62話:ロンズデーミスリル
この世界には幻の鉱物と呼ばれるレアな金属が数種ある。
その金属で作られた武具のほとんどは圧倒的な破壊力や神秘的な力を持っており伝説の武具と呼ばれる物も少なくない。その中でも『ロンズデーミスリル』はひと際美しい輝き放ち魔力の結晶とも呼ばれる超硬度の鉱物……らしい。
つい最近まで自分で武器を持つ事など考えもしていなかった俺は鉱物に興味など無かった為、その手の情報に関して知識不足であることは否めない。危険を冒してまで採りに行くべき物なのかどうかは判断に迷う所だった。
(じゃあ二人で行って来てください。とは言いにくい状況だしなぁ)
ロンズデーミスリルで作られたゴーレムがいるという『聖域』までの道中、クワ爺に乗せられてテンションMAX状態で探究者を気取るヤギ爺とニュウナイスの後方をとぼとぼと歩きながら少数で来たことを後悔する。
この二人だけを『聖域』に行かせる事は容易だが、残った俺の身の安全は保障されない。ましてやニュウナイスを残してヤギ爺だけ行かせてもロンズデーミスリルを放棄する事と同義でしかないだろう。
(結局撤退を選ばないならロンズデーミスリルを一緒に採りに行くというのが最善策か……それにしてもなんだこの妙な感じは)
ヴェルンド村を出てから大分経つがずっと誰かに見られているような気がする。姿を確認できたわけでもないし杞憂の可能性が高いがどうにも落ち着かない。ノワクロが透明化したあの時の光景が思い出され俺はブンブンと首を振る。
いやノワクロは有り得ない……『聖域』は『聖水結界』と同等の効果がある、奴は勇者のくせに対少数に限って言えばむしろ魔法が使える結界外の方がその力を発揮できる特殊なタイプだからな。襲って来るなら『聖域』が近づく前に襲ってきているはずだ。
……それにこの見られているという感覚、俺に向けられているものではないような……
「ほほ、二人とも着いたぞい。地図によるとどうやらここのようじゃな」
(おぉ、ここか)
初めて見る『聖域』は予想していたものと大分違っていた。立派な社でも建っているのかと思っていたが草木の生えた山壁に熊が冬眠の為に作った巣のような小さな穴が開いているだけだった。
「なるほど……ここが『聖域』だとはとても思えませんね。誰も見つけられないわけです。ヘーパイス大長老はよくこんな場所知っていましたね」
「ほほ、熊のメスに求愛しようと各地を回っていたところ偶然発見したと言っておったのぉ」
(節操無さすぎだろ!)
「これはワクワクが止まらないでちゅ! いざ冒険の祠へ! でちゅ」
身を低くしながら『聖域』内へと入って行く。入口こそ狭かったが少し中に入ると立って歩ける程度の広さになった。側面のゴテゴテとした岩壁は少し冷たい。俺たちは入口から差し込む微かな光を頼りに暗い闇の中を手探りで前に進む。
(……しかしこの入口の狭さだといざ逃げる時に不便だな。予定通り一番後方に待機して分が悪そうであればとっとと逃げよう)
少し歩くと奥の方から薄明るい光が見える。その光を辿って奥へ奥へと進んでいくと大きな晶洞が姿を現す。外壁は先ほどまでの岩壁とはうって変わって銀色に輝く結晶体で覆われていた。
「ふわ~広いでちゅ! 明るいでちゅ!」
目の前に現れたドーム球場ほどの大きさの光輝く晶洞に興奮してパタパタと飛び回るニュウナイス。
「中はこんなになっているんですね。しかしこの光る外壁は何ですかね?」
俺はペタペタと外壁をさわりながら呟く。
「これはミスリルじゃな」
「え、これがミスリルですか? 意外とあっけなく見つかりましたね」
「これこれ早とちりするでない。これはただのミスリルであってロンズデーミスリルとは別物じゃ」
ほう。詳しいじゃないかヤギ爺。
「スクエアお爺ちゃんは鉱物学の第一人者でちゅからね」
「ニュウナイス、照れるからやめるのじゃ。まあピクルスも分からない事があったら鉱物検定六級のわしになんでも聞いたらよいぞ」
(それ多分第一人者とは言わないぞ)
ゴゴゴゴ……
(なんだ、地震!?)
晶洞が地響きをあげミスリルの外壁が音を立ててパラパラと崩れ落ちる。
「ほ? なんじゃなんじゃ?」
「……? あれなんでちゅか?」
ミスリルの壁の一部が大きく崩れ中から銀色の輝きを放つゴーレムが姿を現す。
無機質な造りながら蛇のような顔つきに鱗で覆われた大きな体と大きな翼。頭部から突き出した角。眼球のない目と牙は共に鋭い。
おいおい、ゴーレムって言うかこれは……ドラゴン……だと。
「ドラゴン!? ドラゴンじゃと! 馬鹿な! まさか伝説のドラゴンじゃというのか!?」
(驚いてるのは俺も同じだ、だがお前が必要以上に騒ぐな『青龍』!)
