64話:ロンズデードラゴン戦②
『グオォォォォォ!』
ロンズデードラゴンの咆哮が晶洞に響く。
(あれだけやられてもう回復するのかよ!?)
その脅威の回復力に吃驚する。
翼を砕いても、体中を穴だらけにしても何事もなかったかのように復元するミスリルのゴーレム。これは元を絶たないとキリがなさそうだな……
「あれ? あのドラゴンさんもう元通りになっちゃったの?」
「……クレスタは相変わらず爪が甘いの……」
「こら巫女姫! 聞こえてるよ!」
一足早くロンズデードラゴンの復活に気づき再度足元のミスリルを超加速で投げつける帽子女。しかしロンズデードラゴンは砕かれた先からすぐに復元していく。
「もうウザったいなー」
すぐ傍ではヤギ爺とニュウナイスがせっせと地面に落ちたミスリルをかき集めて帽子女に供給していた。
「ほほ、ニュウナイスよ。ビースト軍での防災訓練を思い出せ。バケツリレーの要領でミスリルをいち早く運ぶのじゃ!」
「はいでちゅ!」
落ちているミスリルをヤギ爺が拾いニュウナイスに渡し帽子女の足元へ置く。 この作業をわずか二メートルの距離で実施する四獣王の二人。
「ちょっとあんた等! 手伝ってくれるのは嬉しいけど手分けして集めた方が絶対早いんだけど!?」
前方に描いた白く光る小窓にミスリルを投げ込みながらごもっともな指摘が入る。
二人はその言葉を聞いている様子もなく「あ、このミスリルの形ちょっと変わってるね」的なトークで盛り上がっていた。
(何やってんだか……って、あれ?)
ふと気づくと先ほどまで俺の近くにいたポシェットと巫女装束女が小走りでヤギ爺の元へと駆けて行く。
「えへへ~ヤギさん久しぶり~」
照れくさそうに笑うポシェット。
「ほ?」
「誰でちゅか?」
「……こっちはポシェット。巫女姫は巫女姫なの……」
ペコリとお辞儀をするポシェットと巫女装束女。
「あ、初めましてでちゅ」
「どこかで会ったかのぉ?」
奇抜な形に欠けたミスリルを手にポリポリと頬をかくヤギ爺。
「えへへ~なんだか楽しそうだから混ぜて欲しいなって」
「……どれどれなの……巫女姫がさっき見つけた星形の奴とどっちが凄いか勝負なの……」
「そういうのは河原とかでやれ―!」
帽子女の怒声が響く。
(ほんとに何やってんだ……)
その時、防戦一方だったロンズデードラゴンの額にある白銀色の鉱物が輝く。そしてその輝きと反比例するように外壁のミスリルからはどんどん光が失われていく。
いや、これは外壁のミスリルの光を、魔力を吸い取っているのか!?
「ほ、なんだか急に暗くなったのぉ?」
「あれ? もう夜でちゅか?」
「ヤバッ! 皆伏せて!」
(マズイ!!)
俺も咄嗟に身を屈める。
ズドォォォォォォン!!
雄叫びと共に白銀色の鉱物から放たれた魔力の塊は波動砲さながらの威力となり自分の住家でもある晶洞を吹き飛ばす。
地響きをあげて縦に横にと揺れる『聖域』。
(ぐっ……危うく死ぬとこだった……しかしなんつー威力だ。)
魔力の放出先がやや上方であった事から難は逃れたが俺の後方は『聖域』の入口まで届こうかという大穴が空いていた。今まで目にした中でも最強クラスの威力にゾっとする。
ロンズデードラゴンは小休止状態とも言うべきなのかこちらの方向を向いたまま動かない。しかし逃げようにも先ほどの衝撃で元来た道は崩れ完全に閉じ込められてしまった。
(次撃たれたら当たる当たらない以前の問題か……この場所が完全に崩れて生き埋め確定だな)
……そういえばヤギ爺たちはどうなった?
願わくばニュウナイス以外が今の一撃で全員くたばってくれているとありがたいのだが。
俺は微かな願いを込め辺りを見渡す。先ほどまでヤギ爺たちがいた場所には今の衝撃で頭上から落下したのであろう大きなミスリルの塊が転がっていた。
(おっ! もしかして潰されてくれたのか!?)
