【番外】12話:王宮戦士ライファン
「おお……やっぱりでかいなぁ」
王都カレンダの中心部にある王宮までついた俺は思わず感嘆の声をあげる。
立派な門構えと敵の侵入を阻むような作りの広く深い水掘。門の奥に見える王宮は「宮」と表現するのに抵抗があるほどゴテゴテとしたつくりの城であった。
それはこの世界が決して平穏な場所でない事を表しているとも言えた。
「で、ここからどうやって入るんですかエイプル王女? 私たち城の敷地内に入る為の申請手続きしていないですよ?」
「まさかここで私に昔取った杵柄を披露しろというのか? 錠前を開けるのはお手のものだが流石にこの大きさの門は未経験だぞ?」
そういって俺のチェーンソーの安全ロックを外し構えるリファリー。
(お前はせめて針金を構えろ)
しかしどうやって中に入ったものか。
門の前には見張りが二人。王女が自分の正体を明かせば大騒ぎになってアウト。できれば結婚に反対している王様とだけ会って話をつけたいところだ。
門に通じる橋の前で他の進入路がないかを見回す。
「エイプル王女。城に入る裏口とかはないんですかね?」
「……」
ん? ……返事が無いぞ。
「エイプル王女?」
振り返るとエイプル王女は水掘を覗き込みなにかを喋っていた。
「ちょ、ちょっと、危ないですよ?」
俺は慌てて駆け寄り王女が水掘に落ちないよう肩を掴む。そんな事は気にせず何かを喋り続ける王女。
「ライファン……ライファン……私です。エイプルです。そこに居るのでしょう?」
その声に呼応するかのように水掘から大量のあぶくが浮かび上がる。
(ん……?)
ザッパーン!!
「ちょっ! な、なんだ!?」
水掘の中から勢いよく飛び出して来たのは鉄兜にふんどし一丁姿のちょび髭の中年男であった。
「ぬははは! 姫ぇ~ライファン只今参上~!」
河童のごとく水から現れた男は鍛え上げられた上腕二頭筋をピクピクさせながら笑顔で俺たちの前に着地を決める。
歳は三十代後半から四十代前半といったところだろうか。短髪の黒髪にボディービルダーのような体つき。乳首にはなぜかニップレスのようなものが張り付いており、お尻にある薄青い蒙古斑にはピラニアと思われる魚が食いついていた。
「ライファン。久しぶりです、元気にしておりましたか?」
「ぬははは! ライファンは元気ですぞ! 姫こそ元気そうで何よりですな!」
ピクピクと乳首を上下に動かしながらライファンと呼ばれた中年男は元気よく答える。
「へ、変態……」
リオロザが俺の後ろに隠れながら怯えた声を出す。
だが同感だ。
「おのれ……魔物の類か……」
リファリーが腰の短剣を抜く。
やめとけ、多分王女の仲間だと思うぞ。だが気持ちは分かる。
「紹介が遅れました。こちらは王宮随一の戦士ライファンです」
ペコリと鉄兜を取って深々とお辞儀するライファン。
「あ……」
鉄兜を脱ぐと同時に黒髪も一緒に取れる。キラリと眩しい頭部が俺たちの前で輝きを放つ。
ハゲとる……って、その鉄兜カツラだったのかよ!?
「そしてこちらが勇者バッサイザ―様、そしてリオロザ様とリファリー様です。先ほどお知り合いになったのですよ」
「おぉ! 勇者殿でしたか! これは失礼を!」
そう言ってなぜか胸のニップレスをビリッと剥すライファン。
なんだこの人……
「あの……ライファンさんはなんでこんなところに潜ってたんですか?」
俺は恐る恐る訪ねる。
「ぬはは! 面白い事を言う勇者殿だ! 何故と言われてもここが某の家ですからな!」
「え? ここが家なんですか? 池じゃなくて?」
「ライファンは我が国の戦士として城の最前線で私たちを守ってくれているのです」
「あぁ……そういうものなんですか」
「ぬははは! それにしても姫! お会いするのも本当に久しぶりですなぁ!」
「そうですねライファン。十五年ぶりくらいですかね」
(ライファン完全に避けられるじゃねーか!)
「本当に大きくなられて嬉しいですぞ!」
そう言って王女に手を差し出すライファン。
その行動に「きゃっ!」と声を出して俺の後ろに隠れるエイプル王女。
「……寄らないで……」
俺の背中で小さく呟くエイプル王女。
ブワッ……
俺の目から涙が溢れる。
(ライファン……なんて悲しい戦士だ……)
「ぬはは、相変わらず照れ屋ですなぁ……姫は……」
(ライファン滅茶苦茶テンション下がってんじゃねーか!)
駄目だよ意外と空気読めるおっさんだよこの人……憐れすぎる……
そっと差し出した手を引っ込めるライファン。
それでも気丈に笑みを絶やさぬ姿に俺は戦士の誇りを見た。
……異世界でこんなに胸が熱くなるとは思わなかったな……
「ところで戦士ライファンよ。お前先ほどから魚に食われているが痛くはないのか?」
ケツに食いついているピラニアを指してリファリーが素朴な疑問を投げかける。
「大丈夫ですよリファリー様。ライファンは大陸随一とも言われるHPの持ち主。耐久力なら誰にも負けませんわ」
(だからと言ってライファンが住む水掘にピラニアを放っていい理由にはならないけどな)
王女に褒められ照れくさそうにはにかむライファン。
そんなライファンを見ながらリオロザが王女に尋ねる。
「ところでライファンさんを水掘から召喚した理由はなんなのですか?」
おいおい、ライファンを召喚獣みたいに言うんじゃない。
「分かったぞ。戦士ライファンを門に叩きつけて破壊するんだな」
門を? ライファンを?
どっちを破壊するって意味で言ってるんだリファリー?
門を開ける為にお前がチェーンソー使っていいからライファンはそっとしておいてやれ。
「いえいえ、違いますよお二人とも。ライファンは囮です。ライファンがこの近辺をウロウロしていれば近衛兵が黙ってはいないでしょう。その混乱に乗じて王宮へ侵入します」
(王女が一番酷ぇぇぇ!!)
この人王宮随一の戦士なんだよね? なんで不審人物みたいに扱われるの? いや確かに不審人物っぽいけどその使われ方は不憫すぎるだろ!!
「ぬはは……姫……何やら事情があるようですな……某を頼ってもらえて光栄ですぞ……」
ライファンの声小っちぇえぇぇぇ!!!
もうライファンのHPは0だよ! やめてあげてよ!
何の恨みがあってこんな事するんだよぉぉぉぉ!!!!
しかし現実は非常である。
ライファン囮作戦は賛成多数で決が取られ実行されるのであった。