52話:狂人
崩壊した王都ウエディ。俺は上空からその光景を見ながら脳裏をよぎった自らの考えに戸惑う。
「ピクルスちゃんどうするでちゅか?」
普段呑気なニュウナイスですら困惑した表情で俺の顔を覗き込む。
「少し待ってくれ……」
「でも早く参加しないとお祭り終わっちゃうでちゅよ」
……全然困惑してなかった。火祭りで燃えてるわけじゃないからアレ。
俺は頭の中を整理しながら次の行動をどうすべきか考える。もしノワクロが王都ウエディを滅ぼしたのであれば俺たちと戦う前にすでに……という事になる。
理由は分からないが交渉の際に何かしらの仲違いがあったのか? まあどちらにしても王都の兵士たちと戦う必要はなくなった。これは素直に喜んでいいだろう。
(それに、どちらにしても確認しないわけにはいかないしな)
ノワクロはすでに手負い。そして逃がすわけにもいかない。ぐずくずしていたら王都カレンダにも感づかれるかもしれない……しばらく様子を見るという選択肢はそもそもない、か。
俺は魔王連合軍に進軍指示を出す。
「これより王都ウエディへ進行する。各自警戒を怠るな!」
号令のもと次々と魔物たちがウエディ城門から進行して行く。
「俺たちも行くぞニュウナイス」
少し遅れて俺もニュウナイスと一緒に空から王都ウエディ内へと進入する。
ズンッ!
城下町を囲う城壁に差し掛かったあたりで突如俺を掴んでいたニュウナイスのバランスが崩れる。
「どうしたのだ!?」
「申し訳ないでちゅ。なんだか急に重くなりまちて……ピクルスちゃんもう少しダイエットした方がいいと思いまちゅよ」
人聞きの悪い事を言うな。俺はスリムなフェレットだ。それにそんなに急に重くならねーよ。
……だがこれは……
「『聖水結界』……か」
ニュウナイスは飛行高度を保てなくなりふらふらと地上近くまで下降する。
「おかしいでちゅ。なんだか力が出ないでちゅ」
『聖水結界』は土地に染み込んだ結界……町や城が滅んでもその効力は健在か。
「ニュウナイス。無理に飛ぶな、一度降りて地上からノワクロを探すぞ」
そう言って町へフラフラと降りる。
ウエディの城下町ではすでに大量の魔物によるノワクロの大捜索が始まっていた。しかし『聖水結界』のせいで魔物の動きは一様に重そうだ。
(俺は別になんともないんだけどな……)
王都ウエディは二十メートル程の高い城壁に囲まれている。この壁だけは崩れる事なく主のいなくなった町を守っていた。長きに渡って魔物からの侵入を防いで来ただけの事はあるな、立派な防壁だ。ペタペタと壁を触りながらそのつくりに感心する。
そして無惨に転がる人の骸の山に目をやる。中には斬り捨てられた跡のある骸もあるがそのほとんどの死因は焼死。しかもこの焼かれ方、火事による逃げ遅れではない。
(これは雷撃によるものだな。勇者が得意とする電撃魔法のソレだ……しかし町中で魔法は使えないはずだし一体どうなってる?)
色々な疑問はあるもののとにかく今はノワクロをとっ捕まえて吐かせるしかない。
しかしそのノワクロはどこに行ったんだ?
先遣隊からも発見の報告はない。魔物も半数以上がウエディ内に入って捜索しているというのに未だ見つからないとは……ウエディ城もすでに崩壊しているようだし隠れる場所なんて限られているはずだが……
その時城門の方からバリバリバリッッ! という雷鳴と共に何かが崩れる音が聞こえる。
なんだ!?
急いで城門まで戻る俺。すでに異常を察知して城門付近には大量の魔王連合軍が集結していた。そして不思議そうに城門を……先ほどまで城門だった物を見ていた。
(これは!?)
王都ウエディの玄関口として設けられた立派な城門。それが見る影もない瓦礫と化していた。
(……閉じ込め……られた?)
ここは『聖水結界』内、魔物の力は十分の一以下。当然承知の上で侵入し手負いのノワクロとも戦うつもりでいたが本能的にマズイ! と感じた。
「全軍一時撤……!」
俺は指示を躊躇する。探せば城下町の外に出る裏門くらいは数個外壁に設置されているだろう。しかし大量の魔物が出入りできる場所はここくらいだ。それが塞がれたとなるとこの結界内から出るのには相当の時間を要する。まずは俺がここから脱出し安全を確保してから……
「お~い魔物どもぉ!」
上空から声が聞こえる。上を見上げると城下町を囲う塀の上に一人の男が座っている。
(ノワクロ!? ……じゃない?)
その男は先ほど戦ったノワクロではなかった。しかしノワクロと同じく銀髪の髪、そして年齢も二十代の中ごろから後半といった所か。装備の違いと言えば鎧ではなく軽装の白装束をまとっている事と鞘のないむき出しの刀を腰に携えているくらいだ。
その銀髪の男は城門前に魔物が集まっているのを確認してから何やらブツブツと唱え始めた。
まさか……魔法!?
