【番外】16話:勇者無双はカタラニア大平原で②
俺はカタラニア大平原の上空を縦横無尽に飛び翔ける。そして呆気にとられるガーゴイルの横をすり抜けては細切れに翼の刃で引き裂いていった。
高速で空を飛ぶことが出来るほどに超振動を起こしたチェーンソーの刃はガーゴイルを豆腐を潰すかのようにグチャリと粉砕していく。
その様子を地上から眺めるライファンとリファリー。
「おぉ! 物凄い強さですなバッサイザ―殿は!」
「あんな使い方もできるのか……私との戦闘では使って来なかったが……」
「ぬはは! 我々も負けてはおれませんぞリファリー殿ぉ!!」
「当然だ……」
ライファンは負けてはおれぬとばかりに巨大な戦斧を振り回し地面ごと地上の魔物を打ち砕き、リファリーは脅威の俊敏性を活かして音もなく魔物の首筋を裂いて行く。
(下も順調そうだな……)
俺は空中で静止したまま地上の戦況を確認する。
(ガーゴイルは……あと半分くらいってとこか)
五十体はいたガーゴイルの群れをものの数分で半数程に削ったところで俺はスロットルを緩めて地上に降下する。
形式変化型刃・迅風の連続飛行時間は五分。高性能な分制限もそれなりにある。
まあこのスピードで五時間とか飛び回れても体の方が持たないが……
インターバルの為に地上に降りた俺に後方待機していたリオロザが声を掛けてくる。
「バッサイザ―様。お茶ができていますよ」
そこにはカタラニア大平原に敷布を広げて人数分のお茶を用意しているリオロザの姿があった。
後方待機ってそういう意味で言ったんじゃないんだけど……
「ぬはははは!! そ~れ! 戦士の舞でござるぅぅ!!」
地上ではライファンがトカゲの魔物を相手に戦斧無双している最中だった。
「お~。凄いなぁライファンさん、王宮随一の戦士ってふれこみは伊達じゃないなぁ」
俺は茶菓子を頬張りながら巨大斧を軽々と片手で操り華麗に舞う王宮戦士を称える。
「そうですね。本当に気持ち悪い戦い方……うっかり戦斧で自分の首でも落としたらいいのに」
そういってライファン専用と書かれた湯呑に毒々しい液体を注ぎ込むリオロザ。
「……リオロザ。今、何入れたの?」
「え? 大陸一の耐久力を誇ると言われるライファンさんがどの程度タフなのか確かめるだけですけど?」
何故毒で試す。
そして何故今試す。
こいつは一体何と戦っているんだ?
「い、いや。駄目だろそんな事、もしライファンさんの身に何かあったらどうするんだ」
「あら、大丈夫ですよ。二、三日動けなくなる程度の下剤を入れただけですので、私たちがライファンさんを撒くのには十分な時間ですよ」
そう言ってニコリとほほ笑むリオロザ。
だから戦闘の真っ最中にやめろ……いや別に戦闘中でなくてもやめてあげて……
そうこうしている内に地上の魔物はライファンとリファリーでほぼ片付けてしまった。
(リファリーの実力は身を持って知っていたけど負けず劣らずライファンさんも凄いな。堀池で飼ってないで前線に出してたらもっと早く魔物たちも諦めたんじゃ……)
世間様の目に王宮の戦士として晒したくないとか、王都ウエディに笑われたくないとか、そういう複雑な事情があったりなかったりするらしいのだが俺から言わせてもらえば完全な配置ミスだ。
その働きはまさに一騎当千。カレンダの城に忍び込んだ時に宮内を守っていた近衛兵とは格が違う強さだ。
(しかしリファリーと並んで戦っても遜色ないとは……)
それは俺の中で強さに対する最大級の賛辞だった。なにせこの世界に来てまだ一週間も経ってはいないが人間、魔物問わず俺が戦った相手の中でリファリーがぶっちぎりの強さだったからだ。それこそ先ほど屠ったガーゴイルと比べてもチーターとトムソンガゼルくらいの差がある。
そのリファリーに戦闘スタイルが違うとはいえ見劣りしないとは相当な実力者と言える。
……考えてみれば盗賊団もリファリー以外は弱かったな。道中襲ってくる魔物に手を焼いた事も無い。力を推し量れないのは最初瞬殺したグリズリーくらいか、でもあれもそんなに脅威には感じなかったし……
「もしかしてこのパーティーって滅茶苦茶強いんじゃ……」
ついつい率直な感想が口から洩れる。
この世界のパワーバランスはよく分からないが国の脅威となっている魔物を俺たちは今たったの三人でほとんど始末してしまった。
俺のレベルは21だしまだ中級冒険者程度の実力かと思っていたが案外そうでもないのか?
