66話:フェレットの刃
カーン! カーン!
とっぷりと陽が暮れたヴェルンド村に金属を打ち鳴らす音がこだまする。
無事白銀色の鉱物をクワ爺に届けた俺たちは村の片隅にある鍛冶場の近くで武器の完成を待っていた。
クセのある爺だった為また何か難題を吹っかけて来るのかと思っていたが白銀色の鉱物を目の前にしたクワ爺は意外な程あっさりと武器作成の作業に取り掛かってくれた。
「後から多額の金とか請求されないだろうな……」
鍛冶場から昇る煙を見ながら呟く。
「ほほ、心配するなピクルスよ。ヘイちゃんは根っからの鍛冶屋じゃからのぉ。幻の鉱物を前にして血が騒ぐのじゃろう」
お前等の昔話を聞く限りでは根っからの鍛冶屋とは思えなかったけどな。
「どんな剣ができるか楽しみでちゅね!」
俺以上にそわそわした様子のニュウナイスが興奮気味に話しかけてくる。
「……あぁそうだな。ところでヘーパイス大長老の話では六時間もあれば俺に合った剣を作ってくれるとの事でしたが、そんなに早くできるものなのですか?」
「ほほ、ヘイちゃんは手の早さに定評があるからのぉ」
意味が違うと思うがまあいいだろう。
「そういえばポシェットちゃんたちはもうこの村にはいないんでちゅかね?」
「逆方向へ歩いて行ったからな。俺たちを追って来た足でそのままプラムジャム将軍と合流するつもりだろう……」
そこまで話したところでもう一度二人に念を押す。
「もう一度確認しておきますが今回の王都カレンダの画策の事は私からミックスベリー将軍に話をします……しかし、くれぐれもプラムジャム将軍の件は内密にお願いしますよ。カレンダの王宮戦士が持っていた親書の事だけで説明は十分でしょうからね」
「ほ? それは構わんが何故なのじゃ?」
「王宮戦士の親書から裏は取れているのでポシェットの情報に間違いはないでしょう。しかしプラムジャム将軍が本当に生きているかどうかは疑わしい、そこだけポシェットの罠という事も有り得るからです」
「どういう事でちゅか?」
「プラムジャム将軍への討伐隊を送り込む事を見越して俺たちに情報を与えた可能性がある、という事だ。真実と虚偽を織り交ぜて我々を誘き寄せる作戦かもしれないからな」
「しかしミックスベリー将軍はプラムジャム将軍へ討伐隊など出さないと思うがのぉ?」
「ミックスベリー将軍はそうでしょうね。しかし他の将軍……いや魔王直属の兵たちは動くでしょう。そしてもし罠だった場合その被害は甚大だ。ポシェットたちの力は先ほど嫌と言う程見せつけられたでしょう?」
「そんな事をする子たちじゃないと思いまちゅけど……」
「それが甘いというのだよニュウナイス。奴らは我々の敵である勇者だという事を忘れるな」
厳しい口調でニュウナイスを制す。
これは保険だ。
今回の内容をそのまま伝えればブリキ将軍討伐に魔王軍が動く可能性はある。そしてそうなれば再度のポシェットたちとの戦闘は不可避だろう。何も寝た子を起こす事はない。今の状況でポシェットたちを討伐するメリットは全くないからな。
しかしかと言ってこの事をそのまま握りつぶしておくのも危険だ。あいにく口が軽そうな目撃者が二人もいる。もし俺たちとポシェットたちの接触がバレた時に疑われないようにもっともらしい理由は作っておかないとな。
「とにかく情報が不確かな報告は控えた方がいい。今は信憑性の高いカレンダの件を片づける事に注力すべきでしょう」
「ふーむ、分かったような分からんような、いや、わしは分かるぞ? わしは分かるがニュウナイスには難しいのではないかのぉ? わしは分かるが……」
「僕はやっぱりよく分からないでちゅ!」
二人を無視してドスッと近くの岩へ腰を下ろす。別にこいつ等に理解して貰う必要はない、俺が今この内容を話したという事実だけが重要だからな。
明りのない村の闇夜に寒風が吹く。
「しかし寒いのぉ。ピクルスよ、こんな所で待っておらんでヘイちゃんの家へと戻らんか?」
「また武器を持ち逃げされたいんですか?」
キッとヤギ爺を睨みつける。
「(ニュウナイス。なんだかピクルスがちょっと怖いんじゃがどうしたのかのぉ?)」
「(ちょっと機嫌が悪いみたいでちゅね、でもそんな日もありまちゅよ)」
「(なるほどのぉ。きっとカルシウム不足じゃな、よし待っている間にブルーベリーでも採って来るかのぉ)」
俺は別に眼精疲労じゃない。
だが確かに普段とは違う、何かざらざらとした感情がまとわりつく。
ちっ、馬鹿共に毒されたか。何を迷う必要がある、俺の行動の全ては俺自身の平穏の為。利する事なら犠牲はいとわない、それはこれからも変わらない。
(それが敵でも味方でもな)
――――夜明け前
鍛冶場から響いていた金属音がやむ。
(完成……か)
待ち疲れてぐっすりと寝ている二人の四獣王を叩き起こして鍛冶場へと向かう。
「ひょほ、随分と早かったのぉ。近くまで来ておったのか?」
そう言って汗だくで槌を持つクワ爺の姿は年齢よりも随分若く見えた。
