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117話:最後の力

「それも知っているぞ。エルグランディスの失敗作、例の異能者の一人だな。確か加速能力だったと記憶しているが」


 人差し指で描かれた光る小窓を眺めながらミュゼルワールは呆れた表情を見せる。


「それが最後の足掻きなのかな? だとするといささか拍子抜けだ。それが私に通用するとでも思っているのか?」

「思ってるよ、寧ろここからが本番だ」

「そうか……悪いのだな、頭が。だが安心しろ、馬鹿な君を軍師として頼る大馬鹿な魔物たちもすぐに同じ場所に送ってやろう」


 そう言いながらゆっくりと俺に右手を向け、魔力の斬撃を放つ構えを見せる。


「……なあミュゼルワール、お前はこの世界に関して俺よりも大先輩だよな。今まで一度も魔物たちと共存して生きようとか思った事ないのか?」

「はは、馬鹿ではなく狂っているのか? あるわけがないだろう。目的達成の駒としてさえ不出来な生き物だ。それは君も同じように感じていたはずだと思っていたのだがな」


 その通りだ、認めたくないがこいつは俺とよく似ている。馬鹿な魔物を見下して、利用し、切り捨てて来た。


「……コックリたちはお前を信じてたぜ」

「そうか、鬱陶しいエルフだな。変に勘が働くのも邪魔だと思っていたのだ、明日にでも殺しておこう」


 そう呟くミュゼルワールの姿が、自分のもう一つの生き方の可能性を見ているようで少し切なくなった。結局、俺とこいつを分けたものは魔物たちと触れる機会の多寡でしかない。必要に迫られて生き死にの現場を共有して来た俺と、魔王の軍師という立場を確立し高みの見物を決め込んだミュゼルワール。


(性格悪いから友達にはなれなかっただろうな。でも、ここはそんなに捻くれる事ができる程甘い世界じゃないぜ)


「なんたって俺がこうやってお前と戦おうと思ってしまうくらいだからな! 加速乃窓(ペールギュント)!」


 俺はミュゼルワールの方向とは別に素早く右手で上空に向けてもう一つ小窓を描く、そして地面に落ちていた小石を数個拾い上げると加速乃窓(ペールギュント)の小窓を通して上空へと投げ込む。

 流星が地上から飛び出したかの如く凄まじい速度で加速した小石の群は、上空に浮かんでいた瞬間帰還(サトガ・エリ)の刻印を捉え貫く。


「今更なにを……」


 怪訝な表情を浮かべるミュゼルワールの言葉が終わらぬ内に今度は前方に描いた小窓へ俺自身が飛び込む。


 ギューン!!

 両手でガードの姿勢を取りながら超加速し頭から相手の元へと突っ込む。しかしその超スピードもあっさり見切ったミュゼルワールは俺の背中を跳び箱に見立てて片手でトンッと躱す。


「玉砕覚悟にしては思い切りが足りなかったな、私を貫くくらいの勢いで加速してくるかと思っていたぞ。最後まで中途半端な男だったな君は」


 俺の少し頭上から最後の罵倒とばかりに声を掛けてくる。


「終わりだピクルス軍師」


 恐らくほんの数秒後にはこの至近距離で先ほどの斬撃が俺をこれでもかというくらい切り刻むのだろう。だが……


 ガシッ!

 俺は空中で振り向きざまにミュゼルワールの黒衣を右手で掴み、そのまま地面へと左肩を擦りつけながら着地する。


「そりゃそうだろうな。単に近づきたくて使っただけだし」

「なんだ、こちらで殺される方が好みだったのか」


 掴まれた事を意に介する様子もなく、期せずして絶好のマウントポジションとなったミュゼルワールは太陽を背に手に持った魔王(チェーンソー)を振りかぶる。


「あぁ、言い忘れてた。さっきの青い光はポシェットの強制交友(フレンド)だよ、進化してるけどな。ポシェットを介して手を繋いだ者同士の能力を共有する力……正解だよ、おめでとう」

「そうか、それは良かった」


 そう言って魔王(チェーンソー)の切っ先を俺の顔面へと向けるミュゼルワール。


「……ちなみにポシェットと両手で握手するとどうなると思う? 正解はポシェットの能力が共有される、だ。新強制交友(ニューフレンド)in新強制交友(ニューフレンド)ってとこかな」

