61話:スクエアの過去
「しかし耳を疑ったぞピクルスよ。お前がヘイちゃんと呼ぶなんてのぉ」
頭に包帯を巻きながらヤギ爺がしげしげと俺を見る。
「わしもじゃ。まあピクルス君も随分フランクになったのじゃと嬉しかったが」
う、うるさい!
どうやら前ピクルスは鍛冶屋の人とか、大長老の人とか、ごくごく普通に呼んでいたようだ。失敗した……
クワ爺の名前はヘーパイス。長い白髪と白髭で顔の殆どが覆われたこの老人は大長老と呼ばれる村の権力者でもあるらしい。
その大長老の家に連れて来られた俺たちの目の前には豪華な民族料理が並びもてなしを受けていた。最初は毒の危険性も考慮したがヤギ爺が頭から血を吹き出しながら美味しそうに食べている様子を見るとどうやら問題なさそうだ。
(本当に歓迎されているようだな)
「ふわ~お家も立派でちゅしクワのお爺ちゃんは偉い人なんでちゅか? 大長老ってどれくらい凄いんでちゅか?」
「ひょほほ。それ程でもないわい、小さい村と言っても統治するには役職をつけて管理しないと難しいものなのじゃ。特に人間はのぉ」
囲炉裏に火を起こしながらしみじみと語るクワ爺。
「この村には『大長老』『中長老』『小長老』『末長老』とおってのぉ。まあその中でもトップがわしじゃ」
なんだそのおみくじ長老祭りは。長老多すぎだろ。
(……ん?)
俺はふとカレンダの王女の親書を思い出す。そういえばあの親書って村長宛てだったよな。
「あの、長老の他に村長もいるんですか?」
「あぁ『村長』ならそこにおるぞ」
クワ爺の指さした家の入口付近にはハッハッと尻尾を振る柴犬の姿があった。
「……アレですか」
「長きに渡って村を守ってくれているのはこの猟犬たち。わしらは敬意を表して『村長』と呼んでおるのじゃ」
猟犬っていうか柴犬な。
しかし犬宛ての親書か、胸が熱くなるな。
「心温まる話でちゅ」
「ひょほほ。人も動物も魔物も分かりあえば皆同じ生物じゃ。何の変わりもないわい」
笑いながら語るクワ爺にニュウナイスが質問をぶつける。
「スクエアお爺ちゃんとクワのお爺ちゃんはどういう知り合いなんでちゅか?」
それは俺も少し気になるな。人間と魔物、何故ここまで仲良くできるのか……さっきヤギ爺の事を戦友とも恩人とも言っていたし、一体二人の過去に何があったんだ?
「ほほ、話せば長くなるぞい。実はわしが超越技能である脳活性化を発現させたのもヘイちゃんのお蔭なのじゃ」
なに?
「ひょほほ、あれは人生の分岐点じゃったのぉ」
――――――――七十年前
「ちくしょおぉぉぉ! モテてぇ! モテてぇよぉぉ!!」
「大丈夫だよヘイちゃん、さあもう一度闘ろう!」
若き日のわし等はくる日もくる日も二人で戦っておった。
スクエアとの出会いはそこから更に遡る事になるがここでは割愛させてもらおう。
「駄目だ! こんな事やってなんの意味があるんだ! 女の子は魔物と戦う男にメロメロだ。なんてやっぱり嘘だったんだ!」
「そんな事ないよヘイちゃん。僕もその筆者の記事は読んだ事がある。確かに女の子は勇者と戦う魔物にメロメロだ。って書いてあったよ!」
「そもそも俺勇者じゃないんだけど」
「大丈夫、勇者っぽいよ! クワを持ったヘイちゃんは凄く勇者っぽいよ! 大事なのは中身じゃない。女の子の目にどう映るかなんだよ!」
わし等は種族が違えど同志じゃった。すぐに意気投合した二人は人目につきやすい場所で何度も何度も戦った。しかし結果はついて来なかった……そして数年の月日が流れた。
「スクエア……俺もう駄目だよ。こんな事じゃ一生結婚なんてできねぇ……」
「ヘイちゃん……」
「クワを勇者の剣っぽくする技術だけはどんどん上達したけどさ。肝心要の目的は一向に果たせる気配すらねぇよ! もう終わりだ! こんなんじゃ生きている意味なんて……」
「ヘイちゃん!」
バシッ!
「っ……痛ぇな何すんだスクエア!」
「ヘイちゃんの弱虫! どっちが先にお嫁さんを貰えるか競争だって言ったじゃないか! ヘイちゃんが死んじゃったら僕の不戦勝だ、それでいいの!?」
初めて見るスクエアの涙じゃった。わしの為に泣いてくれておると思うと嬉しくてのぉ。ついつい一緒になって泣きながらスクエアの肩を抱いたのじゃ。
「ちょっとヘイちゃん、僕にそういう趣味はないよ! 気持ち悪いからやめ……!?」
スクエアがわしの手を振りほどきながら立ち上がったその時じゃった。
「な、なんだ……今なにか閃いたような……」
「スクエアお前、体から光が!?」
「あ、あれ本当だ。す、凄い、なんだか力が溢れてくるよ。どんどん頭が良くなっていくみたいだ」
「な、なんだって!?」
「……! ヘイちゃん! ある。希望はあるよ!」
「え!?」
「僕たちは今までそれぞれが人間の女の子と魔物の女の子に良い所を見せようとしていたよね?」
「あ、ああ」
「そんな非効率な事をする必要はなかったんだ! 僕たちが人間と魔物の女の子両方にターゲットを広げればその効果は抜群だ!」
「す、スクエア! お前は天才だ!」――――――――
「……世界に一筋の光が見えたと思ったのぉ。わしはあの時スクエアの一言が無ければきっと自らの人生に絶望して命を絶っていたじゃろう」
「脳活性化に目覚め、わしがその知略を買われてビースト軍の軍師に抜擢された後もヘイちゃんとの交友は続いた。そして今日に至るというわけじゃ」
……予想を遥かに超える酷い過去だったよ!!