「ほほ、ヘイちゃんご苦労様じゃったのぉ……むにゃむにゃ」
「ZZZZ……でちゅ……」
完全に夢から覚めない二人。
「ひょほほ、寝不足のところ申し訳ないんじゃがピクルス君よ。早速装備できるか試して貰えるかのぉ」
そう言って金床に置かれた白銀色に輝く剣を指差す。
白銀色の鉱物を鍛えて作られた諸刃の剣身はショートソードとでもいうべきか持ち歩くのにほどよい長さの片手剣仕様になっていた。柄はシンプルに×マークで装飾されその輝きがなければ一般的な兵士の剣と見間違ってしまうような平凡な作りだった。
「これ、ですか……もし私が装備できなかったらこの剣はどうするつもりですか?」
「ひょほほ、当然持ち逃げするわい」
(……狸爺が)
俺は右手で白銀色の鉱物で作られた剣を手に取るとブンッとその場で一振りする。
軽い……が、今振ってみた限りでは別段凄みはないな……
「これが完成品ですか? 特別な力は感じませんが?」
「ひょほ! 流石はわしじゃ。ピクルス君がそう感じたのであればそれは君だけの特別な剣じゃよ」
「はぁ……?」
「ちょっとここで燃えておる火に剣をかざしてみるのじゃ」
言われるがままに炉で燃える火に剣を近づける。
すると、シュン……とあっという間に炉の中の火が消えて無くなった。
「な、なんだ!?」
「ひょほ。この炉の火は魔力でおこしておったからのぉ。この剣は白銀色の鉱物の素材の力をそのまま活かす事に成功した魔剣じゃよ」
「魔剣……」
そう言えば『聖域』で白銀色の鉱物は周りの魔力を吸収していたな……
「つまり魔力を吸収する剣、という事ですか?」
「ひょほほ、そう言う事じゃ。普通はただ持っているだけでガンガン魔力を奪われていくから勇者などには装備する事ができん魔剣じゃな。魔法の力を持っていない魔物……つまりピクルス君だけの剣じゃ」
「凄いでちゅ! クワのお爺ちゃん! 必殺武器の完成でちゅ!」
「ほほ、ヘイちゃん。腕は衰えておらんかったようじゃのぉ」
今の光景を見て途端に目を覚ました二人が騒ぎ立てる。
しかし確かにこれは想像以上の一品だ。相手の魔法から身を守る最強の盾としても使えるわけだからな。
「早速名前を付けないといけないでちゅねピクルスちゃん! 手品ソードとかはどうでちゅか?」
「ほほ、マジックブレイドとかはどうかのぉ?」
お前等、手品から離れろ。
「ひょほほ、まあ名前は好きにするといいわい、わしもこの歳になってこんな金属を扱えるとは思っていなかったからのぉ、楽しかったわい」
「……本当に貰ってもいいのですか?」
「返せと言ったら返すのか? いらぬ気は使わんでいいから持って行け。その剣が役に立つ事が鍛冶屋であるわしへの報酬じゃ」
「ヘイちゃん、恩に着るぞい」
「ひょほ、なあに礼などいらん。わしとお前の仲じゃ、ビースト軍をあげてわしの結婚までをしっかりサポートしてくれればそれで構わんのじゃ」
(しっかり難度の高い報酬要求してるじゃねーか)
だがこんな辺境の地まで来た甲斐はあったな……その特殊効果もさることながらどこの書物にも載っていないオリジナル武器というのも重要だ。これで魔法を使うほとんどの勇者たちを初見殺しできるわけだからな。
「ヘーパイス大長老、本当に助かりました。お礼は後程必ず致します、我々も急ぎ用がありますので今回はこれで失礼させていただきます」
「ひょほ? 一日くらい休んでいっても構わんぞ? 忙しいのぉ」
「ほほ、すまんのぉヘイちゃん。緊急事態でな、またいつか遊びに来るわい」
「クワのお爺ちゃんありがとうでちゅ!」
深々と頭を下げて俺たちは鍛冶場を後にする。
予定通り強力な武器を手に入れた俺たちはミックスベリー城へ戻る為に山を登る。
頂上付近からはゆっくりと朝日が顔を出し穏やかな光が照り付け辺りは徐々に明るくなっていく。少し前を歩くヤギ爺とニュウナイスは二人して俺の剣の名前をああでもないこうでもないと考えている。
「う~ん、いざ名前を決めるとなると難しいでちゅ。ピクルスちゃんはどんな名前にしたいでちゅか?」
「……ん? そうだな……」
俺はそう言って何かを思い出したように立ち止まる。
「あ……すいません。ヴェルンド村へ忘れて来てしまった物がありまして……ちょっと取りに行って来ますので先に行ってもらえますか?」
「ちゅん? 忘れ物ってなんでちゅか?」
「ほほ、なんじゃ、おっちょこちょいじゃのぉ。寝ぼけておるのか?」
「はは、すいません。すぐに追いつきますので……」
そう言って笑いながら一人元来た道を引き返す。
早朝、ヴェルンド村へと一人戻った俺は脇目もふらずに先ほどの鍛冶場へと戻り戸を開ける。
「ひょほ? なんじゃピクルス君か。忘れ物かのぉ?」
一仕事終え椅子に座って休んでいるクワ爺。
俺は忘れ物を探すフリをして背後へとまわる。そして白銀色の鉱物の剣を手にゆっくりとクワ爺へ近づく。
「えぇ……すいません。大事な事を忘れていまして……」