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 (番外編)ビースト軍最大の危機

「わし、ペットを飼おうと思うんじゃ」

 

 ビースト軍領土拡大会議の最中、照れくさそうに髭を触りながらこんな事を言いだしたのはヤギ爺だった。こいつには常識というものがないのだろうか? いや、あるはずがないな。


「コホン、スクエア軍師。今は勢力が増してきている勇者達に対抗する為にビースト軍の活動拠点を拡大していかねばならない大事な時期。知恵を出し合おうと会議を開かれたのは他ならぬスクエア軍師ではありませんか。それを急に私事などと、少しは時と場所を考えて下さ……」


「それは妙案ですなスクエア殿!」


 俺が苦言を言い終わらぬ内に横に座っていたキツネが凄い勢いで横入りして来る。

 おい、唾飛んだんだけど


「はっはーー! 我が軍は私を筆頭に切れ者が集まってはいますが肉体派はそう多くはない。つまりペットという獣要素を取り入れる事で野性味を注入しようという事ですな!」


 ここってビースト軍だよな? お前はペットに獣要素を一任する気か。


「ふむ……なるほど。まずは足場を固めてからという事か」


 ミックスベリー将軍も深く頷く。

 いや、ふむ……じゃねぇよ。ヤギ爺は絶対そんな理由で言ってないぞ!? ペットで足場が固まると思ってるあんたもどうかと思うけど! 


「問題は何のペットを飼うかですね。秋の収穫祭では例年より収穫量が少なかったのであまり餌代が掛からないペットが好ましいですかね」


 サ、サイ君までノリノリだと!?


「はっはーー! ならば金魚はどうですかな!?」


 金魚いるのかよこの世界! つーか野性を注入するって話はどこ行ったんだよ、野生の欠片もねーじゃねーか!


「悪いのぉキュービック。すでに飼うペットは決めておるのじゃ」


「なんですと!? それは失礼しましたぞぉ。それで、和金ですかな? 出目金ですかな? それともまさか羽衣ランチュウ!?」


 なんで金魚限定なんだよ! しかしこのキツネ、金魚についてだけはやけに詳しいな。脳みその大きさが同じくらいだから親近感がわくのかな。


「ほほ、違うのぉ。実はわし、犬を飼おうと思っておるんじゃよ」


 なん……だと……!?


「ほう! 犬ですか、いいですなぁ!」


「犬なら食費もそんなに掛からないしいいですね。もし神竜バハムートを飼いたいとか言ったらどうしようかとドキドキしちゃいましたよ」


 キツネとサイ君が笑顔を見せながら口々に賛同の声を上げる。

 いやいや正気かお前ら。今、この会議室で目の前に座っている直属の上司。ビースト軍の長であるミックスベリー将軍の種族を何と心得る、チワワぞ!?


「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」


 俺は座っていた椅子を後方にすっ飛ばしって勢いよく立ち上がる。防がなくては、犬を飼う事だけはなんとしても防がなくては! 不思議な使命感に駆られた俺はミックスベリー将軍に目を合わせぬよう三人に、特にヤギ爺に対して諭すように話しかける。


「犬は……やめておきましょう」


「ほ? 何故じゃ?」


「何故ってほら、犬は賢いですし愛くるしいですしもう滅茶苦茶可愛いですけど……でも駄目です!」


「何を言っておるのだピクルス! 支離滅裂で意味が分からんぞぉ!」


 くっそ! キツネに言われるのは屈辱だがその通りだ。確かに今の説明は理に適っていない。だが、察しろ! 言えるか? 俺達の上司は犬なんだから犬を飼うのはやめましょうなんてこの場で言えるか?


「あの、え~と……」


「どうしたんですかピクルス様? なんだからしくないですよ、体の具合でも悪いんですか?」


「ピクルスよ、はっきり物事を喋らんかぁ! ウジウジするんじゃあない、男の子だろぉぉ!」


 カッチ―ン!

