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 (番外編)ビーストハロウィン②

「はっはっはーー! とりっくおあとりーとぉぉぉぉ!!」


「きゃあああ近寄らないで!」


 ザクッ!

 キツネの脳天に四本目の手斧が突き刺さる。


「むぅ! 本当に照れ屋が多い村だな。なぁピクルスよ」


 噴水のような自らの血しぶきで真っ赤にコーディネートされた顔をこちらに向けながらいつものように高笑いするキツネ。

 ……こいつ不死属性でもついてんのかよ。痛覚と脳みそをどこかに落としてしまった我が軍の迷軍師、リアルに仮装されたフランケンシュタイン的な姿には正直ドン引きせざるを得ない。まあ、一人楽しそうなキツネは放っておくとしても事態は思った以上に深刻だ。



 今年のビーストハロウィン開催地モモチ村。

 人口は300人程の小さな村だ、国からの派遣された兵士もほとんど常駐はしておらず武力といえば若い男手を集めた自警団だけ。そんなモモチ村に兵力一万を超えるビースト軍が半壊させられそうになっているのだから笑えない。


「ど、どりっぐおあどりー……グフゥ!」

「とりっぶおばばぁ……ガハッ!」


「おいっ! だから反撃しろって!」


 俺の声はまるで届く事はなく覚えたての拙い人の言葉を口にしながら目の前で一人、また一人とビースト軍の魔物が地に伏して行く。村の中で本来の力が発揮できないとはいえ本来であればこの規模の村を落とす事など雑作もない。だが駄目なのだ。こいつらはお菓子が目的、その目的の配給者であるところの村人達を攻撃することは決してない。いくら屈強な魔物であろうとこれでは耐久力の高いサンドバックだ。


「これはマズイですよピクルスさん」


 この状況を隣で見ていたウィズィがふぅむと口に手を当てて考え込んでいる。流石にこの惨状に思う所があるのだろう。


「ああ、このままだとこんな小さな村に全滅まであり得る重大危機だ。テンションが上がってしまってこっちの指示も聞きゃしない」


 さながらお菓子しか目に入らぬゾンビ集団か。


「だが幸いにも村人が好戦的というわけではない、なんとかお菓子を諦めさせることができれば撤退自体は難しくは……」

「この村人の人数にビースト軍の皆さん、これは明らかに供給不足です。これは起こりますよ、仲間内でお菓子を奪い合う聖戦(ジハード)が!」


 そう言って近くのビースト軍を振り払い脇に抱えたお菓子の山を大事そうに抱えるウィズィ。

 まさか、すでに聖戦(ジハード)が始まっているだと!?


「いや、そうじゃねーよ! そんな心配はしてない、むしろお前はその菓子どこから持って来たんだ? この状況で呑気に菓子を配っている頭の沸いた村人でもいたのかよ?」


「いえ、これは呪術軍に伝わる魔法ステルストリックオアトリート家宅侵入によって入手したお菓子です。だからこれは私の物……絶対にあげませんよ!」


「ただの盗人じゃねーか」


「し、失礼なっ! 仕方がないじゃないですか。ビーストハロウィンは仮装お菓子パーティーって聞いていたのに仮装している人もお菓子を配っている人もいない。それじゃあもう……盗むしかないじゃないですか!!」


 すでにハロウィン関係ないな。


「あ、でも犬の仮装をしている人はいましたね。大きさも仕草もまるで本物のチワワみたいな」


「それウチは将軍だ……」


 そういえばミックスベリー将軍はどこに行ったんだ。俺で統制が取れないとなると後はもう将軍に撤退命令を出してもらうしかない。将軍本人がそれを受け入れてくれるかどうかが問題だが……


「あぁ、あのワンちゃんならそこでお休みしてますよ」


 ウィズィの指さす方向には胃液をぶちまけてぐったりと横たわる将軍の姿が……! 俺は慌てて傍へと駆け寄る。


「ミ、ミックスベリー将軍! 大丈夫ですか、しっかりしてください! 誰に、誰にやられたんですか!?」


 馬鹿な! ミックスベリー将軍をここまでにする手練れがこの村にいるというのか!?


