65話:苛立ち
「ふわ~久しぶりのお日様でちゅ!」
ちゅんちゅんとはしゃぐニュウナイス。
ロンズデードラゴンを破壊し見事に白銀色の鉱物の破片を手に入れた俺たちは崩壊した『聖域』の晶洞を登り地上へと顔を出す。
結界内で力を失っていたニュウナイスではとても飛びきれない高さであったが巫女装束女の能力で羽のように軽くなった俺たちはいともたやすく『聖域』の天井に空いた穴からの脱出に成功した。
「便利な能力だな」
俺たちに続いて晶洞を登って来た巫女装束女に声をかける。
「……ネズミさんに褒められると巫女姫は照れてしまうの……」
頭に手をやり頬を緩める巫女装束女。どうやらこいつの能力は馬鹿力ではなく片目で見ている物質の質量を軽くするというものらしい。
「良かったね~巫女姫」
ポシェットもひょこっと『聖域』から顔を出す。
「加速乃窓!」
続いて『聖域』の穴からヤギ爺が噴水のように打ちあがりそして無造作に地面へと叩きつけられる。
「も~クレスタ! 巫女姫が行くまで待っててって言ったのに。ヤギさんが可哀想でしょ~!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと調整して投げたから」
そう言って帽子女も出てくる。
「……雑なの。流石はO型なの……」
(おい、O型に謝れ)
それにしても正直ポシェットたちがいなければ危なかった、少なくともニュウナイスは失っていただろう。しかし俺たちをつけて来た理由は結局なんなんだ?
「勇者ポシェット……」
俺はワイワイと話をしている少女たちに間に割って入る。
「ん? 何かな~ネズミさん」
「いや今回は助かった、協力に感謝している」
「えへへ~どういたしまして~」
「素直にありがとうって言えないのかねー」
「……しかし我々をつけて来た理由をまだ聞いていない。教えてはくれないか?」
こちらに敵意がないのは分かった。しかし白銀色の鉱物の入手に積極的に協力しに来たわけでもないだろう。だとすれば理由は何なのか? 俺は率直な疑問をぶつける。
「実はね~ネズミさんたちから伝えて欲しい事があるんだ~」
「伝えて欲しい事?」
「……そうなの。イーシオカ大陸のアールグレイという人に伝えてあげて欲しいの……」
(ダチョウ将軍に?)
そう言ってポシェットは懐から手紙を取り出す。
これは……!?
それはつい数時間前に見た王宮戦士ライファンが持っていた物と同じカレンダ国からの手紙であった。カレンダ王女からの親書ではなかったがカレンダ国の印が押されている正真正銘の依頼書だ。
内容もほとんど同じで要約すると『アールグレイ城を攻め込む為に戦士を集めている。力を貸して欲しい』というものだった。
「これをどこで?」
「前に寄った村でお助け隊をやってた時に異国の兵士さんに渡されたんだよ~」
……ポシェットたちは世間一般では勇者として認知されていないはず。という事は三人の強い用心棒がいる、程度の噂でこの依頼文を渡しに来たという事になる。
これはさっきカレンダの王宮戦士に会ったのは偶然とは言えないかもな……恐らくこれと同じ定型文が各国の戦士に大量に出回っていると考えていいだろう。
こちらに招集依頼がバレる事など想定の上でやっているとしか……秘密裏に事を進める気など毛頭なく魔王軍と大戦争でもやるつもりか。
(しかし大国とはいえたかが一国の呼びかけにそこまでの招集力があるとも思えないが……)
「当然私たちは参加するつもりはないんだけどね~。ショーグンが凄く気にしててね。アールグレイさんは友達だから伝えてあげないとって」
「それで海を渡る方法を探していたという訳か」
「そーそー。でもあんた等の話をたまたまヴェルンド村で聞いてさー」
「……言伝をお願いしたかったの……」
なるほどな。この三人はともかくブリキ将軍は広く顔も知れている、海を渡ってダチョウ将軍に内容を伝えるとなると容易な事ではないだろう。それどころか捕まったら普通に処刑されるレベルの大罪人だしな。
つまり自分が生きている事を知らせるリスクを負ってでもダチョウ将軍の為に警鐘を鳴らしに行こうとしていたという事か……
「友達ごっこもいい加減にしろ……」
俺は小さく呟く。
「……? ネズミさん?」
理解ができないな。成長しないブリキだ、奴が魔王を裏切ってまで守りたかったできそこない勇者たちを危険に晒してまでする事か?
