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天才軍師はフェレットでも構わない~ブラック企業勤務の俺でも無双できる世界~  作者: 赤城 マロ
カンスト勇者 ノワクロ編

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55話:勝敗

 可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッド……

 勇者であれば必ず覚える魔法、慈愛バファリンの同系最上位にあたる魔法だと推測されている。

 慈愛バファリンが仲間の能力をほんの少しだけ押し上げる魔法である事に対して可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッドは自己の能力を爆発的に向上させる魔法である。勇者観測記の記録だけでも過去に十三回ノワクロはこの魔法を使っている。しかしその能力の上昇率と持続時間にはバラツキがありどういった魔法なのか詳細は不明であった。


(まあ、おおよその見当はついているがな。この魔法の効果も……そしてそのリスクも)


「ふわ~。勇者ノワクロが青く光ってるでちゅ」


 ノワクロを覆うあの光の量……


「ニュウナイス、トレスマリア、気を付けろ。恐らくノワクロは今までの倍速いぞ」


 ビュンッ! と、地面に伏せるような低い構えから土煙を巻き上げてノワクロがこちらに向かって一足飛びに詰め寄る。


(速っ!)


 咎ノ柄無(とがのつかなし)の赤い刀身の刃先を俺に向けて突進してくるノワクロ、しかしその刃先は当然のように俺に届く事はなかった。俺に届く遥か手前でトレスマリア渾身のタックルが直進してくるノワクロを横から吹き飛ばしたからである。


「ぐっ!?」


 ノワクロが初めて見せる苦悶の表情。そのまま数十メートル先まで吹っ飛ぶ。


「ピクルス君に何しとんじゃワレぇぇぇ!!」


 鼻息を荒くするトレスマリア。


「助かったぞトレスマリア」

「えっ! い、いや別に……別にちょっとつまずいた先にたまたま勇者がいただけだし……お礼を言われる筋合いなんてないし……」


 もじもじと顔に手をやるトレスマリア。


「ほえ~でも今のは中々早かったでちゅね~」

「あら……でもおかしいわね。骨とかボッキボキに折るつもりでタック……つまずいたのに案外平気そうだわ……ショック……」


 飛ばされた先ですぐさま体制を立て直したノワクロはこちらに向かって吠える。


「おいおいおいぃ! 魔王軍がそんな獰猛なウサギ飼ってるなんて聞いてねぇぞ」


 驚きの表情を浮かべながらトレスマリアを睨む。


「お喋りしている余裕があるとは意外だな。ほら、早くしないとお前の勝機は0になるぞ」

「んだとぉ!?」


 今度は俺を睨みつけるノワクロ。

 そう……俺は可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッドに法則がある事に気づいていた。それは能力の上昇率と効果の持続時間が反比例する事である。


「そう言えばピクルス君。なんでノワクロが倍速になっているのが分かったの?」

「速度だけではない腕力も体力も、魔力以外の全てのステータスが二倍になっているはずだ。お前の攻撃があまり効いていないのもそのせいだな」

「全部が二倍、でちゅか?」

「青い光の光量によってノワクロの能力の上昇率は推し量れる。今の全身から放たれている光量であれば恐らく一番出力を落としている状態だろう。つまりは『二倍』だ」

「……ひゃはは!」


 いつもと違う感嘆にも似た笑い声を出すノワクロ。


「どういうことでちゅ? ピクルスちゃん?」

「おそらく可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッドは魔力……いわゆるMPを燃焼させて基礎能力を向上させる魔法だ。そして脅威なのはその上昇率。自分の肉体が耐えられる範囲内であれば何倍にでも自分の基礎能力を高められるはずだ」

「なにそれ? ずるくない?」

 

 トレスマリアが不満そうに口を尖らせる。


「ずるいな。だが仕方がない、そういう魔法なんだから。しかしリスクも大きい」

「リスク?」

「今までに可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッドを使った時間とノワクロの推定MP量を考えると一秒毎に基礎能力を上げた倍数のMPを消費しているはずだ。今は二倍だから10秒で20MP消費だな」


 指を二本立てながら話を続ける。


「ノワクロの推定MPは500前後。今までの戦いで400くらいまで減っているとして今の二倍状態でもせいぜい200秒。3分ちょいが持続の限度だろうな」


 俺は自分の推察をまるで全てお見通しといった具合でノワクロに聞こえるように二人に告げる。


「……ひゃは! 本当に物知りなネズミだなぁ!」


 ノワクロは低く構えたまま下を向き笑いと怒りが交じったような声をあげる。


(どうやら正解のようだな……)


「……ちょっと言っている意味が良く分からないわ。熱でもあるの? ピクルス君」

「ふわ~難しいでちゅ……ちょっと一旦帰って予習して来てもいいでちゅか?」


 四獣王の二人は首をかしげながらキョトンとしている。


(やめろ! 今は帰るな、マジで! そんなに難しい話じゃねーだろ!)


「二人とも難しく考えるな、ノワクロの今の強さは限定的な物。要は強化と持続時間が反比例する一時的なドーピングのようなものだと思っておけばいい」


 それを聞いてニュウナイスもトレスマリアもふむふむと納得の表情を浮かべる。


「なるほど~可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッドは録画時間は伸びるけど画質は荒くなるビデオの三倍録画と同じ要領という事でちゅね!」

「いやちょっと違うな」

「つまり可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッドはちょっとエッチなビデオを部屋に置いておくのと同等のリスクを背負っているというわけね……確かに危険な魔法だわ」

「いや大分違うな」


 全く分かってねぇ! っていうかお前等の部屋にはビデオがあんのかよ!?


