59話:世界最高の鍛冶屋
ここがヴェルンド村か。
近くで見ると本当に小さな村だな。この大きさなら村の人間は多くて百人ってとこかな。
「スクエア殿、顔を見たら鍛冶屋の事は思い出せそうですか?」
「ほ? そりゃあのぉ。しかしピクルス、わしにばかり頼っておらずお前も思い出す努力をせんか」
「ぐ……ま、まあ私も顔を見たら思い出せるかと……」
ちっ、馬鹿のくせに痛い所をついてくるな。
「……装備品を作らせていたのは今から五年程前。鍛冶屋はその時点でかなりの高齢だった、で間違いないですね」
「間違いないのぉ」
「じゃあ早速で悪いけどニュウナイス。この村の人間を老人以外皆殺しにして来てくれるか?」
俺はヴェルンド村の農場の柵と思われる木の杭を足蹴にしながら指示を出す。
「え? いいんでちゅか?」
「鍛冶屋以外に用はないからな。だが間違っても鍛冶屋は殺すなよ、もしまだこの村に居るのであれば拷問して作った武具の所在を聞き出さないといけないからな」
「ピクルスちゃん怖いでちゅ……」
何を言っているんだか。この村に鍛冶の技術を受け継いだ後継人でもいたらどうするつもりだ。不安要素は徹底的に潰しておかないとな。
「ほほ、あまりいい手とは言えんのぉ」
あ?
無能の代表とも言えるヤギ爺の呟きにカチンとくる俺。
「『聖水結界』の事ですか? 確かにこの村にも展開されているようですが問題はありませんよ。ニュウナイスなら十分の一以下の力になってもこのくらいの規模の村を殲滅するくらいわけはないでしょう」
「ほほ、ピクルスよ。まだまだ思慮が浅いのぉ」
「……何が言いたいのですか?」
「必ずしも人間を殲滅していく事が魔王軍の利になるとは限らないという事じゃ。お前は『食物連鎖』という言葉を知っておるか?」
「……当然知っていますが」
「それなら話は簡単じゃ。わしら魔物が人間を殺す⇒わしの嫁候補が減る。つまり殺すな、じゃ」
『食物連鎖』は!?
「それにこういう辺境の地には美人も生まれやすいと聞く。ピクルスよ、ここでこの村を滅ぼす事が魔王軍に、いや我々にとってどれだけの損害か分かるか?」
「……!?」
「分かって、くれるな?」
「す、スクエア殿。どうやら今回ばかりは私が……間違っていた……かもです」
複雑な感情のまま声を絞り出す。
確かにいるかどうかも分からない鍛冶屋の後継人の可能性など考え始めたらきりがない。それよりも田舎に美人は多いというデータの検証の方が重要だ。
悔しいがあまりの正論に返す言葉もない。もしかしてヤギ爺は俺の良き理解者となり得るのか!?
「さて、そうと決まれば早速うきうきウォッチングじゃ!」
天に拳を掲げて俺たちを鼓舞するヤギ爺。
ふ……やれやれしょうがない爺だ。まあちょっとくらいなら付き合ってや……
「キャー! 魔物よ!」
「子供たちを避難させろぉ――!」
な!?
村の中から悲鳴があがる。
(まさかもう見つかったのか? やはりのんびりウォッチングなんて無理だったのか!?)
「火を焚けぇ! 神聖なるこの村を汚させるなぁ!」
「農場の方へ逃げたぞ! 追え――!」
追われてる? 俺たちが見つかったわけではないのか?
「あ、誰かこっちに向かって来るでちゅよ」
「……なんだあれ」
俺たちの目の前に広がる農場の中に鉄兜にふんどし一丁の男が突っ込んで来た。
気味が悪いくらい鍛え抜かれたボディービルダーのような体つき。乳首には何故かニップレスのようなものが張り付いており、尻にある薄青い蒙古斑にはクワガタが食いついて走りに合わせて上下に揺れていた。
人間……だよな。
笑顔で農場を駆けるその姿は悪霊の類と勘違いされても仕方がないほどに不気味だ。少なくとも変態である事に疑いの余地はない。
「……どうやらこちらに気づかれたという訳では無さそうですね。なんだか村も混乱しているようだし今の内に別ルートから侵入しましょう」
俺は茂みに身を隠しながらヤギ爺とニュウナイスを先導する。
「いや、それはできん相談じゃ」
「でちゅね」
は?
農場柵の前で仁王立ちする二人。
「ちょっと!? そんな所に立っていたら見つかりますよ!?」
「何を小さな事を言うておるのじゃピクルスよ」
俺の方を振り向いた二人は覚悟を決めた表情で言い放つ。
「ちゅん! 男の浪漫オオクワガタを前にちて!」
「背を向けるは男にあらずじゃ!」
駄目だ、目がキラキラしていてとても言う事を聞きそうにない。しかもあれ多分ノコギリクワガタだぞ。
(……まあ、いいか)
早々に制止を諦める俺。
冷静に考えてみれば別に当初の予定通り村で暴れ回ってもらっても何の問題もないしな、今回の目的はあくまで武具の収集だし。
いかんいかん、危うくヤギ爺にペースを乱される所だった。ありがとうクワガタ。
季節外れの昆虫に感謝の意を表し一人安全な茂みの奥へと身を隠す俺。その時……
「ぬははは! そこの人たち危ないですぞぉ!」
「ちゅん?」
「ほ?」
ドカッ! と、先ほどの変態が柵を突き破りヤギ爺とニュウナイスに激突する。そしてそのまま三人は茂みの中へと飛び込むように転倒する。
「おいおい大丈夫か?」
ふんどし男に押し倒される形となった二人の顔を覗き込む。
「取った! 取ったでちゅよオオクワガタ!」
「ほほ、わしもじゃ。童心に返るのぉ」
それぞれがクワガタの上下の部位を持ってはしゃぐ。
(おい、クワガタが半分になってるぞ)
っと、それよりなんだコイツ。
うつ伏せで倒れているふんどし男。どうやら村の人間ではなさそうだが……
まじまじと眺めているとふんどし男が急に立ち上がる。
(うお! びっくりした)
「ぬははは! 失敬失敬! 某は王都カレンダの王宮戦士ライファン! 決して怪しい者ではないですぞ!」
そう言って怪しさ満点のちょび髭中年男が豪快に笑う。
「だから火を持って追いかけて来るのはやめてくだされ! 実はこの村に住むという世界最高の鍛冶屋にお願いが……」
そこまで言ったところで俺とバッチリ目が合う。
「あ……魔物?」
「(やばっ!)ニュウナイス!」
俺は咄嗟にニュウナイスに指示を出す。クワガタの上半身を咥えたままニュウナイスは超速でふんどし男の脳天にクチバシを直撃させる。
そのまま仰向けになって気絶するふんどし男。
「あれ? 首を飛ばすつもりだったんでちゅけど飛ばなかったでちゅね?」
「いや、良くやったぞニュウナイス」
やはりヤギ爺と違ってニュウナイスは使えるな。
……それにしてもこの変態男、王都カレンダの王宮戦士とか言っていたな。イーシオカ大陸から遠路はるばるこんな所まで来たのか?
(ん?)
白目を剥いて大の字に倒れているライファンと名乗る男のふんどしに手紙が挟まっている。
(なんだこれ?)
俺は手紙をふんどしから抜き取ると中身を確認する。
……こ、これは!?