56話:決意
勇者ノワクロとの戦闘から一週間。
アールグレイ将軍に今回の顛末を説明し手を尽くしてノワクロ捜索に努めたが未だ消息は掴めないままだ。
結局ノワクロをすぐに始末する事ができず魔物が戦略を立てて勇者を攻めているということが世界の共通認識となってしまうのを恐れた俺はこの一週間その火消しに躍起になっていた。
俺はアールグレイ将軍に魔王空軍の魔物全員に『チエヲツカッテタタカエ』と書かれた名札をつけるように依頼。その一文を今月のスローガンに掲げ魔物たちが忘れないようにと適当な理由を付けて説明した。
「クェクェ――! いいなそれ!」
「しかしピクルス様、魔物に知恵を使って戦わせるのは良いと思うのですが名札に張ると相手にもバレてしまうのでは?」
「モルフォ、重要なのはそこではないぜ。問題はこの名札をどこに張るか、だ。俺は胸に刻み込むと言う意味でも左胸がいいと思うのだクェれど軍師さん的にはどうだろうか?」
「……いいと思います」
何も考えず快諾してくれたアールグレイ将軍。今後は是非スローガンを胸に刻み込んで知恵を使って欲しいものだ。少しはまっとうな感性の秘書がいて良かったな。
これは苦肉の策だ。ノワクロから情報が漏れて魔物が知恵を使うという事がバレると魔物側の……俺の最大のアドバンテージが無くなってしまう。それならばまことしやかな噂が流れる前に大っぴらにしてしまった方がマシだ。
『チエヲツカッテタタカエ』と書かれた名札をつけた魔物が当然の如く知恵を使えずに戦う、しかも命を張って無能を証明してくれるのだ。噂の出所はこの名札のせいにしてしまえば良い。三大勇者のノワクロから広まるよりも遥かに信憑性は薄くなりそのまま風化してしまう程度のものになるだろう。
(だからと言ってノワクロを放っておく理由にはならないがな……)
勇者ノワクロは討ち取れなかったものの百年間落とす事ができなかった王都ウエディを結果として滅ぼす事になった。ノワクロを逃した事よりも王都ウエディ殲滅という結果について大喜びのアールグレイ将軍。
確かに約二千の兵力は失ったものの巨大な国を一つ落とせたのだから十分な戦果ではある……意図してやった事でないのは不服だが。
後処理も終えミックスベリー城に帰る支度をしていた俺にアールグレイ将軍はお礼の気持ちと言って大きな卵を持ってきた。
「この卵は?」
「クェクェ――! 大事にしてくれよ! 俺が一生懸命生んだ卵だからな!」
(お前メスだったのかよ!?)
ダチョウの卵を嬉々として土産に差し出すアールグレイ将軍。少し粘々したその物体はおそらく先ほど生んだばかりと思われる。
(さ、触りたくねぇ……)
「俺のお勧めはやっぱり目玉焼きかパンケーキだな」
(お前が食用の許可出しちゃ駄目だろ!?)
「あ、ありがたく貰っておきますね……」
俺は直接手で触れないようにシーツに包んで卵を受け取る。
「それよりアールグレイ将軍。ノワクロの件、何か分かったらお願いします」
「クェ? あぁ。足取りが掴めたらすぐ連携するから安心してくれ。でも軍師さん達が散々痛めつけたんだろ? 当分はおとなしくしているんじゃないか?」
「……そうですね」
「それじゃあ気をつけて帰れよ。ミックスベリーにも宜しく伝えておいてくれ!」
そう言って部屋を出て行くアールグレイ将軍。
当分はおとなしく、か。
(してもらっては困るな。ノワクロ……残念ながら俺は部屋にゴキブリが出たら仕留めるまで眠れないタイプだ。万が一お前が目立った動きをしなくても必ず見つけ出して潰す)
「ピクルスちゃん。鳴らないでちゅ~」
帰りの船上、ニュウナイスが泣きそうな声で話しかけてくる。羽をバタつかせて何度も繰り返し音を鳴らそうとしてるがまったく鳴る気配はない。
「そうか。頑張れ」
(指じゃなくて羽だから絶対鳴らないけどな)
「ふわ~。トレスマリア~どうちたらいいでちゅか~?」
「ちょっとウザいから静かにしてくれるかしら。この前少し恩を売ったからって慣れ慣れしくされるのは困るのだけれど」
「ふにゅ~」
しょぼくれるニュウナイス。
「あっ……ま、まあ別に暇だから話しかけてくるくらいは構わないけれど……それにニュウナイス。あなたノワクロとの戦いの時は良い音出してたわよね?」
「あ! そうでちた!」
ニュウナイスは何かに気づくと俺の腰にある剣をジッと見つめる。
そして等価硬化で鋼の硬度となった自分の羽を思い切り擦り合わせる。
バキィィィン! バキィィィン! と甲高い金属音が船上に響く。
「鳴ったでちゅ! 鳴ったでちゅ! トレスマリアありがとうでちゅ~」
「べ、別にお礼を言われる筋合いなんてないんだからね!」
(そんな事に超越技能使うなよ……)
……今回の結果に納得はしていないが得た情報も大きかったな。
四獣王の実力。『聖水結界』の網羅できないポイントがある事。俺の超越技能。そしてノワクロの強さの根源……勇者とは思えない容赦のなさ。
ノワクロがレベルをカンストしている理由は単純に人間を狩っていたからだろう。人間同士の殺し合いは『エルグランディス計画』でも効率よいレベルアップの方法の一つとして提唱されていたからな。まさか実行している勇者がいるとは考えもしなかったが……
そしてノワクロは恐らく高レベルのパーティーを何度も組んで仲間を狩っている。だからこそ結果的に単独に見えていた、いや見せていた、が正しいのか。それでも自身が超高レベル域になってからはレベルを一つ上げるのも大変だろうから、もしかしたら可算無限集合慈愛の倍々効果には経験値も含まれているのかもしれないな。
しかしノワクロが装備していた白装束。透明化の最中は攻撃できないのだろうが潜伏や逃走にこれ以上の武器はない……もしかしたら他にも便利な武具があるかも。
俺自身がどこまで人間の武具が装備できるのかを検証しなくてはいけないし、それも踏まえて少し本格的に強力な威力や効果を持つ武具がないか探してみるか。積極的に勇者との戦闘に参加するつもりはないが安全性は高めておきたいからな。
俺は目の前に見えてきたミルウォーキー大陸を眺めながら考えを巡らせる。
アールグレイ将軍から貰ったダチョウの卵は帰りの船で海に投げ捨てた。