60話:クワ爺
手紙はカレンダの王女直筆の親書だった。
ヴェルンド村村長へ
突然のお手紙申し訳ありません。
私はイーシオカ大陸にある王都カレンダの王女。エイプル=カレンダです。
今回折り入ってお願いがあり筆を執りました。
知らない人から急にこんな手紙送られても迷惑だよね。でも本当に困ってるの! お願い! 助けて!
実は私たちと和睦関係にあった大国がつい先日魔物によって滅ぼされました。このままでは我が国も同じ運命を辿る事になるでしょう。
そこで王都カレンダは魔物との徹底抗戦を決意しました。勇者や各国の戦士を募ってイーシオカ大陸を支配するアールグレイ将軍と戦うつもりです。
馬鹿な国だと思われるでしょうか?
しかし我々は他国とはいえ多くの民の命を奪った魔王軍を許す事はできません。必ずや一矢報いて見せます。しかしその戦いの為の武器が足りない状態なのです。
率直に申し上げます。
今回のお願いというのは多くの強力な武具を生み出したと言われるヴェルンド村から武器をお借りしたいという事なのです。雇い兵なども大量に募集をかけている為、今国にはお金がありません。できれば人助けだと思って頂けると幸いです。
代わりと言っては何ですがこの親書を届けた王宮筆頭の戦士ライファンを差し上げます。彼は見た目は残念ですが力持ちです。毒もありません。人の言葉を理解できる心優しいゴリラだと思って下さい。きっと村のお役に立てるでしょう。何なら無償で差し上げます、毒もありませんし。
親交もない遠い異国の地の厄介ごとに巻き込むような事を書いて申し訳なく思っております。でもきっと助けてくれるよね? エイプルは信じてる。
それではお返事お待ちしております。
☆エイプル=カレンダ☆
(王女の親書酷ぇぇ!)
こんなのを国の親書として送って大丈夫なのか? 友達に書いているんじゃないんだぞ? 誰かこの王女に手紙の書き方教えてやれよ。
「ピクルスちゃん。何が書いてあったでちゅか?」
ニュウナイスがパタパタと飛びながら手紙を覗き込む。
……そうだ。重要なのは手紙の書き方ではなく内容の方だ。
王都カレンダが勇者たちを集めてアールグレイ城を攻める画策をしている、か。カレンダの置かれている立場を考えると自然の成り行きかもな。
俺は親書で散々な書き方をされていた王宮戦士ライファンを見下ろす。
(しかし間の悪い王宮戦士だ。よりによって俺にこの情報を漏らす事になったんだからな)
「で、何が書いてあるのじゃピクルス?」
「……この前私とニュウナイスが参加した王都ウエディでの一件。あれが引き金となって今度は王都カレンダが動くようですね」
「ほ?」
「どうやら各国の勇者や戦士に呼びかけをしてアールグレイ将軍の城に攻め込むつもりのようです。このふんどし男は協力要請の為に王都カレンダから送られてきた使者のようですね」
「ふわ~それは大変でちゅ。早く将軍に教えてあげないと」
焦っているのか焦っていないのか、なんとも判断に困る間の抜けた口調で急かすニュウナイス。
「いや、ここは少し泳がせよう」
「ふむ……そうじゃの」
え? 思いもよらず賛同してくるヤギ爺。
「ふえ? なんででちゅか?」
「ほほ、ニュウナイスには少し難しいかの。王都カレンダに勇者や戦士が集まる、するとどうなると思う?」
「どうなるでちゅか?」
「人が城下町に溢れてパンパンとなり城を守る外壁が壊れるのじゃ」
その発想はなかった。
「ま、まあその可能性も0ではありませんが……それよりも所在が分からない勇者を集めてくれるのなら一網打尽にする好機ですからね」
もっと言えば招集ルートを特定して待ち伏せし各個撃破が理想だろう。
「ふわ~やっぱり二人は凄いでちゅ!」
ヤギ爺と同列に語るな。
「招集規模も不明な現状で下手にこちらが動くより出方を見た方が賢明だということだ。もし秘密裏に動ける程度のものならば脅威ではないしな」
それに標的となっているのはイーシオカ大陸のアールグレイ城。対岸の火事という奴だ。俺は安全な場所で知恵だけ貸して戦況を確認しておけばいい。それで勇者が何人か減ってくれるならこんなに楽な仕事はない。
「で、このふんどしちゃんはどうするでちゅか?」
気絶した王宮戦士を指さしながらニュウナイスが質問してくる。
……ここでこの王宮戦士を殺すと王都カレンダに感付かれる恐れはあるか。
「……殺さなくていい。当分は目を覚まさないだろうからそこら辺に捨てておけ」
ただしこいつ等がここの武具を手に入れる事はないがな。
俺は王宮戦士ライファンに近寄るとカレンダの王女からの親書を元有った場所へと綺麗に折り畳んで差し込む。
「おい! そこに誰かいるのか!」
壊れた柵の付近からライファンを追ってきた村人の声がする。
(ちっ、見つかったか。とっとと移動すべきだったな)
「(どうするんでちゅかピクルスちゃん?)」
「(少し状況が変わった、なるべく穏便に事を進めたい。一旦引くぞ)」
俺はニュウナイスへ小声で耳打ちする。
「(ほら、スクエア殿も行きますよ)」
ザッ! 俺の声が聞こえていないのか急にヤギ爺が茂みから立ち上がる。
おいおい!? 何やってるんだ? それじゃあ丸見えだぞ!?
「ひっ! ま、魔物!?」
スクエアの姿を見つけた村人がその場で尻もちをつく。
言わんこっちゃない。これじゃあ穏便に事を運ぶのは難しいか……
「ヘイちゃん……」
何かを思い出したように呆然と立ち尽くすヤギ爺。
「スクエア……スクエアなのか?」
腰を抜かした村人の後ろからヨボヨボの爺さんがクワをつきながらこちらへ向かって来る。
「ピクルスよ。お前は思い出さんのか? ヘイちゃんじゃ、ヘイちゃんじゃぞい!」
ヤギ爺は茂みの中から駆け出すとクワ爺の元へと一直線に向かう。
そして二人は熱い握手を交わし久々であろう再会を喜ぶ。
(こいつが例の……世界最高の鍛冶屋?)
「だ、大長老……ま、魔物です。危険です!」
「何を言うか愚か者め! わしの戦友に無礼を言うでない!」
「スクエア殿……投げ出したクワが頭に刺さってますよ」
「何を言うかピクルス! ……ほ、本当じゃあ!」
その場で血を吹き出して卒倒するヤギ爺。
「これはいかん。早くわしの家に運ぶのじゃ!」
「え、でも魔物ですよ……」
「いいから運ばんか! 恩人に人間も魔物もあるかぁ!」
怒鳴り散らすクワ爺。
「そこに隠れておる二人も出てきてええぞ。なに心配するな。取って食ったりはせんわい」
罠……ではなさそうだな。いざとなればニュウナイスもいるしここは……
ザッ! 俺も茂みから出てクワ爺の前に姿を見せる。
「おぉ誰かと思えばピクルス君か。その節は世話になったのぉ。元気じゃったか?」
(しまった、そういえば俺も顔見知りなんだった。前ピクルスはどんな風に人間と接していたんだ? 呼び方は? 振る舞い方は? ピクルス君とか言ってるしそれなりに仲が良かったのか!?)
困惑した俺は意を決して口を開く。
「お、おう。久しぶりだな。ヘイちゃん」