【番外】1話:降臨、チェーンソーの勇者
死ぬのか……俺は……
大木の下敷きになって強気になれる人間はそうはいない。残念ながら俺もまた強気でいられる一部の奇特な人間ではなかった。
(せっかく就職できたのに……初めて出来た彼女とまだデートもしてないのに……)
やっと訪れた人生のピークから一転どん底に突き落とされた状況を嘆く。
ざわざわと木々が揺らめき心地よい風が吹く。横たわる俺のすぐ傍で芋虫がもぞもぞ葉っぱの上を動く。
もし俺の上にこの大木さえ乗っかっていなければ絶好の伐採日和だったな……
右手に握ったチェーンソーを見つめながら俺は意識を失った――――
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「…勇……様……起き……くだ……い」
「うぅん?」
目を覚ますと羽をバタつかせながら可愛らしい蝶々が俺の周りをぐるぐると飛びながら騒いでいた。
さっきの芋虫がもう羽化したのか。それにしても最近の森には変わった蝶がいるんだな。
「勇者様! 起きてください!」
少し怒り気味に話しかけてくる蝶々、いやよく見ると蝶々じゃないな……これは……エルフ!?
淡い緑色の髪にツンと尖った耳。うまい棒くらいの身長のエルフがそこには居た。
「もう! 勇者様ったら、待ち合わせ場所で寝ているんですものプンスカプンです!」
プンプンと怒っているエルフ。どうやら勇者とは俺の事を指しているらしい。
なんだ異世界か。
辺りをキョロキョロと見渡す。今いる場所もどうやら森の中だが先ほどまで作業を行っていた森とは明らかに違う、どうやら山の山頂に近い森のようだ。それに見た事も無い形の木や花がそこらじゅうに生えている、そして目の前にはエルフが飛んでいる。
うん、異世界だな。さてどうやって戻ろう。
「勇者様! 聞いていますの!?」
「あぁゴメン。聞いてるよ。エルフさん」
「もうもう! 初顔合わせがこれでは先が思いやられますわ」
「あ、初顔合わせなんだ俺たち」
「寝坊助さんにも程がありますわ! 私たち今日からパーティーだと言うのに……こういうことは初めが肝心ですのよ」
「うーん、そうだね」
「私の名前はエリーゼ。ブラッドレスリー大陸出身のエルフですの。勇者様のお名前は?」
「あ、え? 名前? う~んそうだな~。じゃあバッサイザーで」
「まあ、バッサイザ―様といいますの? 変わった名前ですわね」
「うん、そうそう」
気のない返事をしながら俺は自分の姿を見回す。青いマントに白い服。先ほどまで着ていた作業着をどう仕立て直してもこんな服装になりそうもない。
鏡はないがペタペタと自分の顔を触って肌の感触を確かめる。
触り慣れたいつもの顔じゃない……でもちゃんと人の顔の形だな。で、頭には王冠……いやこれはヘルメットか……
「ところで勇者様、その腰の武器は初めて見ますわね。この大陸特有の武器ですの?」
ん? 腰の武器?
確かに俺の腰にはつい先ほどまで木々をなぎ倒していた伐採道具がぶら下がっていた。
「私、異国の武器に興味がありますの。少し見せていただいても宜しいかしら?」
そう言って俺の腰の周りを飛び回りながらチェーンソーを観察するエルフ。
そんなに珍しいのか?
「うーん。確かにこれはギザギザでとても痛そうですの。バッサイザ―様、この武器はなんといいますの?」
「チェーンソー」
「まあ、チェーンソー。やはり初めて聞きますわ、ちなみに攻撃力は……」
そう言ってチェーンソーの刃の根元の部分を確認したエルフは驚嘆の声を上げる。
「嘘!? 攻撃力9999!?」
「何それ凄いの?」
「凄いなんてもんじゃありませんわ! 世界最高峰の剣と呼ばれる聖剣アクトスライスも凶剣咎ノ柄無も攻撃力255ですのよ!?」
(そうなんだ……で、それはそれとしてどうやって元の世界に戻ればいいんだ?)
「こんな武器をお持ちだなんて……まさか貴方は大勇者様!?」
メキメキメキ……
エルフが「大勇者様!?」とかありふれた造語を口にしたタイミングで、仕事上何度も聞いたことがある木が倒れる前の鈍い音が聞こえる。
「グルルル……」
片手で木をなぎ倒し鋭い牙を携えた巨大な熊の姿がそこにはあった。
「まあ!? グリズリー!?」
(おいおい……初めてのエンカウントで出てくるような相手じゃなくね?)
