58話:青龍
「あの村ですか……」
見晴らしのいい山頂から目を細めると小さな集落のようなものがうっすらと見える。
「ちゅんちゅん! 確かに何か見えるでちゅ!」
俺たちはミルウォーキー大陸の東に位置するヴェルンド村と呼ばれる小さな村を目指していた。高い山々に囲まれたその村は地図にも載っておらずその立地の悪さから来訪者もほとんどいない陸の孤島となっている。実際俺もこの村の存在を今日初めて知った程の小規模な村だ。
そこに前ピクルスが以前に武具を作らせた有名な鍛冶屋がいるらしい……のだが情報の提供元が……
「ほほ、そうじゃそうじゃ。あの村じゃ」
……こいつである。
ヤギ爺のスクエアが『青龍』だった事には正直驚いた。が、どうやら周知の事実だったようでサイ君に聞いても「今更何言ってるんですか? しっかりしてくださいよピクルス様」の回答しか返って来ない為それ以上何も言う事はできなかった。
(迂闊だった……他の四獣王の実力も確認しておきたかっただけなのに)
「さぁ、目的の場所はもうすぐじゃ。行くぞ二人とも。わしに続け!」
「了解でちゅ! 久しぶりにスクエアお爺ちゃんとお出かけできて嬉しいでちゅ」
ヤギ爺が陣頭指揮をとり『朱雀』ニュウナイスが嬉しそうにその後ろをぴょんぴょんとついて歩く。
(……考えてみればニュウナイスも見た目はこんな雀だけど滅茶苦茶強かったしな。もしかしたらヤギ爺も強いのか? それはそれでなんか癪に障るが……)
「そういえばスクエア殿も超越技能を持っているのですか?」
俺は素朴な疑問を口にする。仮にも四獣王、ニュウナイスやトレスマリアと同格なら超越技能を持っていても不思議ではない。
「ほほ、当然じゃ。何を隠そうビースト軍の中で最初に超越技能を発現させたのはこのわしじゃからな」
ほう、そうなのか。やるな爺。
「へぇ~ちなみにどんな技能なんですか?」
「ほほ……脳活性化」
ヤギ爺はゆっくりと自分の頭を指差しながら答える。
「脳活性化?」
「そう、わしの超越技能は脳の働きを百倍にする事ができる他の追随を許さぬワンダフルな技能なのじゃ」
おお、そりゃ凄いな。まあこいつの脳みその働きを百倍にしてもたかが知れてるかもしれないが……
「そうなんでちゅ! スクエアお爺ちゃんの技能は凄いんでちゅよ! 僕の超越技能とは違って制限なく常に発動し続けているんでちゅから!」
(本当にたかが知れてるじゃねーか!!)
脳活性化状態でアレなのかよ!? もし超越技能がなくなったらこいつただのヤギになるんじゃねーか!?
「お前には会議の場などでもわしの技能を見せていたという事になるのぉ」
「……そういう事になりますね」
「しかしピクルスよ。これからはお前やキュービックの時代、いつまでもわしにおんぶに抱っこではいかん。ビースト軍を支えて行くのは若いお前たちでなくては駄目なのじゃ。そろそろわしが安心して休めるようにこれからのビースト軍を、いや魔王軍を頼んだぞ」
不思議だ。いい事を言っているのだろうがまるで心に響かない。
「そ、そんな事言っちゃ駄目でちゅスクエアお爺ちゃん……」
泣きそうな顔でヤギ爺に話しかけるニュウナイス。どうやらこいつの心には響いたらしい。
「お前も同じじゃぞニュウナイス。現場は四獣王が最後の砦じゃ。そこを忘れてはいかん」
「スクエアお爺ちゃん……」
「なに心配するでない。わしは近い内にアドバイザーとして陰からビースト軍を支える仕事に回るつもりじゃが別にいなくなるわけではないぞい」
「そうでちゅか! 良かったでちゅ! じゃあ今より時間ができたらまたあの絵本を読んで欲しいでちゅ!」
「ほほ、いいぞ。わしの生涯を一日ごとに記した自伝『YAGI』じゃな」
お前の絵日記かよ。普通の本読んでやれよ。
……しかしヤギ爺が今後休んでくれるというなら願ったり叶ったりだ。少しは合いの手を入れておいてやるか。
「そうですね、スクエア殿ももうご高齢なのですからそろそろ私たちを信じてゆっくりされてください」
「そうじゃのぉ、わしも今まで働きすぎたからのぉ。余生は妻でもめとって静かに暮らすわい。その嫁候補を探す為にここまで来たのじゃからな」
その為に来たのかよ!?
「でもピクルスちゃん。村に行ってどうするつもりでちゅか? また鍛冶屋ちゃんをさらうでちゅか?」
山を下りながらニュウナイスが質問を投げかけてくる。
「いや、さらっても城にはもう鉱物がないからな。できれば持ち逃げされた武具が手元にいくつかでも残っているなら奪い返しておきたい」
それに最悪でもその作った武具に特殊な能力が付与されているなら確認しておかなくてはいけない。ノワクロの白装束のように勇者一行装備品一覧には載っていない武具もある。レアメタルで特別に作らせた武具ならば尚更だろう。自分が使うにしろ使わないにしろ未知数の武具というのはなくしておきたいからな。
「それにしてもやはり旅は少人数に限るのぉ」
木々の枝から見え隠れする冬の太陽を浴びながらヤギ爺が呟く。
「そうですね、あまり大人数で動いては目立ちますし。なにより四獣王が二人もいればいざという時にも安心ですしね」
「ほほ、これこれ。人を頼ってばかりではいかんぞ。先ほど信じてゆっくりしてくれと言っておったではないか。まったく困った奴じゃ」
「はは、そうでしたね。すいません」
「まあもし勇者にでも出会ったら見せてやるわい。『雲を霞みの青龍』と呼ばれたわしの実力をな」
(逃げる気満々じゃねーか!)
俺はニュウナイスにコソコソと耳打ちする。
「なあニュウナイス。実際のところ『青龍』であるスクエア殿の強さというのはどのくらいのものなんだ?」
ニュウナイスは耳元がくすぐったいという素振りを見せながら答える。
「スクエアお爺ちゃんでちゅか? そうでちゅねぇ~戦った所は見た事ないのでちゅけど、絵本によるとクワを持った農民と死闘を繰り広げるくらい強さみたいでちゅよ」
「……えっと……クワを持った勇者と?」
「クワを持った農民とでちゅ」
「……」
「ところでクワってなんでちゅか? のーみんって勇者ノワクロとどっちが強いでちゅか?」
世の中には知らなくていい事がある。
そう言ってニュウナイスの頭をポンと叩く。
(いざという時にはニュウナイスを使って飛んで逃げよう……)
それにしてもこいつは一人で四獣王と超越技能の格を地に落としたな。もしヴェルンド村で武器が手に入ったら試し切りと称してヤギ爺を殺ってしまおうか? でも流石にバレるかなぁ……
そんな事を考えながら山を下って行くと何かの柵にぶつかる。
「痛……」
「これ、よそ見しながら歩いておるからじゃ。着いたぞ、ここがヴェルンド村。世界最高の鍛冶屋が住んでいる村じゃ」