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最終話:それでも夢は終わらない

――――気がつくと薄暗い海の底にいた……

 

 いや海の底にいるような感覚といった方が正しいのか。何も見えず何も聞こえないその場所で、それでもそう感じたのは自分が波と同化してゆらゆらと揺られているような心地よい気分だったからだ。この空間自体に俺という存在が交じっているような妙な感覚……不思議と恐怖も感じない。ここが死後の世界というものなのだろうか、だとすると悪くない。

 未練がないと言えば嘘になるが、少なくともこっちの世界に来てからの数ヵ月の生き方はそれなりにスリリングで充実した毎日だったと思える……悔いはない。俺は持ち得ぬ体を休めるようにそっとその意識の中で目を閉じる。


『……り……とう……』

「ん?」


 何もない空間に突如ノイズのような音が聞こえる。

 空耳か? でもどこかで聞いたことがあるような……


『ありがとう、私の子たちを守ってくれて』


 今度ははっきりと聞こえた。どこからかは分からないが確かに聞こえた、そしてこの声は……魔王。以前聞いたエセ関西弁の喋り方とは違うがこの特徴的な声を聞き間違えるはずがない。


「私の子たちって、魔物たちの事だよな。別にたまたまそうなっただけだから気にしなくていいよ。それよりあんた魔王だろ? こっちこそ巻き込んじまって悪かったな」


 俺は声の主に答える。だが声が出ているわけではない、意識の中だけで会話をしているようなこれまた妙な感覚だ。恐らく魔王も俺が放った魔力に飲み込まれこの死後の世界にやってきたのだろう。


「それより聞いていいか、魔王ってなんで人間を滅ぼさなかったんだ? ミュゼルワールの話だと圧倒的に優位だったんだろ? なのに急にチェーンソーなんかに閉じこもって何がしたかったんだ?」


 その質問に対して少し間をおいて返答が来る。


『私は元々人の夢を食べて生きるだけのしがない魔物だった。もっとも昔は魔物と言う呼び方は存在せず少し異形の動物といった認識で人々とも仲良くやっていた。私は村を渡り歩いては人々の希望に満ちた楽しい夢を分けてもらって平穏に暮らし、それは幸せな日々だった』


 (バク)……か。

 俺は魔王の名前を思い出す。


『しかし人間は時が経つにつれて同じ種族同士で憎み、争い、殺し合いを始めるようになった。人々からは笑顔が失われ未来への希望は悪夢へと変わっていった。力を持たない私に出来る事はその悪夢を少しでも軽減する事、私は今まで以上に人の夢を……悪夢を食べて食べて食べまわった。しかし人々の悪夢の力は強大で意に反して私の中でどんどん邪悪な力は肥大化していった。そして最後にはその悪夢に私自身が屈し我を忘れて人々を滅ぼす為の魔物を作ったのだ』


 ……なるほど、つまり魔王の力も魔物自体も全ては人間の悪夢から作られてたってわけか。因果応報ここに極まれりだな。


「それで人間を滅ぼす直前で我に返って侵攻をやめたってとこか」

『恥ずかしながらその通りだ。そしてまた制御が効かなくなる事を恐れて私は私自身を封じ込んだ……我が子を置いてな』

「育児放棄はよくないな。お蔭であいつ等、大分頭悪かったぞ」

『面目ない』


 素直に謝って来る魔王。今更真実を知った所でどうする事もできないが、少し胸の中でつっかえていた物がスッキリする。


「まあでもお前の作った魔物たちは人間の邪念の部分が色濃く反映していたようには見えなかったよ。子は親に似るからな」

『気をつかってくれているのか、優しいのだな』

「馬鹿言うな。事実だ」


 あまり話したことがない魔王を悪い奴だと思えなかったのは、あの魔物たちの生みの親が邪悪の権化であるはずがないと、そう考えていたのは本当だからな。

 俺はついでとばかりにもう一つ疑問に思っていた事をぶつける。


「ちなみになんで転生勇者に使われていたんだ? ミュゼルワールは転生勇者を取り込んで魔王は力を取り戻していく、とか言っていたけど」

『ああ、それは少し違うかな。先ほども言った通り私は夢を喰う魔物、食べ物なしでは生きて行くことができない。だがこちらの世界の夢を食べるのはあまりに危険だ、また我を忘れかねない。だからもう一つの世界の夢を拝借していたのだよ、君が元いた世界の夢は例え悪夢でも大した邪念ではないからね』