「でっかいでちゅ! 凄いでちゅ!」
『オォォォォォ!』
咆哮をあげてこちらを睨みつけるドラゴン。
「何か怒っておるのぉ……」
「……侵入者は許さないって事ですかね。ちなみにあのドラゴンの体全部がロンズデーミスリルなんですか?」
「ふむ、いや多分あの額に光っている奴がそうじゃ。あとの体は普通のミスリルっぽいのぉ」
額に埋め込まれた四角い宝石のような白銀色に輝く鉱物を指さすヤギ爺。
あれか……さしずめこのゴーレムは大事な鉱物を守るロンズデードラゴンってとこか。
「ニュウナイス、殺れ!」
「アイアイサーでちゅ!」
ロンズデードラゴンに向かって飛ぶニュウナイス。
しかしその速度を見切ったかのように右翼でニュウナイスを弾き飛ばす。
バシィ! っとニュウナイスは壁に叩きつけられる。
「ふえ?」
(なにぃ!?)
そしてその右翼から放たれた風は竜巻のような衝撃となって俺たちを襲う。
「ぐっ!」
突起した壁にしがみついてなんとかその風をやり過ごす俺。
……っ! いくら『聖域』内で力を抑えられた状態と言ってもニュウナイスの攻撃に初見で対応できるのか。
一度の攻防だけだがこの場所で普通に戦っても勝ち目がない事を悟る。
(まあ勝ち目がないのはお前が馬鹿みたいにロンズデーミスリルを頭に埋め込んでいなければの話だけどな!)
では普通じゃない戦い方をさせてもらうとしようか。
「ニュウナイス、等価硬化だ! このドラゴンの頭の宝石を見ろぉ!」
「は、はい。了解でちゅ」
ロンズデードラゴンから思わぬ反撃を受け動揺していたニュウナイスが俺の指示を受けて等価硬化を発動させる。
ニュウナイスの体が白銀色に輝く。
「行け――!」
先程と同じようにニュウナイスが飛び込む。
ロンズデードラゴンもまた同様に右翼を羽ばたかせニュウナイスを迎撃する、しかし……
バキィィィィィン!!
甲高い音をあげてロンズデードラゴンの翼が貫かれ破壊される。
「よし! ニュウナイス、そのままドラゴンの首を……」
俺が言い終わらぬ内にロンズデードラゴンの額に埋め込まれた白金色の鉱物が眩く輝きを放つ。そしてみるみる内に右翼が復元していく。
(嘘だろ!?)
完全再生されたロンズデードラゴンは右前足でニュウナイスを地面に向かって踏み抜く。
「ニュウナイス!」
「ふ、ふわ~……手品みたいでちゅ……」
ロンズデーミスリルの硬度となっていたニュウナイスにダメージはなかった、が、これはヤバイ、マジでヤバイぞ。
(……なんとか俺だけでも逃げなくては)
逃走の機を見計らって元来た方へと後ずさりする俺。どうにか隙をついて安全に退避したい。できればヤギ爺が襲われている最中にでも逃げるのがベストだろう。
……そういえばヤギ爺はどこ行ったんだ?
「ニュウナイスよ。大丈夫かのぉ?」
「あ、スクエアお爺ちゃんお隣さんでちゅね」
あ、いた。
どうやら先ほどの風圧で飛ばされてそのまま地面に叩きつけられたであろうヤギ爺はギリギリと踏まれてるニュウナイスの横で腰を抜かしていた。本当に役に立たない『青龍』だな。
「ほほ、わしがそこから抜けるいい知恵を授けてやろうぞ」
「ほんとでちゅか?」
「本当じゃ、その名も『コチョコチョ大作戦』じゃ」
「そ、それはどんな作戦なんでちゅか!?」
……よし。馬鹿が馬鹿やっている間に逃げよう。
「ほほ、この作戦はな……」
得意げに説明を始めるヤギ爺にロンズデードラゴンの左前足がゆっくりと迫る。
(さらばだヤギ爺、最後は囮として少しは役に立ったぞ)
ズン……
ロンズデードラゴンの巨大な前足がヤギ爺を踏み抜く。
(よし、今の内だ……って、えぇ!?)
俺はあまりの出来事に目を疑う。
ヤギ爺を踏み抜いたはずのロンズデードラゴンが綿のようにフワフワ浮いていたからだ。
「ほ? なんじゃ、こいつ軽いぞ?」
いや違う。これって前に見た事あるような……
「……羽根質量……なの……」
げっ!?
「大ピンチだったね~。助けに来たよ、ヤギさん」