 はぁ!? 頭の悪いお前らのフォローをしてやっているのに何たる言い草だ。イラッとした俺は横にいたキツネの右脛に思いっきりトゥキックをお見舞いする。


「い、痛い! な、何をするんだピクルス!」


「……すまん、口下手なもんで」


 そう呟きながら二度三度と執拗に同じ個所を続けて攻撃する。


「痛い痛い! や、やめろぉぉ! こ、これは軍法会議物だぞぉ!」


 涙目になりながらちょっとタイム、マジでちょっとタイムと両手でバッテン印を作るキツネ。構わず四撃目を入れようとした瞬間、仲裁に入ったのは他ならぬミックスベリー将軍だった。


「ピクルスよ、やめないか。キュービックも泣いているではないか」


 小さな肉球でポヨンと会議テーブルを叩きながら珍しく強めの口調で言葉を発する。きっかけの当の本人であるミックスベリー将軍から仲裁が入ったのであれば仕方がないと俺は渋々小さく頭を下げ、ドカリと近くにあった椅子に座り直す。


「ミックスベリー将軍。私は泣いていませんぞぉ! これは涙が目に溜まったように見えるだけで実際に泣いたのであれば頬に泣き筋が残るはず、それが無いという事は泣いていないという何よりの証拠! ピクルス、私は泣いていないからな!」


 凄い早口でどうでもいいことを弁明するキツネ。


「もう、ピクルス様。急に暴力はよくないですよ。ちゃんと後でキュービック様に謝って下さいね」


 コソコソと横までやって来て耳打ちするサイ君に溜息交じりに返答する。


「さっき謝ったじゃん」


「あれはミックスベリー将軍にお辞儀しただけじゃないですか。駄目ですよ、先に手を出した方が悪いです」


 ちっ、バレてたか。なんとなくサイ君の言う事は断りづらいんだよなぁ。まあ後で謝ったって事にしておくか。


「ところで先ほどのペットの件だが……」


 ミックスベリー将軍がヤギ爺をジッと見据えて真剣な表情を見せる。ざまぁみろ怒られるぞ、折角俺が穏便に済ませてやろうとしたのに……まあ自業自得か。


「ふむ、犬か。いいんじゃないか」


 なん……だと……!?


「ちなみに犬種はもう決めてあるのか?」


「ミックスベリー将軍。わしはビースト軍筆頭軍師ですぞ。当然その点も抜かりなしですじゃ。実はすでに名前も決めてありますぞい」


「ふむ、良ければ聞かせて貰えぬか、そのペットの名を」


「ほほ、名は体を表す。知将のペットたるもの凛々しさと愛くるしさを兼ね揃えてなくてはいけませぬ。その名も『チワワン』ですじゃ」


「チワワじゃねーか!!」


 俺は思わず再度椅子を後方にすっ飛ばしてその場に立ち上がる。

 絶対駄目な犬種じゃねーか! お前の瞳には今何が映ってるんだ!? チワワだろ? チワワ(上司)の前でチワワ飼う宣言とか正気じゃねーぞ!


「ふむ、いいんじゃないか」


 よくねーよ! 寛大通り越してアホの域だよ将軍!

 俺の心の声は響くはずもなく、会議室は何故かスタンディングオベーションに包まれ満場一致でビースト軍の新ペットはチワワに決まったのだった。




 ――――翌日

 ペットお披露目会と題され会議室にまたもや集められた俺達。ヤギ爺の飼うペットに興味などないのに貴重な昼寝の時間を潰された俺は机を指でトントンと叩きながら苛立ちを表す。


「遅ぇ……なにやってんだあの爺」


 会議室にはサイ君、キツネのいつものメンバーの他、四獣王であるニュウナイスとトレスマリアも呼ばれていた。


「もうピクルス君ったらせっかちね。でも、そういう所嫌いじゃないゾ♪」


 そう言って俺の真横に陣取ったトレスマリアが長い耳を積極的に俺の頬にぶつけながら擦り寄って来る。俺はお前のそういうところが嫌いだよ、トレスマリア。


「それにしても心配でちゅね。スクエアお爺ちゃんが出かけてもう半日くらい経つでちゅ。一応ベンガルトが様子を見に行ってくれてまちゅけど……」

 