「ふ~ん。そうなんだ」

『しかし夢を喰う量を間違えるとこちらの世界に引きずりこんでしまうようでね。まあ滅多にないのだが、そうなってしまった時は私自ら元の世界に戻れるようになるまで守っていたのだよ。そしていざ元の世界に戻す手助けをする際には大きな力を使う事になる、私自身の封印の力が弱まってしまうくらいにね』


 魔王が転生者に寄って行ったのはそういう理屈か、ミュゼルワールの考えはむしろ真逆だったわけだ。あれ、でも待てよ?


「俺、寄り添われても、守られてもいないんですど?」

『うーん、実は君はなんで来たのか私にも分からないんだよ。多分現実逃避とかそういう類のものでこの世界に紛れ込んでしまったんじゃないかな?』


 確かに心当たりあるけど俺だけ理由がカッコ悪いな!


『ミュゼルワールというエルフに転移した彼も……本当は大分前に戻れていたんだよ、元の世界に。しかしそれを拒絶した。元の世界でよほど嫌な事でもあったのかもしれないね、彼を救ってあげる事ができなかったのは本当に心残りだよ』

「……気にする事はないさ。自分で選んだ道だろ、大人なんだからな」


 魔王は俺たちの世界の悪夢は大した邪念ではないと言った。

 言われてみればそうかもな。少なくとも俺の悪夢なんて、会社に行きたくないとか、台風で交通機関麻痺して出社できなくなれとか、会社に隕石落ちて来いとか、そんな程度のものだ。この世界の生き死にをかけた状況と比べれば……うん、ほんの少しだけマシだ。


「ま、とは言ってもこれからはこの死後の世界でのんびり暮らすっていう一択しかないんだけどな」


 俺をボソッと一人呟く。


『死後の世界? ここは死後の世界なんかじゃないぞ?』

「へ?」

『ここは私の作った世界と世界を繋ぐ空間。先ほどの魔力に君が飲まれる前にこの空間に放り込んでおいたのだが……もしかして迷惑だったか?』


 なん……だと?


「じゃあ俺、まだ死んでないの?」

『ああ、無論だ。君は私の力でこの世界に来たわけではないが私の力で帰す事はできる。この世界のいざこざに巻き込んでしまったせめてもの償いだ。是非元の世界に帰す手伝いをさせてくれ』


 突然の魔王の申し出に動揺する俺。

 え、マジで帰れるの? 月・水・木の週刊誌の立ち読み、週に一度の贅沢かまぼこ弁当、安息の微笑みを与えてくれる女性店員のアンナさん(仮名)、その全てが集約されたコンビニがあるあの世界へ……帰れる? いや、待て待て駄目だ! そもそも俺が嫌だったのは会社があるあの世界であって……っ!!

 そんな自問自答をしている最中一つの考えが去来する。


 もしかして…………会 社 辞 め れ ば い い ん じ ゃ ね ?

 

 その天才的な閃き。これが軍師をやっていた効果だというのか!? コロンブスの卵的な発想に震えが止まらない。


『ど、どうしたのだ?』

「いや、ちょっと自分の才能に鳥肌がね……うん、よし! では魔王、帰り道の案内お願いします!」

『そうか、本当に世話になったな。特にビースト軍の面々の事はありがとう』


 ピクッ……

 何気なしに放たれた魔王の台詞に、浮かれていた気持ちが吹き飛ぶ。そして頭の中で思い出されるのは短くも印象深いこの世界での冒険の数々とあいつ等の顔。


『では行くぞ』

「あ、ちょ……ちょっと……ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」



****************************************



「それでは会議を始めます。本日の議題は目前まで迫って来ている勇者アイワズの進攻阻止の件と、秋の収穫祭についてです」


 いつもと同じ会議室、いつもと同じ長テーブルを囲って今日も恒例の会議が行われる。参加者はミックスベリー将軍、スクエア様、キュービック様、そして司会進行を任された私サイードの四名……そう四名、私の隣は今日も空席だ。