しかしそう甘くはなかったようだ。よくよく見ると巫女装束女が片手でミスリルの大塊を持ち上げていた。
(ちっ、だがよくよく考えれば一時的にポシェットたちと手を組んだ方がここから逃げ切れる確率は上がるか……)
「ふわ~巫女ちゃん力持ちでちゅ!」
「……別に力持ちではないの……羽根質量なの……」
「いや~危なかったね~」
「あんたたちが遊んでるからでしょ! ったくもー」
「えへへ~ごめんごめんクレスタ~。あれ? そういえばヤギさんは?」
「あれ? そういえばいないね。おーい馬鹿ヤギー」
(ん? なんだ? ポシェットたち何か探しているのか?)
「……こ、ここじゃ」
「!?」
そこには同じく頭上から降ってきたであろうミスリルの塊の下敷きとなりかろうじて右手だけが見える状態のヤギ爺の姿があった。
(よし! クリティカルヒット!)
俺は思わず渾身のガッツポーズを決める。
「や、ヤギさん!?」
「……これは大変なの……」
大慌てで巫女装束女がヤギ爺の上にのったミスリルの塊を持ち上げ放り投げる。
「ちょっと、馬鹿ヤギ! 大丈夫!?」
目を細めながらゆっくりと話し始めるヤギ爺。
「わ、わしはもう駄目じゃ」
「そ、そんな、ヤギさん!」
「ほほ、いいのじゃ。老い先短いわしが若いお主たちの盾になれて良かったとさえ思っておるぞ」
盾っていうかお前は勝手に潰れただけだけどな。
「嫌でちゅ! スクエアお爺ちゃん」
「こら馬鹿ヤギ、根性見せろ! こんなところで死んだら絶対許さないよ」
「ほほ、無茶を言うでないわしはもう駄目じゃ。そんな老いぼれの最後の頼みじゃ……クレスタとやら」
「な、なに?」
「冥途の土産に胸を……胸を触らせてはくれぬか……?」
「え……絶対嫌だけど?」
「な、何故じゃ!? 老い先短い老人の頼みを何故そんなに簡単に断れるのじゃ!? わしは精々あと二十年程度しか生きられないというのに酷いではないか!?」
お前の寿命の話かよ!?
本気で心配していたであろう帽子女の正拳突きがヤギ爺の顔面にヒットする。そしてそのまま気を失って動かなくなる色ボケヤギ。
……まあ当然だな。さてと……
「ったく、このヤギは」
「……困ったものだな、本当に」
俺はゆっくりとポシェットたちに近寄る。
「あ、ネズミさん大丈夫だった?」
「……ネズミさんはすばしっこいから大丈夫だと思っていたの……」
「で? 何か用? 私あんたの事あんまり好きじゃないんだけど?」
気が合うな、俺もだ。
「まあ色々と言いたい事はあるだろうが今はやめにしないか? 私がプラムジャム将軍や君たちに敵意があったわけではないのは当人である将軍から聞いているだろう?」
俺は先ほどポシェットと話した内容を元に精一杯のカマをかける。
「……で? 何か用?」
「(よし)入口が塞がれてしまった今、安全にここから抜け出すにはあのドラゴンを倒す他ない。そこで君たちに共闘の申し入れをしたくてね」
「ピクルスちゃん、もう僕たち共闘してたでちゅよ?」
石ころ拾いを共闘とは言わないな、黙ってろニュウナイス。
「ネズミさん。もしかして何かいい案でもあるの~?」
よしよし乗って来たな。不本意ではあるがこの閉鎖された状況ではこいつの力をうまく使って脱出するのが最善だからな。
「案という程ではないがどうやらあのドラゴンは額にある白銀色の鉱物の力で構成されているようだ。つまり額以外のどこに攻撃を当てても無意味という事だな」
「……ネズミさん賢いの……」
「ふーん」
「そして物理攻撃が通らないなら今勝ちうる手段はただ一つ。ポシェットの強制交友で奴を傘下にしてしまう、だ。死体でも機械兵でも効果を発揮する強制交友ならば鉱物とはいえ意思のあるあのドラゴンには恐らく有効だろう。隙はニュウナイスで作るからその内に……」
俺がそこまで言った所で勇者の少女たちが口を挟む。
「あーそれ無理だわ」
「……無理なの……」
「無理だね~」
な、なんだと?