「そうね……ベンガルトともども勇者に八つ裂きにされていなければいいけど」


 怖い事いうなよ。お前が言うと冗談に聞こえないんだよトレスマリア。


「はっはーー! 心配性だな二人とも。案ずるな、たかがペットを買って帰ってくるだけの簡単なミッションだ。スクエア殿に限って失敗などありえんぞぉ」


 なんだ、キツネにしては随分正論だな。こいつの言う通り大方どの犬にするかで迷って時間が掛かっているんだろうよ。そもそもペットのお披露目会なんてヤギ爺が帰って来てから見たい奴だけ集めてやればいいんだ。わざわざ会議室に『ようこそチワワン』なんてデカデカと横断幕を垂れ下げてケーキまで用意する事ねーだろ。


「しかしタイミングがいいですよね。丁度ドッグフェアを王都サムクエリーでやっているんですから」


 サイ君の発した何気ない一言。俺はその発言に戦慄する。


「サイ君……今何て言った?」


「え? ですから今、王都サムクエリ―でドッグフェアがやっているので犬を飼うには丁度いいタイミングですねと……」


「王都に犬買いに行ったのかよあの爺!」


 俺は思わず机を大きく手で叩きつける。

 完全に魔物であるところのヤギ爺がドッグフェアに釣られて一人で王都に向かったのかよ!? 犬なんて売ってくれる訳ねーだろ。むしろ討ってくれといわんばかりの愚行だろ!


「そこら辺の森に犬なんていくらでもいるだろ!」


「ピクルス君。そうはいっても野犬は危ないわ。病気とかもあるし」


 単身王都に乗り込むほうがよっぽど危ねーだろ!


「お、落ちついてくだちゃいピクルスちゃん。大丈夫でちゅよ、ベンガルトも向かってくれた事でちゅしきっと無事で……」


 バタン!!

 その時勢いよく会議室の扉が開く。粗々しく息を吐きながら会議室に転げ込むように入って来たのは血だらけになった手負いの虎、四獣王ベンガルトだった。


「ベ、ベンガルト!?」


「はぁ……はぁ……ベンガルト、只今戻りました。……すいません、単身王都に潜り込んだものの……スクエア軍師……そのお姿、確認できませんでしたぁぁぁぁ!」


 自責の念と負傷によりその場で膝から崩れ落ちるベンガルト。


「ベンガルトォォォォーーーー!!」


 雄々しく己の使命をまっとうした虎に皆が一斉に駆け寄る。


「立派だったぞベンガルト。お前の分のケーキは残しておくから今はゆっくり休むといいぞぉ……」


 それよりも謝れ! こんなくだらない事で死にかけたベンガルトに全力で謝れ!


「でも本当に危なかったわね。チワワンが加入しなかったら四獣王が一人減る所だったわ。不幸中の幸いというヤツね」


 勝手にチワワンを四獣王候補に入れるな、ベンガルトが不憫すぎるだろ。

 命を賭して職務を全うしたにも関わらずまだ見ぬペットにその地位を剥奪されかけているベンガルトはぐったりと横たわり担架で運ばれて行った。その哀愁漂う姿には流石の俺も胸から込み上げるものがあった。



 バタン!!

 そんなベンガルトを見送った矢先、入れ替わるようにして満面の笑みを浮かべながらヤギ爺が現れる。


「ほほ、待たせたのぉ皆の衆」


「おぉ! スクエア殿、お待ちしておりましたぞ!」


「スクエアお爺ちゃん!」


 主役の登場に皆が一様に沸きヤギ爺を取り囲うようにして近くへと集まる。

 ちっ、呑気なもんだ。お前のせいで重要な戦力を一人失いかけたんだぞ? 分かってんのかこの爺は。

 だが不思議な事にベンガルトと同じく王都に向かったはずのヤギ爺は特に負傷をしているようには見えない。憎らしいほど元気いっぱいのヤギそのものだ。


(途中で無理だと思って引き返して来たのか? ヤギ爺にしては賢明な判断だが……)


「それで、スクエアお爺ちゃん! ペットは買えたでちゅか!? 買えたでちゅか!?」


 目を輝かせながらピョンピョンと飛び跳ねるニュウナイス。しかしヤギ爺はその問いにゆっくり首を左右に振る。


「え……ドッグフェア終わっちゃってたでちゅか……?」


 ヤギ爺の回答に肩を落としたのはニュウナイスだけではない。ビースト軍でペットを飼うという一大イベント? には皆が大なり小なり楽しみにしていたようで、全員が口を閉ざし下を向く。