「……どちらにしても長く使える魔法ではない。つまりここを乗り切れば奴のMPは0、終わりという事だ。なぁノワクロ」


 ノワクロはこちらへ突進する構えを解かないままで不敵に笑う。

 そして先ほどと同じように手を合わせるとノワクロを包む青色の光が輝きを増し大きく膨れ上がる。


(この光量!? 三倍……いや五倍!?)


「来るぞ! ここを耐えれば我々の勝利だ!」


 俺は周辺の魔物にノワクロとの障壁になるよう隊列を組む指示を出す。


「それとニュウナイス……! ……」

「……? ……了解でちゅ!」


 ビュオゥ! 風を巻き上げてこちらに向かって来るノワクロ。俺との間に肉の防護壁として張られた魔物の群れを目にも止まらぬ速さで文字通り肉塊にして行く。


(これで止まるとは思っていないさ、だがお前のいる位置はこれで掴める)


「トレスマリアぁ!!」


 自慢の跳躍力で上空へ飛びノワクロが蹴散らす魔物の群れの上からドロップキックの体制に入るトレスマリア。


「ラビットドロップキ――ック!!」」


 完璧なタイミングでノワクロを捉えたトレスマリア。しかし寸前のところでノワクロが視界から消える。

 トレスマリアの両足は標的のいない地中にズッポリと嵌る。


「うぜぇよ! ウサギぃ!!」


 トレスマリアと入れ替わる様に一瞬にして宙を舞うノワクロ。そしてトレスマリアの首めがけて咎ノ柄無(とがのつかなし)の凶刃が……


 ガキィィィィン!!

 金属音同士の衝撃音が鳴り響く。ノワクロとトレスマリアの間に割って入ったのはニュウナイス。そしてその体の色は咎ノ柄無(とがのつかなし)と同じ赤色であった。


(よし! 等価硬化(カメレオンセキュア)!)


「今だぁ! トレスマリアぁぁぁ!!」


 トレスマリアは地面に刺さったままドリルのように回転する。


「ラビットスクリュー裏拳!!」


 渾身の裏拳がノワクロの顔面を直撃する。

 耐久力が五倍状態のノワクロもたまらず後方へ吹っ飛ぶ。


「大丈夫でちゅか? トレスマリア」

「ふう、助かったわニュウナイス」


 笑顔でハイタッチを交わす二人。

 咎ノ柄無(とがのつかなし)の硬度になったニュウナイスの翼に触れたトレスマリアの手から血しぶきが飛ぶ。


(誰からダメージ受けてんだよ!)


「よくやったぞ二人とも……さてそろそろタイムリミットだ。もうお前は終わりだよ、ノワクロ」


 俺はトレスマリアに吹っ飛ばされ地面に仰向けで寝転がったままのノワクロに話しかける。


「……ひゃは! ひゃはは! ひゃはははは!!」


 突然笑い出すノワクロ。

 ついに正真正銘いかれたのか?


「何がおかしい……」

「ひゃは……いやぁ、予想外だったぜ。こんなに強ぇとはよぉ。ひゃは、今日は俺の完敗だなぁ。王都ウエディに閉じ込める事ができなかった件も含めてよぉ……」

「……今日は、ではない。お前は終わりだ、ノワクロ」


 ノワクロはむくりと起き上がる。


「なんでテメェらが今日優勢だったかお前なら分かるよなぁネズミ」

「……」

「それは情報の差だ。俺が最初お前等を嵌められたのも情報の差。俺が今こうしてぶっ飛ばされたのも情報の差だぁ」

「負け惜しみはそのくらいにしておけ。最後くらい勇者らしく死んでみせろ」


 なんだこいつ。なんでこの期に及んでまだ余裕があるんだ?

 それに何故可算無限集合慈愛ヒュブリス・ユークリッドを逃走の為に使わなかった……いや、考えても仕方がないか。何を言ってもこいつは終わりだ、もうノワクロは終わり……


 ……情報……情報!? 

 そういえば、俺たちは何故王都ウエディ内でこいつが城門を破壊するまで見つける事ができなかった!? あれだけの魔物で探索したのに何故……まさか!?


 気づいた時にはすでに遅かった。

 スゥ……とノワクロの姿が消えて行く。


「ニュウナイス! トレスマリア! とどめだ! 早くノワクロにとどめを……!」

「あ、あれれ? 勇者ノワクロがいなくなっちゃったでちゅ」

「おかしいわね、私の裏拳の威力で木端微塵になったのかしら」


「くそっ!!」


 なんで気づかなかった。偽ノワクロとノワクロの違いは刀と服装(・・)。勇者観測記の情報では常に鎧を着ていたノワクロが今日は白装束。

 ノワクロの本当のとっておきはあの白装束……おそらく透明化か何かの効力がある特殊装備品だ……


 悔やんでも悔やみきれないミスにぶつけようのない怒りが込み上げる。

 その時どこからともなく声が聞こえる。


「ネズミィ…今回は負けておいてやるぜぇ……。だがお前等魔物が知恵を使って攻めてくるって事が分かったからよぉ、もう二度とお前等の牙が俺に届くことはねぇ。ひゃは! そのうち殺してやるからよ。楽しみに待ってろよぉ」


 風のように聞こえてくる憎らしい声。そして辺りは静寂に包まれる。


 ……一番知られてはいけない奴に知られてはいけない情報を与えてしまった。

 俺は怒りのあまり腰に差していた剣を地面に叩きつける。


「くそ! くそくそくそくそくそがぁぁぁ!!」


 勇者ノワクロ……どんな手段を使ってでも必ず殺す!!


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