「……ネズミさんどうしたの? お腹がすいたの? ……」
「いや、なんでもない。貴重な情報だ、礼を言う。必ずアールグレイ将軍にも伝えておこう」
「なーにイライラしてんのさ?」
イライラ? 俺が? 何を言っているんだか。お前たちが慕う馬鹿なブリキに呆れているだけだ。
俺は愛想笑いを浮かべながら皮肉っぽくポシェットたちに言い放つ。
「しかし君たちも大変だな。プラムジャム将軍の勝手で自分たちまで危険な目にあうのではな」
「別にー」
「……大したことないの……」
「友達のピンチならそのくらい当たり前だよ~。ネズミさんだってそうでしょ? さっき雀さんの心配してたもんね」
笑顔で俺に問いかけるポシェット。
馬鹿が。揃いも揃って頭の中がお花畑のようだな。利用価値のある手駒を失いたくない、ただそれだけの事だ。俺はお前たちのように感情的に動く弱さはない。
「当然でちゅ! 僕ももしピクルスちゃんやスクエアお爺ちゃんがピンチなら飛んで助けに行くでちゅよ!」
「えへへ~雀さんは偉いね~」
ポシェットはニュウナイスの頭をなでた後「さてと……」と立ち上がる。
「じゃあそろそろ行こっか」
「だねー」
「……なの……」
「もう行っちゃうでちゅか? まだスクエアお爺ちゃんが起きてないでちゅよ?」
ニュウナイスがヤギ爺の傍で寂しそうにポシェットたちを見つめる。
「あーいいのいいの。起きたらうるさいだけだし」
「……あとキツネさんにも宜しく言っておいて欲しいの……」
「じゃあアールグレイさんへの伝言お願いします」
ペコリと頭を下げるポシェット。
「じゃー死ぬなよー」
「……ネズミさんしばしのお別れなの、お仕事終わったらいつでも来て欲しいの。チーズを用意して待っているの……」
「二人とも元気でね~。あんまり危ない事に首つっこんだら駄目だよ~」
そう言って手を振りながら歩き出す三人。
「……俺たちも戻るとするか」
「どうしたでちゅかピクルスちゃん? ちょっと暗いでちゅよ? 白銀色の鉱物も手に入りまちたしついにピクルスちゃんの強力武器の完成でちゅよ! テンション上げ上げでちゅ!」
「……ああ、そうだな」
ガバッ!
その時急にヤギ爺が起き上がる。
「こりゃ! 忘れ物じゃぞ!」
そう言って小さくなって行くポシェットたちに向かって石のような物を放り投げる。
しかし遠投能力の著しい欠如によりポシェットたちの遥か手前で石は失速し地面に転がった。ヤレヤレと石の所まで戻って来て帽子女が拾い上げる。
「なんだこりゃ?」
「なになに~クレスタ。ヤギさん何を投げたの?」
「……あ、これは……なの……」
拾い上げた石は手の平サイズの星形のミスリルであった。
「……さっき巫女姫が失くした奴なの……」
「ほほ、大事な物なんじゃろう? 先ほどのドラゴンと戦っている時に落ちていたから拾っておいたぞい。もう少しで落石に潰されそうじゃったがのぉ」
得意気に白い髭を触るヤギ爺。
「ヤギさん、それでさっきミスリルの塊の下敷きに……」
三人はヤギ爺を見ながら顔をほころばす。
「馬鹿だねー」
「……馬鹿なの……」
「う~ん、馬鹿だね!」
口々に素直な感想を述べる。
その言葉に何故か親指をグッと立てて答えるヤギ爺。
そして「元気でね~」とポシェットたちはもう一度大きく手を振り俺たちの前から立ち去るのであった。