「そんな……じゃあ、ベンガルトは……ベンガルトは何の為に命を落としたっていうのよ!」


 おい、死んでないぞ。ちょっとベンガルトに厳しすぎやしませんかねトレスマリアさん。


「ほほ、慌てるでないトレスマリア。わしは買えなかったと答えただけじゃ。チワワンならホレ、もうそこにおるわい」


「え!?」


「入って来いチワワンよ」


 ヤギ爺の背後から首輪をつけられた短い手足の犬がトコトコと会議室の中へと入って来る。フォーン&ホワイトの綺麗な毛並み、黒く大きなつぶらな瞳。犬なのに気品に溢れた顔立ちはどこかで見たような気もするがそれは紛う事なきチワワであった。


 ワ――! と一様に沸く面々。各々が手に持ったクラッカーを鳴らし新たな仲間の誕生に小躍りをして喜ぶ。


「でもスクエア様。買えなかったってことはドッグフェアには行かれなかったんですか?」


 チワワン祝福ムードの中、サイ君が素朴な疑問を口にする。確かにそれは俺も気になる、馬鹿なヤギ爺の事だ。何の考えも無しに王都に買い物気分で乗り込んで血祭りにあげられる確率が99%だと思っていたのに一体何故……?


「ほほ、実はのぉ。わし、よくよく考えると人間の通貨を持っておらんかったのじゃ」


 そもそもじゃねーか。


「それで王都の手前までは来たものの途方に暮れておってのぉ、仕方がないから通貨を稼ぐために王都でアルバイトでもしようと考えていた……そんな時じゃった」


『みゃ~』


「……犬の……声がしたのじゃ」


 お前の耳どうなってんだよ!


「声の主をおって辺りを見回しておるとのぉ、段ボールの中に入って愛くるしい表情を見せるこの子に出会ったのじゃ。段ボールには大きく『チワワンです。拾って下さい』と書かれておった……これは運命じゃ、そう思ったのぉ」


「へ~凄い偶然ですねぇ~」


 ……いや、いやいやいや! なんで名前まで完全一致で城外にチワワが捨てられてるんだよ。そんな偶然あり得ねぇだろ。

 

(……まさか!?)


 俺は皆にワシャワシャされているチワワンと名付けられたチワワに近付くとひょいっとそのまま抱きかかえる。


「ピクルスちゃんも犬好きなんでちゅね、良かったでちゅ」


「……まあな」


 俺はそう言いながらチワワンの右前足をギュッとつねる。


「痛っ!」


 チワワンから発せられたのは鳴き声……ではなく痛みを表現する言葉だった。

 ……やっぱりか。


「(何をしているんですかミックスベリー将軍)」


 俺はチワワンことミックスベリー将軍の耳元でひそひそと囁く。


「(うむ、バレてしまったか)」


「(バレてしまったか、じゃないですよ。何をしているんですか、素っ裸で!)」


「(いや、実はスクエアが一人で買い物に行くのは初めてでな。心配でこっそり付いて行っていたのだ。そこでスクエアが困り果てていたのでな、急ぎごしらえでチワワとやらに変装しその場をおさめたという訳だ)」


 チワワとやらって、あんたがチワワそのものなんだけどな。


「(同胞の悲しむ顔は見たくない。それだけの話だ)」


 むしろ今の将軍の姿を知ったら数多くの同胞が悲しむと思んだが……


「(という訳なのでピクルスよ。この事は皆には黙っておいてくれないか。余はほとぼりが冷めるまでチワワンを演じきってみせる。なぁに、その内お小遣いを貯めて本当のチワワンとすり替わるさ)」


 キリリッとしたとてもいい顔でミックスベリー将軍は言い放つ。


「ほほ、ピクルスよ。いつまでもチワワンを独り占めするでない。チワワンは皆の仲間じゃぞ。のうチワワン」


「みゃ~」


 喉を必死にごろごろさせながらヤギ爺に寄って行くチワワンことミックスベリー将軍。


(これが俺の上司か……)

 

 泣き方間違ってます……ミックスベリー将軍……

 お小遣い制の将軍のとち狂った覚悟には涙を流さずにはいられなかった。


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