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114話:始まる世界の終わらせ方

「……勇……様……起き……くだ……い」


 耳元で可愛らしい声が聞こえる。


「……う……ここは?」

 

 目を覚ますと見た事も無い原っぱのど真ん中にいた。

 おかしい……俺は確かエレベーターのドアに挟まれて死んだはず……どこだここは?

 土と草の心地よい匂いが香る、ぽかぽかと優しく照らす太陽の光が体全体を包み込み、死んだはずの俺の心をとても穏やかな気持ちにさせてくれる。


「あぁ、ここが天国か……」


 周りには見た事も無いような美しい形の木々や色鮮やかな花が咲いている。こんな山が現世にあったらさぞ名所になる事だろう。やっぱり天国は一味違うな。俺はあまりの陽気にむくりと起き上がり、深呼吸をした後大きく背伸びする。


「天国ではありませんわ勇者様」

「え!?」


 耳元で先程の可愛らしい声がまた聞こえて来る。辺りを見渡すと声のイメージにピッタリの小さな妖精さんが俺の周りをぐるぐると飛んでいた。


「もう! 勇者様ったら待ち合わせ場所で寝ているんですものプンスカプンです!」


 淡い緑色の髪とピンっと尖った耳。手の平サイズの妖精さんがこちらを見ながら怒っている。

 って、え? 勇者様?


「今、勇者って……えっ……もしかして俺の事?」

「何を仰られているんですか勇者様! 私たち今日からパーティーだと言うのに……初顔合わせがこれでは先が思いやられますわ」


 ふぁ!? 勇者!? パーティー!?

 混乱する頭を整理しながら妖精さんに尋ねる。


「あの、人違いじゃないかな?」

「人違いじゃありません! 私、勇者様をずーっと待っていたんですから」


 力強く妖精さんが返答する。

 エレベーターのドアに挟まれて死んじゃうような虚弱体質の俺が……勇者!?


「私の名前はエリーゼ。ブラッドレスリー大陸出身のエルフですの。勇者様のお名前は?」

「え? 名前? ユウタだけど……」

「まあ、ユウタ様といいますのね。とっても勇敢そうなお名前」


 ポンッと手を叩きながらこちらをジッと見つめる妖精さん。気恥ずかしくなってつい目を逸らす。

 しかしどうやらここは天国ではないらしい、まさかこれが異世界とかいう奴なのか!?


「ところで勇者様、その腰の武器……とっても珍しいですわね」


 え? 腰の武器? 

 俺は右腰から感じる重みに気付く。妖精さんが指さすその先には確かに武器のような物が装着されていた。

 なんだ、これ……チェーンソー?


「そんな武器初めて見ますわ。少し見せていただいても宜しいかしら?」


 俺の腰元まで飛んできてチェーンソーを観察する妖精さん。しかしなんでチェーンソーなんだ? 普通に剣とかの方がカッコいいのに。


「これはギザギザでとても痛そうですの。ちなみに攻撃力は……嘘!? 攻撃力9999!?」


 へ? 

 チェーンソーの刃の根元の部分を確認した妖精さんは驚嘆の声を上げる。


「えっと、つまり凄い攻撃力って事?」

「凄いなんてものじゃありませんわ! 世界最高峰の武器と同格……いえ、それ以上ですわ!」

「そ、そんなに凄いんだ……」 

「こんな武器をお持ちだなんて……まさか貴方は大勇者様!?」


 大騒ぎしながら俺の周りを飛び回る妖精さん。なんでチェーンソーが腰にぶら下がっているのかは分からないが、これだけ特異な事が起きているんだから考えるだけ無駄というもの。まあ、なにはともあれどうやら俺はRPG的な勇者として第二の生を受けたようだ、そして初期装備はどうやらチート武器……ふふ……ふははは!

 現状を把握した俺はついつい笑みをこぼす。最後までパッとしない前世とは違いどうやらこの世界はイージーモードみたいだ。ようし! 前世の分も勇者として活躍して王女様と結婚とかしちゃうぞぉ!


 ガンッ!