いや、正確には俺自身の実力はその程度なんだろう。それはリファリーにボコボコにされた経緯もあるため自惚れる事はできない。。
だが正直形式変化型刃の使い方を把握した今ならそのリファリーにさえ遅れを取る事は無い。つーか多分普通に勝てる。
そんなチェーンソー補正込みなら俺は下手したら現時点ですでに最強クラスなんじゃ……
「バッサイザ―様。この音なんですかね?」
リオロザの声でハッと戦地に目を向け直す俺。
ドドドド……と確かに何かの足音が聞こえる。
トカゲの魔物はもうほとんど残っていない。ガーゴイルは数匹地上に強襲を掛けたようだがあえなく返り討ちにあっていた。じゃあこの足音は……
足音の主は跳ねるように駆けて来てライファンとリファリーの前に立ちふさがる。
淡褐色の背中部と腹部には白い毛皮、目から鼻孔に沿って白く縁取られた黒色の斑紋、そして後方へ湾曲した立派な角。そして愛くるしい目。
「よくもやってくれたでやんすね人間。あっしはこの群を率いる群長トムソン。部下たちの仇は討たせてもらうでやんすよ」
トムソンガゼルかよ!
ついさっき弱者の象徴として挙げたばっかりなんですけど!
角をライファンたちの方へ向けて威嚇する群長トムソンはやる気満々の表情だ。しかし俺のトムソンに対する第一印象は「魔物って喋るんだなぁ……」だった。
群長というくらいだからそれなりに強いんだろうけど喋ったりされると殺りにくいからやめてほしい。それにもっとこう異形だったらいいんだけど普通にキリマンジャロとかに居そうだから困る。
俺はヤレヤレと腰をあげる。
「ぬはは! ボスのお出ましといったところですな! リファリー殿、ここは某に任せて下され!」
「黙れハゲ。私に指図するな」
「……直球すぎますぞ……リファリー殿……」
「あっしとサシでやる気ですか? 舐められたものです。このカタラニア大平原の主は誰か教えて差し上げるでやんすよ!」
威勢よく喋る群長トムソンに相対するライファンの肩をポンッと叩く俺。
「おぉ、バッサイザ―殿。ティータイムはもう宜しいので?」
あ、見えてたんだ。それはそれでバツが悪いな。
「ライファンさん。それにリファリー。ここは俺に任せて貰えないかな?」
「某は構いませぬが……」
「馬鹿を言うなバッサイザ―。この獣は私の獲物だ」
「あ、言い直す。ここはチェーンソーに任せて貰えないかな?」
「え……チェ、チェーンソーがそう言うなら……」
モジモジしながら後ろに下がるリファリー。
(よし、今度からこれを使おう)
「お前が親玉でやんすか人間。言っておきやすがあっしは少々スピードには自信がありやしてね。捉えられるものなら捉えてみ……」
カッ……チン
「ろ……?」
群長トムソンが言い終わらぬ内にチェーンソーをぶん投げて前足にヒットさせる。
「時間操作・形式変化型刃『赤信号』」
「な、なんだこりゃ……う、動けないでやんす……」
俺は動揺する群長トムソンの前に転がったチェーンソーを拾い直し形式変化型刃を交換する。
「剣聖・形式変化型刃『一刀斎』」
チェーンソーの刃が美しい刀の形に変化する。
「鋩子は火焔。刃紋は丁子刃。攻撃力は+255……確か世界最高峰の剣がそれくらいの攻撃力らしいからまあ苦しまずに死ねると思うよ」
「ま、まさか貴様は勇者!? で、でも有りえないでやんす。あっしは危険度D程度の勇者なら一人で討ち倒せる力を持ったアールグレイ将軍の戦士でやんすよ!?」
「じゃあきっと俺がそれ以上ってだけでしょ」
斬ッ!!
振り下ろされた『一刀斎』は苦も無く群長トムソンを真っ二つにするのであった。