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115話:フェレットの夢

 以前の戦争の際、魔王には最低4つの能力が確認できていた。相手の動きを止める力、自由に空を舞う力、鞭のようにしなって攻撃する力、そしてどんな魔法よりも強力なレーザー砲のような一撃を放つ力…… 

 恐らくその力を同時に使用する事はできない。もしそんな事が可能なら戦争の時に魔王の宿主だったバッサイザ―がその使い方をしないのは不自然だからな。


 それ以外にも何か能力があるのかもしれないがそれを探る余裕も理由もない。ミュゼルワールが纏う黒い衣、俺が前に奴の首を落とそうとした時に自動的に防御した超高性能な防具……これがある限り接近戦での勝ち目はない。つまり俺が魔王の能力で選択するべきは最大火力のレーザー砲一択。

 しかしこのレーザー砲も先の戦いから使用制限がある事が分かっている。戦争開幕時に一発放ったきり撃って来なかった事を考えるとこの戦闘で撃てるのは一発のみ……


 ミュゼルワールは俺との間合いを詰めようとはしない。警戒しているのはやはり例のレーザー砲だろう……奴も俺がこの一撃に賭けていると分かっているはず。


(……でも……それがバレているからこそ勝機がある)


 俺は魔王(チェーンソー)の取っ手部分を握りしめて刃先をミュゼルワールに向け構える。


(バッサイザ―は刃先からあのレーザー砲を出してたよな……これで威嚇くらいにはなるはず。正直使い方分かんねーし!)


 俺は魔王の使い方が分かっていない事を気取られないようにする為、ミュゼルワールに向けて最大限余裕ぶった表情を見せる。


「ふふ……」


 口に手をやり馬鹿にしたように笑うミュゼルワール。


「何がおかしい」


 相変わらず人を小馬鹿にしたような感じの悪い笑い方についムッとなる。


「いや失敬。持ち方……間違っているよ、ピクルス軍師」


 えっ! マジで!? 

 確かに今までチェーンソーなんて持った事ないけど持ち方なんてあるんだ!? その指摘に俺はつい自分の手元を確認する。そしてミュゼルワールから一瞬目を切ったその瞬間……


「戦闘中によそ見は良くないな」


 憎らしい顔が眼前まで迫る。あっという間に俺との間合いを詰めて来たミュゼルワールは黒いナイフを懐から抜き出して俺の首元を狙う。


「ぐっ!」


 ギィィィン!

 原っぱに金属がぶつかる音が響く。間一髪魔王(チェーンソー)で防御した俺だったがその勢いに押されて数メートル後方に吹っ飛ばされる。


(くそっ! やばい! 奴から目を離すな!)


 勢いよく吹き飛ばされながらもナイフを振り切ったミュゼワールの姿を見失わないように必死で目で追う。一度でも見失ったら終わり……それだけの力の差を感じるには十分な一撃だった。


「っ痛!」


 相手に目線と切っ先を向けたまま飛ばされた為、ろくな着地体勢も取れないまま地面をガリガリと削り尻から着地する。


「くっ……そ」


 ヒュン……

 息つく暇なく黒い風が俺の横を通り抜ける。ミュゼルワールの左手から放たれた魔力の斬撃は頬をかすめて俺の後方にある木々を一刀両断になぎ倒していた。

 マジかよ……目を離したつもりはなかった。つまり溜め無しでも俺を殺すのに十分な魔力の斬撃を撃てるって事か。


「見通しが甘いんじゃないかピクルス軍師? 瞬きをする暇さえ君にはないよ」


 ミュゼルワールは余裕の笑みを見せ、文字通り俺を見下しながら話す。


「私が魔王城で君を殺さなかったのを落ち度だと言ったな」

「……それがどうした、事実だろう」


 落ちつけ、今の一撃で致命傷にならなかったのは運が良かった……話を引き延ばして体勢を整えるんだ……


「……この世界は退屈だ、娯楽というものが実に少ない。そんな私の唯一とも言える楽しみはなんだと思う」

「知るかよ、お前の趣味なんて。人形を大量生成して王様気分にでも浸る事か?」


 こちらを冷たい目で見るミュゼルワール。その声は今まで以上に深く暗くなる。


「何も知らない転生者が絶望の中で死んでいく様を見る事だよ」


 ゾク……

 狂気に満ちたその表情につい後ずさりする。しかし俺も負けじと睨み返しながら言い返す。


「なんだ、随分陳腐な答えだな。三流の悪役が言いそうな台詞でお前にはピッタリだけどな」

「ふふ、尻込みしながら虚勢を張るなよ。君は私の暇つぶしの一つだったというだけの話だ」


 雄弁と語るミュゼルワール。


「早い段階で君が転生者だと分かっていたが、魔物に転生した者は初めてだったからね。貴重なサンプルとして泳がせていたのが勘違いを増長させてしまったかな?」


 俺は話を聞きながらゆっくりと立ち上がる。せいぜい大物ぶってろ、こっちはしっかり体勢が整ったぞ。


「しかし随分とその行動が目につくようになった。私の計画に支障をきたす可能性がある程に、だから死んでもらう事にしたんだよ。勇者たちと同じようにね」

「だったらなおの事、俺をさっさと殺しておくべきだったな。こんな事になる前によ」

「こんな事? 勘違いしてもらっては困る。今言ったように君は私の暇つぶしの道具の一つ、玩具の仕事は人を楽しませる事だろう? 滑稽な死に方を選ばれる義務があるのだよ、君には。最初は転生勇者とぶつけて殺し合いでもさせようかと思ったが気が変わってね……どうやらこのフェレットの軍師は魔物たちと懇意にしているようだ……そう思ったんだよ」


