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67話:フェレットの刃②

 ドクン……ドクン……

 心臓の音が聞こえる。

 

 椅子に深々と座るクワ爺はこちらを振り返る気配はない。今俺が手にしている白銀色の鉱物(ロンズデーミスリル)の剣を横に振れば苦も無くその細首を落とすことができるだろう。

 しかし何故だ? 腕が重いぞ? これは魔剣の呪いか?


 早くしないとクワ爺が不審に思いこちらを向くかもしれない、村の住人がやってくるかもしれない。リスクを最小限にする為にも一刻も早く仕留める必要がある。だが手がカタカタと小刻みに震えてたった一振りの動作を行う事ができない。ハッと気がつくと手に持った白銀色の鉱物(ロンズデーミスリル)の剣の柄は手汗で濡れている。


(緊張……しているのか? 俺が?)


 いや、有り得ない。俺はこの世界に来て幾人もの勇者を策を弄して葬って来た。今更緊張などあるはずがない。

 それにこのクワ爺を生かしておくデメリットは大きい。こいつは鍛冶屋として高い能力を有し、かつ魔王軍の為に動くわけでもない。単純な鍛冶屋としての自己の欲求を満たすために人間、魔物、分け隔てなく武具を作るだろう。そして俺の武器を作った今となってはただ人間側に強力な武具を生産する厄介者でしかない。現に他大陸の王都カレンダですらその存在を認識し打診して来たのだ。生かしておくわけにはいかない。


(殺れ! 今殺るんだ!)


 額から汗がしたたり落ちる。

 ニュウナイスにも、当然ヤギ爺にも頼めるはずはない。俺が殺るしかない、俺の平穏の障害となる不穏因子を自らの手で……

 唇をギュッと噛む。金属を舐めたような味が口の中に広がる


(クソッ! なんなんだ一体!)


 他の魔物を連れて来なかった事を今更ながら後悔する。


「ひょほ……それは恐怖じゃよ」

「!?」


 クワ爺がこちらを振り向く事なく無防備な体勢のまま話しかけてくる。


「……すいません、ちょっと何を言われているのか……えっと、どこに置いたのかな、ここじゃないのかな」


 俺は動揺しながらも忘れ物を探すフリを続ける。


「別に取り繕わんでもええわいピクルス君、いやピクルス君ではないのかな?」

「……なにが言いたい」


 先程までのふざけた老人とは思えない程に利いた風な口をきくクワ爺につい反応し素の感情を出してしまう俺。


「ひょほほ。図星じゃったかのぉ」


 俺は剣の切っ先をクワ爺の首元に押し当てる。


「お前、何を知っている?」


 コイツ!? 俺の真実に気づいているのか? そこまで懇意にしていたわけでもないであろうこの人間の爺が何故気づける!? 


「ひょほ、そう怯えるでない。お前と似たような魔物を知っているだけじゃ、その男もまるで何かに憑りつかれたようにある日突然豹変したからのぉ。よく似ておるわい」


 ……憑りつかれた……か。本質的な部分で分かっているわけでは無さそうだ、しかし俺と同じような魔物がいたのか?


「……ヤギ爺の事を言っているのか?」

「ヤギ? おぉ、スクエアの事か。奴ほど変わらない魔物もおらんのぉ。お前もスクエア程の器量があったなら憑りつかれる事もなかったじゃろうに……」

「旧知の仲とはいえ贔屓が過ぎるな、俺がヤギ爺に劣っている事など何一つない、さて……」


 俺は剣を持つ手に力を込める。


「死にたくなければお前が持ち逃げした武具の所在とその武具に特殊な力があるなら吐いてもらおうか」

「人を斬るのが怖いから喋って下さいお願いします、とでも解釈すればいいのかのぉ?」


 ……っ! なんだコイツ。死ぬのが怖くないのか!?


「いい加減にしろ……ヤギ爺の旧友だから俺が殺せないとでも高をくくっているのか?」

「別にそんな事はないわい。それにわしはまだハーレムライフを諦めたわけでもないからのぉ」

「なら命乞いでもしてみろ!!」


 俺はハァハァと息を切らせながら怒鳴りつける。

 クワ爺は決して俺の方を振り向こうとはせずただ虚空を見つめながら話す。


「正直お前の事はどうでもいいんじゃ。しかしスクエアはお前の事を我が子のように可愛がっておったからのぉ。わしはスクエアの親友じゃ、じゃから命乞いはできんのぉ」

「……じゃあ死ねよ!」


 俺は目を瞑ったまま怒りに任せて白銀色の鉱物(ロンズデーミスリル)の剣を振り下ろす。


「ひょほ……本当に大事な物を忘れてしまったようじゃのぉ」


 ザシュッ……


 クワ爺の肩口から心臓までを椅子ごと白銀色の鋭利な刃が切り裂く。

 その場にゆっくりと転がるクワ爺。


「はあっ、はあっ、っはあ、はあっ……」


 荒げた息とは裏腹に手の震えがピタリと止まる。

 横たわるクワ爺を見下ろしながら心臓の鼓動も徐々におさまっていく。

 俺はクワ爺の目の光がなくなるのを確認した後くるりと振り返り鍛冶場の戸に手を掛ける。


「……当たり前だ。魔物が人間を殺すのなんて当たり前の事だ……確かにそんな事すら忘れていたのかもな……」


 自分に言い聞かせるように一人呟き鍛冶場の戸を開く。




「スクエアお爺ちゃん~。ピクルスちゃんの剣の良い名前考えついたでちゅか?」


 ヴェルンド村を囲む山の山頂付近でニュウナイスがパタパタとスクエアに問いかける。


「わしはすでに剣の名前の候補を108考えてあるぞい」

「108! 凄いでちゅ! よくそんなに考えつくでちゅね」

「当然じゃ。なにせ『ピクルス』と命名したのもわしじゃからのぉ。ピクルスの剣の名前を付ける事など赤子の手を捻るようなものじゃわい」

「そうなんでちゅか!? スクエアお爺ちゃんは命名センスの塊でちゅね!」

「ほほ、赤子の手と言えばピクルスも子供の頃はとても小さな手じゃったのぉ。ヘイちゃんにもな、ピクルスの手に合った哺乳瓶を作ってもらったりしたものじゃ。それが今は剣を持つほど大きくなったとは……感慨深いわい」

「ピクルスちゃんにもそんな時代があったんでちゅね~」

「まあピクルスは覚えてなどおらんじゃろうがのぉ」

「僕、クワのお爺ちゃんも好きでちゅ! また三人で遊びに来るでちゅ!」

「ほほ、今度は時間をたっぷり取ってゆっくりして行きたいのぉ。……おぉそうじゃ、自伝『YAGI』に今日の事を記しておかねばな」

「あ、僕に絵を書かせてほしいでちゅ!」


 そう言って本を受け取るとニュウナイスは楽しそうにせっせと今日の出来事を描き始める。


 自伝『YAGI』の最新ページには、ピカピカと輝く剣を持つピクルスと、ドラゴンと戦う三人娘とニュウナイス、そして仲良さそうに肩を組む二人の老人の姿が描かれるのであった……


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