116話:超ピクルス
――――ポシェットの強制交友。本来は手を握った相手を強制的にその支配下に置いてしまう驚異の異能。しかしロンズデードラゴン戦の時に見せた強制交友は自らを媒体とし手を繋ぎ合った者に能力を共有させる力となっていた。ロンズデードラゴンとの戦いではニュウナイスと左手で手を繋ぎ、右手に持った剣へと等価硬化の能力を共有させ勝利の決め手となった。さしずめ新強制交友とでも言うべきか。
もしかしたら以前のような強制支配の強制交友をポシェットは使う事ができないのかもしれない。仮に使い分けができるとしてもポシェットたちから自由に生きる権利を奪った強制交友の使用をプラムジャム将軍は許さないだろう。しかしこの新強制交友は別だ。実際、新強制交友の力を借りたいという俺の願いに関してはポシェットたちも含めて快く承諾してくれた。
そして何も持ちえなかった俺はミュゼルワールと一人で戦う力と一人で戦う理由を手に入れた。だがこの新強制交友も万能ではない。あくまで借り物として共有されているだけのこの能力の発動は一つの交友につき一度きり。つまり解除してしまうと二度目の発動はないのだ。使い所を間違ってはいけない、それが致命傷になるのは確実なのだから――――
ヤギ爺の脳活性化。本人曰く脳の働きを百倍にする事ができるという超越技能を発動させる。頭の中でシュワシュワと炭酸が沸き立つような妙な感じがする。その後、脳みそを鷲掴みされ圧縮されるような激しい頭痛に襲われたが少しするとその痛みも治まる。そして視野が広がり世界が見通せるような感覚へと移行する。
(おいおい、結構スゲーな)
百倍かどうかは定かではないが超スッキリした頭に視覚、聴覚、触覚から様々な情報が取り込まれる。
(魔王の使い方は……よし、行ける!)
瞬時にその使い方を判断した俺は改めて魔王の切っ先をミュゼルワールに向けて魔王を起動させる。羽根質量を発動させてからここまでの所要時間は約5秒。宙で浮いたままの状態のミュゼルワールは体勢が整っていない。
俺は右目で攻撃対象を捉えたまま叫ぶ。
「吹っ飛べ! ミュゼルワール!!」
「!!」
驚きの表情を見せるミュゼルワールに魔王から裁きの一撃が下される。
ピュン……
山中の原っぱに一筋の閃光が横切る。
ドドドドゴォォォォォォン!!
壮絶な音を立てて世界を滅ぼす巨神兵のレーザーの如き一撃は原っぱの反面を根こそぎ抉り取る。生ある者を全て根絶せしめるその一撃は魔王の軍師と名乗った者を巻き込んで大爆発を起こす。
凄まじい量の土煙の中でミュゼルワールを目視できなくなった俺はそっと左目を開く。
「……やったか?」
つい自ら逆襲のフラグを立てる発言をしてしまう。しかしそう呟かずにはいられない程の手ごたえがあった。
ズキィ……! ミュゼルワールの生死を確認しようと土煙を払う俺の頭が割れるような痛みに襲われる。
(っ痛! 脳活性化のせいか)
脳活性とは今まで使っていなかった脳を酷使するという事でもある。めまいと吐き気、そして鼻血もポタポタと地面に落ちる。
俺は痛みに耐えかねて脳活性化を解除する。
(……ふぅ、痛みは残るけど解除すれば多少はマシか。このまま使い続けたら死んでたかもな)
しかしこれで羽根質量に続いて脳活性化も解除したことになる。できれば先手必勝のこの一撃で決まっていて欲しい所だ。
山の頂上を覆うほどの土煙がやっと晴れてくる。俺は警戒態勢を怠らないまま周囲に気を配る。……視界の開けて来た山頂の原っぱを慎重に見渡すがミュゼルワールの姿はない。
今ので消し飛んでくれたのか? 安堵しかけたその時、頭上から凄まじいプレッシャーを感じる。
「……! 上!?」
キィィィン!
肩口を切り裂こうとした魔力の斬撃を咄嗟に防御した俺だったが、その衝撃によって魔王が手元から飛ばされる。
「ほう、いい反応だ。だがまだまだ……」
上空にはミュゼルワール、その姿は先ほどと少しも変わりはない。
馬鹿な! 無傷だと!?
ミュゼルワールの詠唱によって無数に降り注ぐ鎌のような黒い魔力の斬撃。俺は腰から九蓮宝刀を抜いて必死に防御する。
「あぁ、そう言えばその剣は魔力を吸収するという白銀色の鉱物製だったね。でもこの数が防ぎきれるのかな?」
奴の言う通り九蓮宝刀が魔力の吸収性能を発揮するにはある程度近づける必要がある。決して結界のように周囲全体を守ってくれるような代物ではない。その為、質より量の手数で来られるのが一番相性が悪い……こいつ、それも分かっていてこの類の攻撃を……
「くそおぉぉぉぉ!!」
あまりの攻撃量に全ての回避を諦めた俺は剣を縦に構えてできるだけ小さくなる。斬撃が当たる面積を最小限に留めて斬撃の雨が止むのをひたすら待つ。
……数時間にも感じた地獄のようなミュゼルワールの猛攻。その嵐は魔力の消耗を嫌ったのか、もう十分だと思ったのか、とにかく終わってくれた。
両手両足に無数の切り傷が刻まれたがなんとか即死は免れた。傷は浅くはないが動けない程ではない、しかし放っておいたら出血多量での死も十分あり得る。
(……ちっ、残されてる時間もあまりないって事か。どちらにしても長期戦にする気はなかったが)
俺は九蓮宝刀に身を隠したまま上空を見上げる。しかしそこにミュゼルワールの姿はなかった。
一体どこへ……
「先程見せた忌々しい青い光、見覚えがあるぞ……」
後方から聞こえた声に反応してすぐさま反転し剣を構える。そこには魔王を自らの手元へと回収したミュゼルワールが興味深そうにこちらを眺めていた。
「……あの一撃をくらって無傷とか……どんな手品だよ」
まったくダメージを負っていないミュゼルワール。いくらなんでもそれはあり得ない。やはり想定していたように対転生勇者対策、いや対魔王対策として何かある。
ミュゼルワールは勝ち誇った笑みを浮かべて口を開く。
「なぁに、簡単な事さ。当たらなかったんだよ」
当たらなかった? そう言えばこいつ、さっきいつの間にか空に……まさか!