「何を言っている……」


 俺は腹部付近の黒衣を握った右手に力を込める。すると眩いばかりの光が右手に集約されて行く。


「こ、これは! まさか魔王の!?」


 驚愕するミュゼルワールは何かに気付き必死の形相で俺に魔王(チェーンソー)を振り下ろす。


「貴様ぁぁぁぁ!!」

「じゃあな、ミュゼルワール」


 ピュン……

 至近距離から放たれた閃光がミュゼルワールを貫く。

 俺の右拳から発射された一筋の光は星を落とす勢いで天を切り裂き昼間の空を更に明るく輝かせた。


「はぁ、はぁ……」


 バクバクと心臓の音が聞こえる。右手の中に残ったのは掴んでいたミュゼルワールの黒衣の残骸。今度こそ本当に手ごたえあり、だ。


 賭けには勝っていた。

 チェーンソーである魔王に握る手なんてあるのか……それだけが懸念点だったが、取っ手部分を掌と認識し新強制交友(ニューフレンド)はしっかりとその能力を共有してくれていた。

 最初から決め手は魔王のレーザー砲しかないと思っていたが、一撃目は相手の対策を確認するためのいわば捨て石。奴が撃ってくると思っていない二撃目こそが完全に予想の外から来る不意の攻撃。ミュゼルワールの隙をつくには……勝つにはこれしかなかった。


「後は、無事に帰って大団円だな……」


 そのまま両手を広げて仰向けになる。

 ミュゼルワールに嵌められて死まで覚悟した今回の一件だったが、結果として感謝すらしている。仲間の大切さに気づく事もできたし、蓋をしていた自分の限界さえ超える事ができた。もし以前のままの俺だったらミュゼルワールと同じ道を歩んでいただろう。


「サンキュー……先輩」


 嫌みではなくそう思った。空に向けて呟いた後、痛む体をおさえてむくりと起き上がる。

 さて、終わったな……いや、今から始まるのか。魔王も魔王の軍師もいなくなったわけだからな。どう説明しようか……レモンバーム将軍の逆鱗に触れて殺されるとかは勘弁だしなぁ。

 そんな事を考えながら晴れた青空を見上げる。


(まあ、なんとかなるか。さて、これから忙しくなるぞ。勇者たちとの戦いは続くわけだからな、あいつ等にもきちんと戦略というものを叩きこんでやらないと……)


 ブシュゥ……!

 立ち上がった俺の左半身から燃えるような熱を感じる。


(熱っ……なんだ?)


 俺は不可解な熱が気になり左に目をやる。

 そこには勢いよくふき出した血と、見覚えのある腕が地面に転がっていた。


 え……なにこれ? 俺の……腕?

 それが俺の左腕である事を認識したタイミングで凄まじい激痛に襲われる。


「ぐあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 気が狂いそうな痛みに頭を地面に擦りつけながらのたうち回る。俺は必死で二の腕部分を掴んで血の流れを止める。


「ぐぅぅぅ……なんで、なんだこれ……」


 ジャリ……

 太陽と俺を遮断するように黒い影が目の前を覆う。そしてその影の主はもがき苦しむ俺の腹を蹴り上げる。


「ぐふぅ……」


 俺はそのまま宙を舞い地面に叩きつけられる。その時チラリと目に映った人物に愕然とする。


「……ぐ、ミュゼル……ワール」


 そこにはボロボロの黒衣を纏ったミュゼルワールが確かに立っていた。


「恐れ入ったよピクルス軍師、本当に死ぬかと思った。今ほどこの伝説級の黒衣を装備しておいて良かったと思った事はないよ」


 自動防御……魔王の一撃にも有効だったって事か……だが特筆すべきは一度きりとはいえその攻撃を凌ぎ切った防御力。


「もうこれ程の防具を手に入れる事はできないだろうからね、残念だ」

「……しつけぇよ、お前」


 俺は霞んだ目でミュゼルワールを見る。


「しつこいのは貴様だフェレット。八つ裂きにしてやる」


 今まで見せたことのない怒りの表情を隠そうともせず、強い口調で言葉を放ったミュゼルワールは右手で地面を触る。そして何かの呪文を詠唱すると原っぱに巨大な魔方陣が浮かび上がる。


「こ……れは」

「そう、琺魔水晶で作ったしもべを呼び出す魔方陣だ。魔王城から地上に召喚する時の為に各所に用意していると言っておいたはずだが?」


 浮かび上がった魔方陣から次々と現れる生気を持たない魔物。その数は千……二千……万……原っぱを埋め尽くすミュゼルワールの人形たち。


「これはまた……用心深い事で……石橋も叩きすぎると壊れるぞ」


 激痛に耐えて精一杯強がる。


「もう貴様を過小評価はしない、私はここから四肢をもがれて死に行く様を見届ける事にするよ」


 凶悪な牙と爪を携えた魔物がミュゼルワールの指示のもと、こちらへと近づいて来る。意識を失わない事で精一杯の俺がこんな量の魔物を相手に戦う術は……ない。


(悪ぃな皆……帰るって約束も、生きるって約束も守れそうもない。でも、代わりにカッコつけてお前らの世界を守ってやるから……それで勘弁してくれよ)


 俺は最後の力を振り絞り九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を抜く。


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