これどこから突っ込めばいいんだ!? あまりのくだらなさに殺意を芽生えさせるのが目的なら効果は抜群だよ!!
「ふわ~それで二人の決着はついたんでちゅか?」
「ひょほほ、残念ながらまだ継続中じゃ。しかし最近はこの村にも来訪者が多くなって来たからのぉ。女性の来訪者もおるし出会い率という意味ではわしが一歩リードかのぉ」
七十年経ってやっと一歩リードとか牛歩の歩みすぎるだろ。出会いを求めるならまずこの過疎った村から出ろよ。
「ところで今日この村に来たのはヘイちゃんに頼みがあったからなのじゃ」
「頼み? もしかしてまた武器を作ってくれとかそういう話かのぉ?」
お? 話が早いな。『鍛冶屋をさらって来て武器を作らせた』というのはどうやら建前だったみたいだな。まあ人間に武器の作成をお願いした、なんて言えないだろうから前ピクルスの判断は妥当と言えるかな。
「嫌じゃ」
「え? な、なんでですか?」
予想外の答えに少し動揺する俺。
「お前たちわしの作った武器を扱えないではないか。折角作っても誰も使えんというのは武器を作る身として罰ゲーム以外のなにものでもないわい」
「っ……だから作った武器を持ち逃げしたって事ですか」
「ひょほ。なんじゃ根に持っておったのか? わしは鍛冶屋としての仕事はした。扱えなかったのはお前たちの責任じゃろ。甲斐性もない主の元に我が子はやれないからのぉ。将来性ある玉の輿に乗せてやっただけじゃ」
(こいつ……)
悪びれもせず言い放つクワ爺。囲炉裏の火がパチンと弾ける。
「ほほ、まあ落ち着くのじゃ二人とも。実はのぉヘイちゃん、今回作ってもらう武器は一つでいいんじゃ」
「そうなんでちゅ! ピクルスちゃんに剣を作って欲しいんでちゅ!」
「ひょほ、ピクルス君にか?」
白い髭をさわりながら興味深そうにこちらを見てくる。
「……どうやら私にも超越技能が発現したみたいでしてね。色々試しましたが今のところ装備できなかった武具はありませんよ」
ひょほほと笑った後少し間を置いてクワ爺は話はじめる。
「そうか、しかしわしも最近はグルメになって来てのぉ。もうそんじょそこらの金属では剣を打つ気にはなれんのじゃ」
腰をトントンと叩きながら老体をアピールしてくる。
ちっ、面倒だな。それにこんなふざけた爺が鍛冶屋として高い能力を有しているというのも疑わしいものだ。
「ひょほほ、そういえばここから西に三里ほど離れた場所に『聖域』があってのぉ。そこには『ロンズデーミスリル』でできたゴーレムがいるという噂じゃ」
ロンズデーミスリル?
「『ロンズデーミスリル』ってあの幻の鉱物でちゅか?」
「ほほ、なるほどな。ヘイちゃんの鍛冶屋としての血が騒ぐというわけか。わしらを試すとは人が悪いのぉ」
「ひょほほ。もし『ロンズデーミスリル』を採って来れたら半日で作ってやるぞい。世界最強の剣をな」
随分と大口を叩くじゃないか。悪いがそんな危険を冒してまで武器が欲しいわけではない、誰が行くかそんな場所。そもそもお前がそんな強力な剣を作れるとも思えないしな。
ドン……
(ん?)
家の内外を走り回っていた『村長』たる柴犬が壁に立てかけてあったクワにぶつかる。その衝撃でゆっくりとクワが倒れその刃先が床に触れる。
ギャギャギャギャ! という雷のような音と共にクワの刃先は床を貫き大地が割れる。
(な、なんだこのクワ!? 凄ぇ!)
これってクワ爺が鍛えたクワだよな!? 地面割るとかとんでもない威力なんですけど!?
(やっぱりこのクワ爺凄いのか!? っていうかもうこのクワ貰えばよくね?)
「ひょほ! さぁ魔物共よ、相手は幻の鉱物でできた未知のゴーレム。果たしてお主らに『ロンズデーミスリル』を採って来る事ができるかな?」
「当然じゃ! そうと決まれば善は急げ、さぁ行くぞいピクルス、ニュウナイス!」
「レッツゴーでちゅ!」
盛り上がる二人の爺と雀。
いや、もうこのクワでいいんだが……