「ビースト軍よ! 私を囲うように陣形を組むのだ! 早くしろ!」
咄嗟に警護用のビースト軍に指示を出す。
「神授堕天雷」
銀髪の男が右手を振り下ろすと城下町全体を包み込むような円が形成される。そしてその円の中で魔力の雷が解き放たれる。
ズガガガガガァァン!!
凄絶な威力の雷撃が魔王連合軍を雷の矢で焦がし尽くす。俺は身を低くしてビースト軍の魔物を盾に雷の嵐をやり過ごす。
……パリパリッ、と大気に放電された魔力が残る中、盾となったビースト軍の骸を押しのけて周りの様子を伺う。
昆虫軍は今の一撃で全滅。ガーゴイルも駄目……か。魔法を放った銀髪の近くにいたグリズリーやオークも絶命している。今の一撃だけでおそらく半数近くの兵力を失った。
「ピクルスちゃん。大丈夫でちゅか?」
心配そうにニュウナイスが声をかけてくる。
「っ、ニュウナイス。お前こそ直撃だっただろう。よく無事だったな」
「僕の体には電気流れないでちゅからね。全然平気でちゅ」
(雀は電線にとまっても感電しない的なノリなのか? 凄ぇな)
しかし残念ながらニュウナイス以外にそんな特異体質はいないようだ。この城門近辺の魔物は絶命か大ダメージかのどちらかである。
だが神授堕天雷は詠唱者に近ければ近い程雷撃の威力が増す魔法。ウエディ城の方に行っていた魔物は中位以上のレベルならまだ無事のはず……って言うかこの魔法……
「勇者専用の超上位魔法……」
「ひゃはっ! 物知りなネズミがいるなぁ」
銀髪の男は生き残った俺をニヤニヤと観察している。
ちっ! ここまで生き残りが少ないと魔物の群れに紛れて脱出も難しそうだ、ウエディ城を探索していた部隊が到着するまで時間を引き延ばすしかないな……
「……お前が勇者ノワクロか」
「ひゃはは! そうだけど? 何か文句ありますぅ?」
小物臭い喋り方。全てを見下したような表情。だが不思議とコイツが本物のノワクロであると直感的に思えた。
「おかしいな。さっき白い鎧を着た勇者ノワクロと戦っていたんだが、ノワクロとは二人いるのか?」
「あー違う違う。あんなのと一緒にしないでくれよぉ。さっきまでお前らが戦っていたのは戦士のウーティン君。レベル43の高レベル戦士だからまあまあ強かっただろぉ?」
「……勇者を装わせて仲間を一人で差し向けたって事か、中々エグイ事をするじゃないか」
「あー? 仲間? 餌だよ餌。あのくらいのレベルになると言う事を聞かせるのも大変なんだぞぉ。まぁ今回の作戦が成功すれば娘を返してやるって約束をしてやったらやる気十分で演じてくれてたけどなぁ」
そう言いながら塀の上に置いてあった先ほどまで戦っていた偽ノワクロの……ウーティン君と呼ばれた男の生首をこちらに放り投げる。
「まあ守る気なんて微塵もなかったけどなぁ。ひゃは!」
こいつ……
「こっちはまんまと誘き出されたってわけだ……」
「まー予定とは大分違うけどなぉ。何故かお前ら王都カレンダの方を攻めてやがったしよぉ。お蔭でウーティン君という大事な駒を失う結果に……あ! 殺したの俺でしたぁ!」
顔を抑えながらケタケタと下品な笑い声をあげるノワクロ。
「ピクルスちゃんピクルスちゃん、こいつが勇者ノワクロって事はこの首の奴は双子って事でちゅか?」
「いや、ちょっと黙ってろニュウナイス」
ニュウナイスを制してノワクロに問う。
「勇者ノワクロ。貴様こんな事をしてただで済むとでも? 大罪人として人間からも追われる事になるぞ?」
俺は答えの分かりきった質問をぶつける。
「ひゃは! 何言ってんだぁネズミィ。俺は王都ウエディを襲った魔物の軍勢を一人で倒した英雄として語り継がれて行くだけだぜぇ?」
(だろうな……)
「ネズミィ! 強烈な冷気に触れると人は『熱い』と感じるのを知ってるか? 本当は火傷じゃなくて凍傷なのによぉ」
「……」
「勇者の中の勇者、三大勇者様が人を手にかけるなんて事はありえねーんだよ! 勇者依存の雑魚民どものおめでたい頭ではそんな事考えつきもしねぇのさ!! 悪は魔物! 正義は勇者だ!」
そう言ってノワクロは腰に差した柄のない赤い刀身の刀を抜く。
……こいつの強さを見誤っていたな。レベルが高いから危険なんじゃない、ノワクロの強さは俺がやっている事と同質の物だ。