 ピクルス様がいなくなって早数ヵ月……時を同じくして魔王城に書置きを残し行方が分からなくなった魔王様と一緒にピクニックに出かけたとか、夕日を見に行ったとか、迷子になっているとか、色々な噂が飛び交ったがイーシオカ大陸で別れたあの日から、元気なツッコミが聞こえて来る事はない。


「サイードどうしたのだ?」

「いえ、すいません」


 あぁ、いけない。ミックスベリー将軍に気をつかわせてしまった。ピクルス様がいない今、私がしっかりしなくてはいけないのに。

 そんな私を見かねたのかスクエア様が声を掛けてくる。


「ほほ、気持ちは分かるぞ……ウンコじゃな? 我慢せんでええ、行ってスッキリして来い」

「えっ? あ、その……大丈夫です」

「はははー! あまり無理をするなよサイードぉ! 限界が来たらそっと席を離れても見て見ぬふりをするから安心するといいぞぉ。しかしお前もまだまだ青いな、私くらいになるといついかなる時も非常事態に備えて万全を期しているのだ!」


 そう言ってキュービック様は白い歯を見せる。


「ほほ、キュービックよ。まさかお主もか?」

「当然ですスクエア殿」


 二人は互いに顔を見合わせながらニヤリと笑う。そしてその場でズボンを下ろすと、白いオムツがこんちにちはと顔を出す。

 流石はビースト軍の誇る軍師……私とは危機管理能力が違う。


 ガタッ……!

 ん? 会議室の扉の方で何やら音がしたような……いや、きっと気のせいだな。会議中はお静かにって張り紙もしてあるし、会議の邪魔になる物音を立てる魔物がいるはずがない。

 私は気を取り直して会議を進める。


「それではまず勇者アイワズの進攻阻止についてですが何か策があればお願いします」

「そうだな、勇者アイワズは強敵。何かいい策はないか二人とも」

「それについては妙案がございますじゃ」


 スクエア様がゆっくりと手を挙げる。


「ふむ、聞かせてくれスクエア」

「その名も『立ってるものは勇者でも使え大作戦』。これから始まる秋の収穫祭、しかし今年は例年よりも収穫祭に投入できる人員が少ない。これはまさに大ピンチ、そこで攻めて来た勇者に収穫祭を手伝って貰う……まさに一石二鳥の作戦というわけですじゃ」


 ざわ……

 歳を感じさせないその閃きに会議室が揺れる。凄い策だ、でも一つ気になる事が……


「しかし勇者が我々の収穫祭を手伝ってくれるのでしょうか?」

「ほほ、それなら心配いらんぞ。わしの調べた情報によると勇者アイワズの好物はトマト。手伝わない理由がまるでないのじゃ!」

「ふむ、なるほどな。しかし万が一お腹が空いていないというケースも考えておく必要があるのではないか?」


 ミックスベリー将軍から鋭い指摘が入る。確かにそうだ、お腹を満たした勇者が収穫祭を手伝ってくれる可能性は良くて五分五分といったところ。懐に飛び込ませるには危険な賭けだ。


「はははー! いい線をいっていましたが惜しかったですなスクエア殿」

「ほ? なんじゃキュービック。まさか今のわしの策以上のものがあるとでも言うのかのぉ?」


 その場に立ち上がって咳払いをするキュービック様。その顔からは己の策に対する絶対的な自信が伝わってくる。


「ミックスベリー将軍、確実性を取るのであれば是非私のオペレーション『一人時間差』を! そもそも秋の収穫期間中の収穫量には限度がございます。そこで秋という定義を今年に限り春まで延長するのです! その効果によって秋の収穫祭での成果を過去最高のものにする事ができるというまさに鉄壁の策! いかがですかな?」


 目から鱗だ、やはりキュービック様も凄い。常識にとらわれない柔軟な発想力。声の大きさは確固たる信念の表れ、四年連続抱かれたい軍師ナンバー1(キュービック軍師調べ)に輝いたのも納得がいく。


 ガタガタッ……!!

 ん? まただ、また会議室の扉の方で物音が……しかもさっきより大きな音だったぞ?