俺は一つの結論に至り上空を見渡す。空には太陽と白い雲、そして明らかに異物である布のような物体が上空で静止しており、その布には見覚えのある刻印が描かれていた。
「瞬間帰還の刻印……」
マーキングした場所への高速移動を可能とする魔法。町や村などに帰還する時に使うのが通例だが……そういう事か。
「ほう、凄いじゃないか。よく気付いたな」
当然だ、マギナギ大陸ではウィズィが瞬間帰還を同じように回避として使用していたからな。
「そんなに大した使い方じゃねぇよ。この世界で三本の指に入る馬鹿が同じような使い方してたぞ」
俺の挑発に一瞬ピクリと眉を動かすミュゼルワール。しかしすぐに余裕の表情を取り戻し語りかけてくる。
「便利な使い方だろう。魔力で一枚布を衛星のように飛ばしておくだけで保険ができるんだ。もっとも考え付いても実行出来る者は多くはないがな」
そう、その使い方よりも意外だったのはこいつが瞬間帰還を使えるという事。元来この魔法は人間しか使えない、そう記録されていたはず。魔王軍側ではイレギュラーで半分人間の血を引くウィズィだけが使用可能……いや、待てよ。そう言えばこの前強襲された時にレモンバーム将軍も利用していたな、呪術軍の長だから当たり前かと気にも留めていなかったが……
(なるほど、情報統制か。勇者観測記の著者はこいつだもんな。自分に不利になるような記録は残すはずがない、か)
敵ながらその徹底ぶりには舌を巻く、九割以上が真実の記録に所々巧妙に虚偽を混ぜられていたのではお手上げだ。勇者観測記は魔物に配布するには難度が高い書物だと思っていたが勇者側に情報が漏れる事も見越して作られていたって事か。
「それより先ほどの青い光、強制交友だな?」
一呼吸置き、核心をついて来るミュゼルワール。ずばり言い当てられた俺は少し言葉に詰まる。
「ふふ……別に隠す必要もないだろう。私が知っている強制交友とは違うが、あの光を見間違うはずがない。私にとっても因縁深い光と言えるからね、それに先ほどの私の自由を奪った能力、あれも確か出来そこないの勇者もどきの能力だったと記憶しているが」
エルグランディス計画の発案者であるミュゼルワール。本人は否定していたがやはり計画失敗の認識はあるのだろう、あの青い光だけで強制交友だと看破し巫女姫の能力も正確に把握している。自分が作りたくても作れなかった異能者、自らの失敗を証明する生き証人。ポシェットたちはこいつにとってそんな存在なのだから。
「そう言えばメカチックシティでの一件は君が噛んでいたのだったね、その時にあの娘たちと繋がりでも持っていたのかな?」
そこまで話した所でミュゼルワールは口に手をやり少し考える。
「強制交友本来の力の亜種といった所か……あぁ、なるほどなるほど、これで君が私の居場所を感知できたのにも合点がいった。ビースト軍の犬将軍の能力だな」
「……なんだ、やっぱり少しは頭いいんだなお前。でも俺が追って来たのはお前じゃないぜ。たまたま魔王のTシャツを手に入れる機会があったんでな」
ミュゼルワールの察した通り、ミックスベリー将軍の抜群嗅覚を魔王城近くで発動させ魔王の匂いを追ってここに来た。魔王を手に入れミュゼルワールと対峙する機会はこのタイミングしかなかったからな。しかしここまで的確に看破されるとは……魔王の軍師を名乗るだけあって大した推察力だ。
「正直驚いたよ、私が知り得ない情報を使った中々いい策だ。もしかして他にも別の者の能力が使えたりするのかな? 君の所には確か硬化する雀や聴力の高いウサギ、それに目立ちたがりの虎もいたかな。それも使えるのかい?」
飄々としながらもミュゼルワールは俺の反応を伺っている。他に能力がないかを警戒しているといった所か。
「はは、ビビってんじゃねーよ。そんなに俺が怖いのか?」
「……調子に乗るな、魔王はこちらの手中。そして策は見破られた。君にできるのは鼻水を垂らしながら命乞いをする事くらいだ」
「冗談だろ、死んでも御免だ」
「ではご所望通りに……」
距離を取ったまま詠唱を始めるミュゼルワール。先ほどの斬撃の嵐なら今度は多分俺が死ぬまでその攻撃をやめる事はないだろう。
緊張でふき出した汗が傷口にしみる。
(大丈夫……こいつが今油断している事も含めて俺はもう賭けには勝っている)
俺はミュゼルワールに人差し指を向け、前方に四角く光る小窓を描く。