50話:『魔王連合軍』進軍開始
「何故このような事に……」
頭を抱えるウエディ王。
その理由は昨日ウエディ領内に現れた魔物が落としていった内部文書の中身のせいであった。その文書は以前と違う内容が一文だけ……
『援軍到着。時ハ来タ。全勢力ヲ持ッテ勇者ノワクロヲ討テ』
一枚の紙切れを見つめながら一人玉座の間で悩むウエディ王。
そこへ第一王子チューズが入って来る。
「父上。何を悩んでいるのですか?」
「何を呑気にしておるチューズ! 先日の王都カレンダ領内に現れた新種の魔物の脅威。知らぬわけではあるまい!」
第一王子チューズに向かって怒りをあらわにするウエディ王。
「落ち着いて下さい父上。魔物の狙いは勇者ノワクロなのでしょう? すでにノワクロの所在は掴めております。議会の承認も取れておりますのですぐにも使者を送れますよ」
「チューズ……何を言っておる」
ニヤリと笑うチューズ。
「当然助けてもらうのです勇者ノワクロに。我々が危険の及ばない戦地まで赴いてもらってね」
「まさか……見殺しにするという事か? 勇者を……」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。勇者は魔物の手から人々を守る事が使命のはず。それに彼は三大勇者が一人、きっと見事に魔物を倒しこの国に平穏を取り戻してくれるでしょう。むしろ我々が頼まずとも自発的に動いてもらわないと困るというものです」
「う、うむ……そうだな。そもそもここ最近周辺の魔物の動きが活発化しているのも奴がこの国に来たという噂が立ってからだ。我が国は勇者の力など無くとも魔物と戦えていたというのに……まったく迷惑な話だ」
開き直ったかのように勇者への愚痴をこぼすウエディ王。
「それでは宜しいのですね?」
「当然だ。少し気が動転しておったわ。民意に問うても同じ答えが返って来るだろう。わしは王として国民の命を第一に考えなくてはならないのだからな」
「ご立派です。ではすぐに勇者ノワクロと接触致します」
「くれぐれも慎重にな。あくまでわしらは助けを乞う立場であるという事を忘れるな。勇者の慈悲深さと勇敢さに委ねるという流れに持って行くのだ」
「当然です。この国の悪評が出るようなヘマはしませんよ」
第一王子チューズはウエディ王に一礼すると足早に玉座の間を後にするのだった。
――――『魔王空軍』アールグレイ城
俺は勇者ノワクロ討伐に向けての最終調整を進めていた。
隣接する二つの大国……この話を聞いた時何かに使えるとは思い歴史書などを読み漁ったが想像以上に動かしやすい二国だった。
王都ウエディと王都カレンダの両国は長い歴史を持つ大国だが魔王討伐に向けて大軍を出したのは和睦前の遥か昔に王都カレンダが一度だけ。その時は無残に魔王軍に返り討ちにあっただけでなく王都ウエディからも攻められて国の危機に瀕したという記録が残っている。
その歴史的背景もあり王都カレンダは大軍を魔王軍に遠征させる事はなくなった。そして隙をつき攻めて失敗した王都ウエディは王都カレンダ以上に自国から兵を出す事はできなくなっただろう。攻められても文句を言えない大義名分を与えてしまったわけだからな。
その証拠に王都ウエディに関しては周辺の魔物討伐以外は行っておらず、小規模で遠征隊を出すような国内外へのパフォーマンスすら行わない露骨に保守的な国となっている。
今回の作戦の目的は勇者ノワクロといかにして有利な戦闘環境で戦えるか……だった。
勇者ノワクロ討伐の発端はアールグレイ将軍の思いつきによるものだったが、単独で動きその居所を掴ませなかったノワクロが珍しく一つの町に留まっている。これはまたとない好機と言えた。
この機を逃さず討ちたい、欲を言えばノワクロのレベルカンストの謎も解き明かしたい、という中で最悪のケースはノワクロに逃げられ行方が分からなくなる事だった。
王都ウエディに滞在しているという噂から数ヵ月が経過しているがノワクロは町から一向に出て来る気配はない。ましてや国と癒着している様子もない。どういうつもりかは知らないが確実に仕留めるには町の外まで誘き寄せる必要があった。
そこで作戦の第一段階として隣国の王都カレンダを集中的に攻める事にした。王都ウエディとの軋轢を生ませ両国の兵力を分断、結果的に王都ウエディを孤立させ魔物への対処の選択肢を狭める為だ。
それともう一つの意図、今までとは違う魔物の動きにノワクロがどう反応するかを見る為でもあった。
しかしノワクロの反応は……まったく無し。隣国の事で情報も入って来ているはずなのに、だ。
そして第二段階として先日の四獣王による王都カレンダ領内での戦闘行為。王都ウエディへは間を置かずに内容を書き換えた内部文書を発見させ対象が自分たちに変わったと思わせる……いや対象が勇者ノワクロに変わったと思わせる、が正しいか。
その結果、王都ウエディの動きは三通り考えられた。
まず一つ目は勇者ノワクロと共に戦う選択。
二つ目は勇者ノワクロに戦ってもらうという選択。
三つ目は動きというわけではないが勇者ノワクロが実は王都ウエディにいないという可能性。
ここは三つ目のパターンが最悪だったがトレスマリアの拡散聴力のお蔭もあり最新の報告でウエディのお偉いさんと勇者ノワクロと思われる人物の接触が確認できた。
そして会話の内容から一つ目のパターンもなさそうだ。まあ王都ウエディという国の歴史を考えると元々その線は薄いと思っていたし単独で戦果をあげてきたノワクロが今更一般兵に頼るとも思ってはいなかったが……。おそらく王都ウエディはいざという時に無関係を装う為兵すら出さないだろう。
しかしノワクロは国を背負って戦う為逃げる事もできない。三大勇者様には一人孤独に魔物の大軍と戦ってもらうとしよう。
俺は部屋の外で待機している秘書のモルフォに声をかける
「モルフォ。すまないがアールグレイ将軍に連絡を取ってくれないか?」
「はい。では会議の準備を致しますね」
「いや、その必要はない。アールグレイ将軍には事前に話を通してあるからな。今回は『魔王空軍』の大規模出撃の許可を取りたいだけなのだ」
俺は部屋の隅に巣を作りスヤスヤと寝ている『朱雀』ニュウナイスにも声をかける。
「それとニュウナイス。ウエディ周辺に配置した監視部隊は一部を除いて全員呼び戻せ」
「むにゃ……? どうしたんでちゅかピクルスちゃん? また何かお仕事でちゅか?」
「あぁ大仕事だ。これより『魔王空軍』と『ビースト軍』の主要戦力で勇者ノワクロの討伐に向かう!」