48話:超越技能
四獣王『朱雀』ニュウナイスと『玄武』トレスマリアを連れて俺はカタラニア大平原に来ていた。
王都ウエディと王都カレンダにはそれなりの距離があるはずなのに随分近くに感じる。理由はこれでもかというくらい起伏のない平坦な地形のせいだろう。
(現地に来たのは初めてだが噂通り本当に何もない平原だな。ここまで見通しが良いとメリットとデメリット両方あるな~)
やはり地図上や空からでは分からない事も多い。現場を見て初めて発見出来る事は往々にしてあるものだ。
「ニュウナイス。トレスマリア。先を急ぐぞ」
……
「ニュウナイス? トレスマリア?」
おい、返事がないぞ。
振り返ると真っ青な顔をしてガタガタと震え縮こまるトレスマリアの姿があった。尋常ではない様子に焦る俺。
「お、おい! 大丈夫かトレスマリア!? 具合でも悪いのか?」
「ひ、広い……」
「え?」
「広い! 広すぎる! 私にこの世界は広すぎるぅぅ!!」
「ト、トレスマリア! 一体どうしたんだ落着け!」
「これが落ち着いていられるかぁぁ! こんな見通しの良い場所で勇者にでも襲われたらどう責任取るつもりだゴラァ!!」
(……それは戦えよ)
完全にパニックになっているトレスマリア。長い耳をブンブンと振り回し喚き散らす。
「と、とにかく一旦深呼吸だ。ほら息を吸って――吐いて――」
息を整えて徐々に落ち着きを取り戻すトレスマリア。
「……わ、私は今までミックスベリー城の地下の個室にずっと居たから……あまり広い場所に出ると禁断症状が出てしまうの……気にしないで……」
気にしないでと言うなら喚かないで欲しい。
「いや、それは配慮が足りなかったな。トレスマリアはどのくらいの広さまでなら大丈夫なのだ?」
「……そうね六畳一間くらいの広さに居ればギリギリ正気が保てるわ……」
(ほとんど狂気じゃねーか!)
「な、ならそんな状態の中ついて来てくれた事を感謝しなければいけないな。なにせ相手は三大勇者と呼ばれるノワクロだ。四獣王である君の力がどうしても必要だったからね」
「えっ? 君? ……そんなピクルス君……君だなんて……キュン」
キュンと自らの声を発しながら胸を抑えるトレスマリア。
「そ、そうよね……ごめん、私混乱して暴言を……今の指揮権はピクルス君にあるのに。本当どうかしてた、言い直す」
コホンと咳払いしてトレスマリアが言い直す。
「こんな見通しの良い場所で勇者にでも襲われたら責任……取ってよね? ……ぴょん」
コツンと右こぶしで頭を叩きながらテヘぺロするトレスマリア。
(おい、言い直したら余計悪くなったぞ)
ところでニュウナイスは何処に行ったんだ?
キョロキョロと辺りを見渡すと遠くの方で何やら作業しているニュウナイスの姿を発見する。
「お~い、ニュウナイス!」
俺は小走りで駆け寄りながら作業中のニュウナイスに声を掛ける。
「あ、ピクルスちゃん。急に離れてしまって申し訳ないでちゅ」
「いや、それはいいんだが何してるんだ?」
「ちゅんちゅん! これはでちゅね、折角こんな広~い平原に来れたので巣でも作ろうかと思いまちゅて。それで枯草なんかを集めていたんでちゅよ」
「そうなのか。だが悪いなあまり時間がないのだ。また今度にしてもらえるか?」
「構いまちぇんよ。のんびりやるつもりでちゅから」
「すまんな」
「いえいえ。どっちにしても泥と枯草を唾液で固めて巣を作るのには時間が掛かりまちゅからね」
「へ~……って!? お前それ雀じゃなくてつばめの巣の作り方じゃねーか!」
「ちゅん?」
まさかお前……雀じゃなくてつばめなのか!?
いや別に驚愕の事実という訳でもないんだけれど『朱雀』とはすでに何も掛かってないぞ? いいのかそれで!?
キョトンとこちらを見て首を傾げるニュウナイス。
……まあ暫定的に雀でいいか。
「どうしたでちゅかピクルスちゃん?」
「いや……なんでもない。それより王都カレンダへ急ぐぞ」
「ちゅん? 王都ウエディに向かうのではないのでちゅか?」
「あぁ、今回は王都ウエディへの偵察じゃないんだ」
そう、今回の主たる目的は作戦の最終段階の布石としてこの大陸に存在しない魔物を戦地に投入する事で王都ウエディにこちらの動きの変化を読み取らせる事。
そしてただ別大陸から援軍が来たと思わせるだけでは弱い。いざ戦いとなったらとてもじゃないが敵わない魔物がいる……そう思わせる必要がある。そういう意味では王都ウエディからでも戦況が見通せるこの平原は今の作戦段階においては絶好と言えるな。
(できれば平原に出てくる王都カレンダの兵団は壊滅させるくらいのインパクトが欲しい所だ……それに……)
それに勇者ノワクロと戦う前に確認しておきたい事がある。四獣王の実力と技能についてだ。
魔物は魔法を使うタイプと技能を使うタイプの二種類に大別される。魔法を使うタイプの魔物の大半は『呪術軍』であるレモンバーム将軍の配下であり『ビースト軍団』と『魔王空軍』は技能重視の魔物が占めている。
もっとも技能と言っても「体当たり」とか「力を溜める」とかがほとんどで普通に戦闘していても使っているのか使っていないのか分からないレベルの代物だ。
しかし魔物の中にはごく稀に『超越技能』と呼ばれる律外の技能を持つ者が存在する。
『超越技能』を持つ魔物は十万匹に一匹と言われておりその技能は様々だが例外なく一騎当千の力を有する。
そして今回連れて来た四獣王の二人はまさにその『超越技能』の持ち主なのだ。
(まあ全部ヤギの受け売りだけど)
この作戦が上手く運べば勇者ノワクロとはかなり優位な状況で戦う事になる予定だ。
だが最終的にガチ戦闘になるのは避けられない。俺はノワクロの力を過大評価はしていないができるだけ被害を最小限に抑える為にも手駒の戦闘力は確認しておきたいからな。
王都カレンダはかなり強力な兵も有していると聞く。実験台には持ってこいの相手だろう。