 不気味な笑いを浮かべるミュゼルワール。


「……なるほどな、だから俺に反逆の罪を負わせて魔物たちに狙わせたって訳か」

「反逆の罪を負わせてとは人聞きが悪いな。事実だろう? 私は魔物たちに真実を伝えただけだよ」


 確かにその通りだ。実際に魔物たちを騙して自分の住みよい世界を作る為の道具にしてきた。俺がやってきた事はこいつと何も変わらない。だが……


「そうだな、感謝しているよミュゼルワール。お前のお蔭で大切な事を思い出した気がする」


 俺は清々しい顔で言い放つ。その表情に気分を害したのかミュゼルワールが小さく舌打ちを打つ。


「……まあいい。つまりはお前の死に方など私の心一つ。いつでも始末できたという事だ、それを落ち度などと……馬鹿らしい」


 予想以上に落ち度という言葉が気に食わなかったらしい。プライドの高いこいつは全てが自分の掌の上の出来事であったと思われないと気が済まないのだろう。

 話を終えて一歩前に出るミュゼルワールを抑止するように、俺は戦闘態勢を維持したまま言葉を投げかける。


「一つ、聞きたい。お前は魔王の力を手に入れてどうするつもりだ? すでに魔王軍を掌握できる地位と力があるんじゃないのか? 最強の力を追う求道者って柄でもないだろうに」


 俺の質問にミュゼルワールは少しだけ目線を落とす。


「本当の意味でこの世界を掌握する力がいるからさ」

「……言っている意味が分からないな」

「いや、君も少しは分かるはずだ、他人に足を引っ張られる事の理不尽さが。一応馬鹿な魔物の軍師を気取っていたんだろう?」


 その言葉を聞いて少しだけこの世界に来てからの事を思い返す。

 キツネに足を引っ張られた事や、ヤギに足を引っ張られた事や、キツネに足を引っ張られた事や、ヤギに足を……うーん……

 足を引っ張られる事だって悪くはない……なんて事はないな。うん、それはない。


「魔王の本来の力……人の夢さえも喰らう真の化け物。夢も希望も絶望も、魔王の力の前では等しく空腹を満たす食物でしかない」

「夢……?」


 (バク)……確かにヤギ爺は魔王の名をそう呼んでいたな。


「以前にも話をしたはずだ。魔王がその気になれば勇者が何人いようと物の数ではない。本来なら勝つのは魔王軍側だったはず。だが、あえて滅ぼさず、滅ぼされず、人間側と対立構造を演じているだけだと」

「魔王が世界のバランサーって話か? それはお前の推測だろう?」

「そうだな、推測だ。だが確信もしている。生きる事も死ぬ事も全ては魔王の気分次第。そして人間も魔物もその事に気付いてすらいない……これ以上の支配があるか? 私は夢さえも支配する、魔王のそんな力が欲しいのだよ」


 魔王……夢を喰らう魔獣。人の脅威となる魔物の創始者。争いのバランスを取る世界の制御者……いや、きっとどれも違うな。

 俺はミュゼルワールの話を鼻で笑う。

 なにせあの馬鹿どもの生みの親だ、そんな大仰な考えが持てるような奴かよ。きっと俺たちの考えが及ばないようなくだらない理由……彼らの親である魔王はそんな奴……いやそんな奴であって欲しいと思った。俺は少し口元を緩める。


「夢さえも支配? なんだそれ? 勝手に夢見て魔王にすがってるのはお前だけだろ。俺の夢は自分の体温を測った時にだけ+2℃で表示される体温計を作る事だ。魔王なんかにそんな夢の体温計が作れるかよ、きっとそんなに頭良くねーぞコレ」


 そう言ってポンッと魔王(チェーンソー)を叩く。その光景を見ながら溜息をつくミュゼルワール。


「……馬鹿と話をするのは本当に疲れるな、それに少し喋り過ぎたか」


 ミュゼルワールがこちらを睨みつけ黒いナイフを構える。


「さて、人生最後の会話は楽しめたかい? この戦い、一瞬で終わってしまうだろうからね。偉そうな事を言って魔王の使い方も分からないような君ではね」


 やっぱり、使い方分からないのバレてるよな……

 こいつ相手に呑気に斬り合う余裕はない、早々に切り札発動の決意を固める。


「確かに……使い方は良く分からないな」

「ほう、随分と素直じゃないか……では、ご褒美に首を刎ねる事にしよう!」


 そう言って大地を蹴ると凄まじいスピードで一足飛びにこちらに向かって駆けてくる。

 来た! 確かに最強の武器を持っていても使い方が分からないんじゃ宝の持ち腐れだ、『今は』な!

 力の解放を決意した俺の体は青い光に包まれる。そして猛然と向かって来るミュゼルワールを左目を瞑って右目だけで目視する。


羽根質量(ルースターコック)


 フワッ……

 ミュゼルワールの体が羽毛のように宙に浮く。


「なっ! これは!?」


 自身の置かれている状況に、初めて驚きの表情を見せるミュゼルワール。俺は右目で相手を目視したまま間髪入れずに次の動作へと移行する。

 ここから先は賭けだな、頼むぜ!


脳活性化(フルドライブ)!」



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