【番外】14話:軍師の影
王都カレンダと王都ウエディは長きに渡って友好的な関係を築いて来た。両国の歴史は古く魔王が現れる以前から独立自治を行って来た由緒正しき国であった。しかし大きくなりすぎた国同士の衝突は避けられず過去には大きな戦争を幾度となく繰り返していた。しかしその二つの国の争いはある時点を持って終止符が打たれる。
そう魔王の出現である。
魔王軍の強大な力の前に人間同士での争いを行っている場合ではなくなった二つの国は和睦を結ぶ。皮肉にも多くの村や町や国が滅ぼされる中で、戦争によって軍事力を高めた両国は現在に至るまで魔物の侵略を防ぐことに成功していた。
過去の事は水に流し友好的な関係を築いている二つの王都……それが表面上のカレンダとウエディの関係であった。
しかし時代が変わっても世代が代わっても燻った火種は決して消える事はなく人々の心には残っていた。時には魔物からの侵略に対して協力し合い戦った両国であったが近隣の大国というのは疎ましく見えるようで不可侵の条約とも言える一定の距離は常に保たれていた。その歴史の流れを考えると互いの王族同士を血縁関係にするという話は本来出るはずもなかった。
それでも強引に王都ウエディがこの条件を提示して来た理由。その背景にあるのは魔物の存在であった。
ここ一ヵ月間、王都カレンダへの魔物の襲撃が日増しに多くなって来ているのだ。その数は以前の倍。そして王都ウエディに応援要請を出しても助けに来る気配はない、今までは持ちつ持たれつで互いの安全を守って来たにも関わらず……だ。
一方の王都ウエディはここ一ヵ月魔物の襲撃情報は皆無だという。そしてつい先日王都ウエディから増援を送る条件として提示されたのが第一王女であるエイプルとの婚約の儀であった。
と、まあカレンダの王の話は要約するとこんな感じだった。
確かに第一王女と第四王子の結婚というのは条件が釣り合っていない。この結婚が成立すれば一気に両国のバランスは崩れ実質的に王都カレンダは王都ウエディの支配下に置かれる事になるだろう。
「……つまりは国ぐるみで脅迫されているようなものなんですね」
一通りの話を聞いた後俺は口を開く。
「……恥ずかしながらそうですじゃ」
当事者であるエイプル王女はその話にショックを受け耳を塞ぎその場にうずくまってしまった。無理もない、自分の結婚と国民の命を秤にかけられているんだからな。
「気にいらないね」
「全くですわ」
リオロザとリファリーも王の話を聞いてプンスカと怒っていた。人質を盾に結婚を迫るというのが相当気に入らないらしい。
「今の話を聞くと裏で魔物が動いているように感じますが今までもそんな動きはあったんですか?」
「ふむ……? 魔物? いや勇者バッサイザ―様。それは有り得ませぬ。魔物は人を襲う獰猛な獣であってそのような知恵を働かせる類の存在ではありませぬゆえ……」
「え……いやでも少なくとも片側の国に寄せて攻撃して来てますよね? 明らかに意図的な行動だと思うんですが……」
「いえ、それはたまたまでございましょう。魔物との戦いが始まって百年……今まで一度として魔物が知略を使って来たことなどありませんからな。奴らはただの獣です、ただし厄介な事この上ない力を持った獣ですが……」
たまたま? そんな偶然あるわけない。王都ウエディから持ちかけたのか魔物側から干渉があったのかは分からないが明らかに両国の均衡を崩そうとしているぞ?
「あの、ここ一ヵ月で変わった事とかないんですか? 例えば魔物の動きとかで……」
「魔物の動きですかな? いえ特には。攻めてくる魔物の種類も変わってはいませんし……うーむ、そういえば……いやこれは関係ないか」
「何かあるんですか?」
「いえ、この大陸の話ではないのですが、東の大陸を統治する魔物ミックスベリーの元に切れ者の軍師がついたとか……で、この大陸を統治するアールグレイも最近知恵を借りに行くようになったとの噂が……」
「東の大陸の……軍師?」
「まあただの噂ですがな、それに魔物の考える事などたかが知れております。せいぜい落とし穴を掘るとかその程度の物でしょう」
随分軽視してるんだな。そんなに魔物って馬鹿なのか? 落とし穴掘るとか五歳児じゃないんだからいくらなんでも舐めすぎだろ。
そんな時エイプル王女が静かに立ち上がり王の前に立つ。そして大粒の涙を零しながら王に自らの決意を伝える。
「お父様。私、婚姻の儀を受けます。それで国民が救われるのであれば私は喜んで嫁ぎましょう」
止まらない涙を拭う事も無くその場でニコリと笑うエイプル。
「エイプル……いや、だからこうして勇者様に王都ウエディとの橋渡しになってもらおうと……」
「それでは根本的な解決にはなりません。勇者様がいなくなればまた同じように脅してくるでしょう。それに私はどこに行ってもお父様の娘。きっと私が王都ウエディも内側から良くして見せますわ」
「おぉ……エイプル……不甲斐ない父を許してくれ……」
地面にへたり込みながら抱き合う父と娘。
……う~ん。やっぱり可哀想だし仕方ないか。俺はポンポンと王と王女の肩を叩く。
「カレンダ王、それにエイプル王女。ここは一つ俺に任せて貰えませんかね?」
「バッサイザ―様……いえ、いいのです。この国の事情に勇者様を巻き込むわけにはいきません。私は大丈夫ですから本当に気にしないでください……」
「駄目です」
「駄目だな」
王女にまたもNOを突き付けるリオロザとリファリー。
「エイプル王女。悲劇のヒロインぶるのもいい加減にしてくださいね。貴方がどうしようと勝手ですけど私、個人的にウエディという国のやり方が気に入りません。ですからちょっとお仕置きしてくる事に決めましたので」
「大国から金品をせしめるいい大義名分ができたのに貴様の勝手な行動で潰させはしない。私らが暴れた後それでも結婚したければ好きにしろ」
呆れるくらい男前な奴らだ。王女の方を見向きもしない二人を誇りにすら思ってしまった。
(一人でやるつもりだったけど……頼らせてもらおうかな)
「と、言う事なのでカレンダ王、エイプル王女。俺たちはこれで失礼します」
そう言って二人を引き連れて玉座の間の扉を開ける。
「バッサイザ―様!」
後ろで俺の名を叫ぶエイプル王女。
「あぁそうそう。エイプル王女、そう言えば一つお願いがあったんでした」
「……お願い……ですか?」
「ライファンさんに宮内の部屋を用意してあげてくださいね。ここの警備じゃ心もとないですよ。これからもエイプル王女がずっと住んでいく城なんですから」
そして振り返ることなく俺たちは王座の間を後にした。