「しょ、少女が……」


「少女!?」


 必死に声を振り絞り言葉を紡ぐ将軍。


「う、うむ……チョコを、小さな少女がチョコをチョッコとくれたのだ。う、嬉しかった、本当に嬉しかったのだ」


「あんた何やってるんですか! チョコは駄目です、絶対に駄目ですよミックスベリー将軍!」


 ぐったりとした将軍を抱きかかえながら涙声になる。悲しいのではない、悔しいのではない、ただただ情けないのだ。

 そんな俺の涙声に呼応するかのように少し離れた場所で悲しそうなヤギの鳴き声が聞こえる。


「メェ~メェ~メェ~メェ~……何故じゃ。何故誰もわしの乳を搾りにこんのじゃ。ここは楽園ではなかったのか……」


 『搾りたての乳飲めます』と看板を掲げ一人実演販売をしていたヤギ爺は一人天を仰いで呟く。あのなぁ、こんな状況で二足方向のヤギの元へ乳を搾りに行く人間がいるわけないだろ。


「すいませ~ん。ちょっと喉が渇いちゃったんで乳搾りたいんですけど大丈夫ですかぁ?」


 哀愁に暮れるヤギ爺の元へ少女が一人。あぁ、そういえばいたな。半分魔女だがこんな状況で好奇心に負ける奇特な人間が。

 食べすぎでパサパサした喉を潤したいのだろう、バリバリとお菓子頬張りながら、いつの間にか場所を移動していたウィズィがヤギ爺の乳首を摘まんでいる。


「メェェェェ~~~~!! 駄目じゃ、もう店じまいじゃあ!」


「え~なんでですかぁ? ケチケチしなくてもいいじゃないですかぁスクエアさん」


「こんな、こんな姿を身内に見られとうなかった……わしは、わしはもうお仕舞じゃあぁぁぁ!」


 顔に手を当てて泣き叫ぶヤギ爺。今更恥ずかしいもなにもないと思うが……どうやらヤギ爺はヤギ爺で越えられたくない一線があるようだ。


「ピクルスよ、助けてくれぃ! わしが、わしが魔女っ娘に凌辱される。こんな初めては望んでおらんかったのじゃあぁぁぁ」

「あ、コップないんで直接吸っても大丈夫ですかね?」

「いやぁぁぁぁ! やめてくれぇぇい、わしを汚さないでぇ、きれいなままでいさせてぇ!」

「はむっ」


 抵抗むなしくウィズィの口は的確にヤギ爺の乳首を捉える。


「はふぅぅん……」


 気持ち悪い吐息がヤギ爺の口から漏れる。そんな事を気にする様子もなくちゅーちゅーと音を立てて美味しそうに爺の乳首を吸うウィズィ。

なんだこの地獄絵図は……


「ぷっはーー! ごちそうさまでしたー!」


 ひとしきり吸い尽くしたあと満足そうな笑みを浮かべまたお菓子に手を伸ばす。全てを出し尽くしたヤギ爺は地面にボロ雑巾のように転がり顔を手で覆い泣いている。


「うぅ……もう駄目じゃ、こんな恥部をさらけ出して生きてはおれん、死のう……今の経験を糧に世の女性にわしの乳をふるまって、その中からとびっきりの美人を選んで結ばれて、子宝に恵まれて幸せな家庭を築いてその子が立派な大人になってから……死のう」


 普通に長生きする気じゃねーか。


「なんでそんなに悲観的なんですかスクエアさん。本当に美味しかったんですから自信を持ってください!」


「……そうかのぅ?」


 倒れたままチラリと横目でウィズィを見る。


「そうですよ、ちょっとどろっとしてますけど甘味があって口に残る後味で……」


 おえっ、聞いてるだけで吐きそうだ……


「う~ん、飲み物っていうかヨーグルト寄り? みたいな。とにかくどこに出しても恥ずかしくない立派な乳でしたよ!」


「そ、そうかのぉ!」


 途端に元気になり飛び起きる。それでいいのかヤギ爺。

 ……ん、いや……待てよ……! ある、このビーストハロウィンを終わらせる方法がたった一つだけ!


「ビースト軍の魔物達よ! よぉーーく聞けぇぇ!!」


 柄にもなく村全体に響き渡るほどの大声を張り上げる。


「ビーストハロウィンの目玉のお菓子はここにある! 軍師スクエアの乳だ!」


「ほひょ!?」


「これこそが極上の菓子である。さぁ早い者勝ちだ、目一杯吸い尽くせぇ!」


 行く当てなく村を徘徊していた魔物達の目は一斉にヤギ爺へと向けられる。そして天にも届く唸るような声であの呪文を唱える。


「「ドリッグオアドリードォォォ!!」」


 お菓子に飢えていたビースト軍の面々は我を失ったかのように猛然とヤギ爺へ突っ込んで行く。


「さぁ、スクエア殿! このまま魔物を引きつれて城までお戻り下さい。彼等はもう正気ではない、捕まったら今度こそヤギの尊厳を失うだけではすまないですよ」


「お、お前は鬼じゃあぁぁ!」


 内股走りでモモチ村の出口へと向かうヤギ爺、そしてそれを追うビースト軍の数千の魔物達。どうやら爺にとってここは楽園ではなく地獄だったようだな……


――――こうして、ビーストハロウィンはヤギ爺の尊い犠牲の元、終結を迎えたのだった。


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