ドスン、ドスンと重みのある足音を立てながらこちらに向かってくる大熊。
(う~ん、これチェーンソーで勝てるかなー? 異世界だから普通の熊とは多分違うよなぁ……そもそも俺ってどのくらいの強さなんだ?)
「ねえねえエルフさん。自分のステータスってどうやって見るの?」
「はぁ? こんな時に何を仰られていますの!? それどころではないですわ、あれはグリズリー。この辺りではトップクラスの力を持つ強力な魔物ですのよ!」
「うん、強そうなのは見たら分かる。で、ステータスってどうやって見るの?」
「落ち着きすぎですわ! それにステータスなんて目視できるようなものではありませんわ!」
そうなんだ。困ったなー、鈴でも持って来れば良かったなぁ……
現実世界から鈴でも持って来ていないかとポケットに手を突っ込む、するとそこには就職祝いにばあちゃんが買ってくれたシステム手帳が入っていた。
何となく手に取りペラペラとページを捲ると「あなたのステータス」と書いてあるページがあった。
なんだ、書いてあるじゃん。
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Lv:1
職業:勇者
HP:20/20
MP:8/8
筋力:12
耐久:10
敏捷:9
魔力:7
攻撃力:10011
守備力:16
装備
Eチェーンソー(+9999)
E旅人のマント(+4)
E安全ヘルメット(+2)
魔法
なし
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なんだ、俺レベル1か。
それにチェーンソーに比べてヘルメットは常識的な防御力しかないんだな。でも流石システム手帳は便利だな。ありがとう、ばあちゃん。
「グガァァァァ!!」
おっと、いけね。多分このHPだと一撃で死ぬな。ヘルメットが防御力9999とかあってくれれば良かったのに、まあ仕方ない。
グリズリーの前に立つと俺はチェーンソーの安全ロックを外しアクセルスロットルを回す。ウィィィンと勢いよく起動するチェーンソー。
(ん……? あれ? なんかいつもと違うような……)
ブブブブ……
今まで感じた事のない振動と共に刃となるソーチェーンの部分が大気から光の粒子を集めている。
(いや……ちょっとこれ危なっ!)
ピュン……
ソーチェーン部分から閃光が走り目の前のグリズリーの股から脳天までを駆け抜ける。
ドゴォォォォォォォォォォン!!!!
大地を焼き払う巨神兵のビームが如く迸った閃光は隣山の山頂付近を丸ごと吹き飛ばす。そして目下の敵であったグリズリーは脳天から真っ二つに焼き切れていた。
(おぉ……やっぱりチェーンソーは便利だな)
その光景を見ていたエルフがワナワナと震えている。
「す、凄い……凄すぎる……凄すぎますわ勇者様ぁ!! エリーゼは一生貴方様にお尽くしいたしますわ! エリーゼは! エリーゼは!! エリーゼはぁぁぁ!!」
そこまで喋ったところで興奮のあまり卒倒するエルフ。
良かった静かになった。
パカパカパーパッパーン!
どこかで聞いたようなファンファーレが脳内で流れる。
気付くとなんだか薄い光のようなものに体を包まれている。それにガラナエキスを飲んだ後の様に力がみなぎってくる。
(おぉ、これがレベルアップって奴か)
俺はもう一度システム手帳を開く。
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Lv:7
職業:勇者
HP:75/75
MP:34/34
筋力:35
耐久:33
敏捷:30
魔力:27
攻撃力:10034
守備力:39
装備
Eチェーンソー(+9999)
E旅人のマント(+4)
E安全ヘルメット(+2)
魔法
火鉛 民間療法
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おぉ。結構上がったなぁ。
魔法も二つ覚えてるし、でもまあ攻撃魔法は別にいらないな。この民間療法ってのは多分回復魔法……だよな。
システム手帳の次のページを開くと魔法の使い方と効果が丁寧に記されていた。
流石システム手帳。ありがとう、ばあちゃん。
「さて、と」
こんな所で熊と遊んでいる暇はない。早く元の世界に帰らないと無断欠勤で会社をクビになってしまう。それに俺がいない間に彼女を寝取られでもしたら……
ぐぬぬ……これはいけない。
幸い山の麓に町らしきものも見える。まずは情報収集といくか。俺は逸る気持ちを抑えて山を下る。
あ、エルフさんは五月蝿いのでここに置いて行くことにしました。