「い、いや。確かにあのドラゴンの手、というか足は大きいが指でもしっかり握れば発動する可能性は十分に……」
「ごめんね~ネズミさん。私もう強制交友で友達を作る気ないんだ」
ポシェットは手を合わせてゴメンと俺に向かって謝る。
何の心境の変化だ? いや、理由などどうでもいいが今あのドラゴンに勝つ方法はそれ以外ないぞ?
『オォォォォォ!』
その時小休止を終えたロンズデードラゴンが咆哮をあげる。そしてまたも白銀色の鉱物が輝き周りのミスリルの魔力を吸収していく。
(マズイ! またさっきのが来る!!)
「ポシェット! 理由は知らないがそれ以外にこの窮地を乗り切る術はない! こちらで注意をひきつけるから早く……」
「あのさー。そんな事しなくても白銀色の鉱物ってのを壊して倒せばいいじゃん」
「……ネズミさん。クレスタは物を壊すのがとても得意なの……」
「い、いや。白銀色の鉱物は超硬度の鉱物、そこらの武器では傷一つつける事はできないだろう」
「大丈夫でちゅ! 僕がもう一回等価硬化で白銀色の鉱物と同じ硬度になって突っ込めばいいでちゅ! ピクルスちゃん、女の子が嫌がる事させたら駄目でちゅよ」
「ばっ……」
馬鹿が! 白銀色の鉱物同士の衝突なんてしたらお前も死ぬぞ。
っ……だがここまで切羽詰まってはそれも仕方がないのか?
少し言葉に詰まる俺、その表情を見ていたポシェットが口を開く。
「ネズミさん。大丈夫だよ、雀さんも危ない目にはあわせないから」
そう言ってポシェットは少し微笑む。
「じゃあ雀さん。その等価硬化っていうのをやってもらえるかな? あとネズミさんはその腰にある剣ちょっと貸して貰える?」
俺は少し考えた後、言う事を聞く以外の選択肢がないという結論に達して腰にぶら下げた剣をポシェットに渡す。
そしてニュウナイスもまた頭にハテナマークを浮かべながらもロンズデードラゴンの額をジッと注視して等価硬化を発動させる。
ニュウナイスの体が再度白銀色に輝く。
「……雀さん凄く硬いの……」
ちょんちょんとニュウナイスをつつく巫女装束女。
「じゃあ雀さん、手を貸して」
ポシェットはスッとニュウナイスに左手を差し出す。
……っ!? しまった罠か!? ニュウナイスに強制交友を掛ける気か!?
気付いた時にはすでに遅くニュウナイスは自分の翼をポシェットへと預けていた。ポシェットがギュッと翼を握るとニュウナイスの体が青い光に包まれる。そしてその青い光はポシェットを通じて右手に持った剣へと伝わる。
「これは……!?」
鉄でできていたはずの剣が白銀色に輝く。
「……強制交友なの……」
強制交友? これが強制交友だと!? こんな使い方が……いや、こんな使い方もできるようになったのか?
ポシェットは青い光に包まれた鉄剣を帽子女へ放り投げる。
「クレスタ。無機物だからそんなに長く効果は持たない。頼んだね」
「分かってるって!」
白銀色の鉱物の硬度となった剣を構えて人差し指で前方に四角い窓のような形を縁取る。空中に描かれた四角形の外線の縁が白く光る。
「行っけぇ――! 加速乃窓!」
放たれた白銀色の鉱物の剣は超加速し、今にも先ほどの波動砲を撃とうかという魔力を溜めこんだロンズデードラゴンの額へと突き刺さる!
カッ!!
閃光と共に砕ける白銀色の鉱物。
そしてロンズデードラゴンはその体を保てなくなり光の中で砂のように崩れていくのであった。