずに。……その身なり、勇者様とお見受けしますが、こんな夜更けにどうされました?」
え、俺ってそんなに勇者っぽい恰好してるかな?
「あ、ちょっと散歩を……」
それにしてもこの人、目と耳が尖ってる。人間じゃない……よな。エルフ属? 今回の戦争ってエルフも参加するのか。そう言えば俺がこの世界に来て初めて会ったのも小っちゃいエルフの女の子だったな、なんか随分昔のように感じるけど。
「そうですか。明日は決戦の日と聞いています。きっと気を落ち着けていらしたのですね」
明日が決戦日と知っているって事はやっぱりどこかの戦士さんか。まあ町中だし魔物なわけないよなぁ。
「それにしても、随分と変わった武器をお持ちなのですね」
俺の腰にぶら下がったチェーンソーを見ながら黒いエルフの人は呟く。そりゃあこの世界にはない武器だからなぁ、能力を知ったらもっと驚くかもだけど。
「あ、これはちょっと特別品で」
「そうですか。本当にほれぼれする作りだ、まるで生きているようですね」
いやいや、生きてはいないよ。確かにお喋り機能はついてるけど。
「世界を……滅ぼされないといいですねぇ……」
「え? 何か言いました?」
「いえ、何も。あぁそうそう勇者様。私、世界を旅しているエルフなのですが、こんな伝承を知っていますか?」
「伝承、ですか?」
「はい……異界から呼ばれし者、この世に幸福か絶望かのどちらかをもたらす者。混沌の世界へと戻る方法はただ一つ、同じ異界の者を滅するべし」
「!?」
「これ、勇者様とお会いした際には必ず伝えるようにしているのです。勇者様は神の使い、異界から呼ばれたとは伝承とはいえ上手い言い回しですよね」
「……そ、そうですね」
異界……!? 異界って俺のいた世界の事、だよな? 戻る方法が同じ異界から来た者を倒すって……いや、本当にただの言い伝えかも。
「あ、これは先ほど聞いた話なので信憑性は定かではないのですが……」
ニコリと笑って黒いエルフの人は続ける。
「今回の戦争の相手にも、まるで異界から来たような突出した力を持った軍師がいるそうですよ」
「!?」
「えっーと、確か……ネズミ……じゃない、そうそうフェレットのような風貌をしているそうですよ」
フェレッ……ト? ってあのフェレット?
「まあ、ただの噂ですけどね」
そう言って黒いエルフの人は俺の腰にあるチェーンソーをポンポンと軽く叩き、その場を立ち去ろうとする。
「あ、あの! 貴方は一体!?」
「通りすがりのただのエルフですよ。決戦前にこんなオカルト話をしてすいませんでした」
「あ、いえ……」
「それでは私はこれで、頑張ってください勇者様」
一礼をして夜の町に消える黒いエルフの人。
ま、マジか……それってその魔物を倒したら俺は元の世界に戻れるって事?
戦争を前にして元の世界に戻る手がかりを得るという急展開に戸惑う。なにせ状況が状況なだけに手放しでは喜べない。俺は複雑な感情のまま宿へと戻る。
夜の闇へと消えた黒いエルフ。王都カレンダを去る前に町を振り返ると不気味な笑みを浮かべ、もう一言だけ呟く。
「あぁ、それと……頑張り過ぎないでくださいよ、魔王様」