「ふむ、なるほど。しかし今年は冬がない事になるがそれは良いのか?」


 またもやミックスベリー将軍の鋭い指摘が入る。その言葉にキュービック様は身振り手振りで必死に説明をする。


「ふ、ふ、冬は寒いから、別になくても誰も困らないと思いますぞぉ! 四年に一度あるくらいで丁度いいのではないですか? なぁサイード!」

「あ、え? 私は冬、結構好きですが……」

「なんだとぉぉ!」


 困った、こちらに話の矛先が向いてしまった。でも冬は好きなんです、すいませんキュービック様。


「やめないかキュービック、今はもっと大事な話があるだろう」

「う……すいません、そうですな。では今年は量より質を重視して収穫を行うというのはいかがでしょうか。私のオペレーション『毒沼』で土壌を汚染。そして毒に耐え抜いた力強い土地に実る野菜や果実は格別な味になる、という作戦ですぞぉ!」

「ほほ、早々に収穫量を諦めてしまうとはまだまだ甘いのぉ。ミックスベリー将軍、ここは呪術軍の力を借りるのも一興かもしれませぬぞ。収穫が間に合わなかった土地を魔法で爆破し掘り起こす……これなら手間いらずで大量の野菜が収穫可能ですじゃ」

「何を仰るかぁスクエア殿ぉ! それでは大地が……土地があまりにも可哀想ではありませんかぁぁ!! 悪魔に魂でも売ったのですか!?」

「食物連鎖……というヤツじゃ。キュービックよ、お主はピュアすぎる。今一番大事なのはなんじゃ? 言うてみい?」

「……収穫祭です」

「そうじゃろう、時と場合を考えて最善を尽くす。それが軍師のあるべき姿じゃ」

「二人ともその辺にしないか、今は言い争っている時間も惜しい。それで収穫祭の事だが……」


 バァァァァン!

 その時、勢いよく会議室の扉が開く。


「お前らいい加減にしろおぉぉぉ! 秋の収穫祭の話ばっかりじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」


 もう我慢できない、そんな感情が入っているような怒号が会議室に響く。突然の事に会議室にいた全員が一瞬硬直する、しかしその聞き慣れたツッコミは妙に懐かしく感じた。


「あ……ピク……」


 急な事で言葉が出てこない、夢でも幻でもない。そこには確かに私のよく知る、寝坊助で、面倒くさがりで、でも頑張り屋さんの軍師様が立っていた。


「貴様ぁぁぁ! どこまで缶を拾いに行っていたのだぁ! 見つからなくて半べそかいたこちらの身にもなってみろぉぉぉ!!」

「心臓に悪いからノックくらいはして欲しいのぉ。それにまず言う事があるじゃろ?」


 スクエア様の言葉に、そのあわてんぼうの軍師様は少し恥ずかしそうに目線をそらす。


「よく、帰って来たな。待っていたぞ」


 ミックスベリー将軍も穏やかな表情で語りかける。

 そうだ、私も何を差しおいても一番最初に言わなくてはいけない事がある。それは……


「おかえりなさい」


「……た、ただいま」


 ちょっと照れくさそうに頬を指でかきながら答える。


「いや、じゃねーよ! 勇者が攻めて来てるんだろ、とっとと作戦立てるぞ!」


 照れ隠しをするように少し大きな声を出し、いつもの席にドカッと座る。その様子を見ていたキュービック様が文句を言って、スクエア様はのほほんと笑い、ミックスベリー将軍がたしなめる……いつもの見慣れた光景。私は隣で泣きそうな、笑いそうな、どうしようもない感情に包まれる。

 長い首と胴体、そしてちょっと短い手足、真っ黒な眼球と横に長く伸びた可愛らしい髭を携えた、ビースト軍の誇る天才軍師の名は――――



―――――――― 天才軍師はフェレットでも構わない fin ――――――――




これでフェレットの話はおしまいです。

本作は初めて感想を貰えたり、ネット上でアドバイスを頂いたり、日間に載せてもらったりと作者にとっても印象深い作品となりました。特に感想については月並みですが本当に嬉しく話を続ける活力でした。本当にありがとうございました。またここまで話にお付き合いしてくださった方もありがとうございます。

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