 浮かれ気分の俺の目の前がぐるんぐるんと回る。

 

 え……なんだ? 遅れて後頭部から激しい痛みを感じる。

 俺は強い衝撃を受けてその場に立っていられなくなりそのままうつ伏せに倒れ込む……一瞬視界に映ったのは大きなネズミ? ……いや、あれは……

 考える間も無く意識が遠のく、そしてそのまま辺りが暗くなって――――




――――ドサッ……


「ひ、ひいいぃぃぃ! き、貴様は!」

「中々演技が上手じゃないか。一朝一夕じゃできないレベルだ、何回同じ事を繰り返して来たんだか」


 俺は気絶した勇者の腰からチェーンソーを抜き取りながら小さなエルフに話しかける。


「何故貴様がここに! 何をしに来た!」

「あ、見て分かんないかな? 魔王の回収だよ。ミュゼルワールが次の勇者(いけにえ)に魔王を渡す必要があるのは分かっていたからね。いやぁ、間に合って良かったよ」

「そ、そんな……失敗した、失敗した、失敗した……こ、殺される……」


 小さなエルフの少女はこの世の終わりといった表情でガクガクと震えている。この怯え方、どうやら俺に対して恐怖しているわけではないらしい。

 俺はエルフの少女を素通りして森の中に向けて話しかける。


「なるほどな、この重要なミッションを同族とはいえこんなガキにやらせるなんてらしくないと思ったんだよ。長年かけて調教済みって事か、ミュゼルワール」


 返答はない、俺は構わずに続ける。


「手っ取り早く転生者に状況を飲み込ませるには少女のエルフをお供させるのが最適だったか? 確かにお前の手の内の者が仲間(パーティー)に紛れていれば、魔王(チェーンソー)に対しての情報統制もその後の回収も楽だもんな」


 そして森の中の暗闇の一点を睨みつけながら大声で言い放つ。


「おいおい、まさかビビってんのか!? 居るんだろ? 出て来いよミュゼルワール!」


 パチパチパチと手を叩く音が聞こえる。観念したのか、それとも余裕からなのか、一人の配下もつけずに森の奥からゆっくりとミュゼルワールが姿を現す。


「素晴らしいよ、ピクルス軍師。唯一の勝機を見いだしてこの瞬間を狙って来るとは恐れ入った」


 白々しく称賛の言葉を送って来るミュゼルワール。俺のすぐ傍ではエルフの少女が恐怖で引きつった顔をしている。


「……どうやってここが分かった?」

「さあね、魔王の軍師なら自分で考えたらどうだ?」


 ミュゼルワールは不敵な笑みを浮かべながらも俺がこの場所に辿り着いたことに疑念を持っているようだった。そしてそれは俺の策をこいつが看破できていない証明とも言えた。


「しかし今の魔物たちは使えない事が再確認できたな。まさか君一人を始末する事もできないなんて……やはり私には不要な愚図どもだ」


 話を変えて今度は溜息まじりに首を振る。


「みゅ、ミュゼルワール様……申し訳ございません! 私がついていながらみすみす魔王様を……」

「いいんだエリーゼ。君が無事ならそれでいい、こっちへおいで」


 そう言って優しく微笑みかける。エリーゼと呼ばれたエルフは涙ぐみながらミュゼルワールの元へと飛んでいく。


「ありがとうございます、ありがとうございます、ミュゼルワール様!」


 ガシッ!


「え……?」


 何度も頭を下げながら近づいて来たエルフの少女を無造作に掴むミュゼルワール。


「本当に無事で良かった、こんな失態を犯した君だ。私が直々に処分しないと気が済まないからね」

「え、あ……ミュゼ……い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 ミュゼルワールの右手からペキペキと聞くに堪えない音がする。そして原っぱにこだまする絶叫も数秒後には聞こえなくなった。


「やれやれ、本当に無能な部下を持つと苦労するよ」


 全身がへし折れたエルフの少女だった物は壊れた人形のような扱いで無慈悲に地面へと放り投げられる。


「……お前の数少ない仲間じゃないのかよ?」

「仲間? 仲間なら以前君に見せた様に何万体もいるさ。それに彼女にはそろそろ利用価値が無くなってきていたからね」


 事切れたエルフの残骸を踏みにじりながらミュゼルワールは続ける。


「君も戦った魔王の前回の宿主。あれは効果的だった、魔王の覚醒をあと一歩の所まで押し上げてくれていたからね。彼はエリーゼを仲間(パーティー)にはしなかった。どうやらそれが良かったみたいだ。魔王の監視役も兼ねていた彼女だったが、力が暴発しないように使い方を抑制するよう勇者に働きかけをしていたからね。結局温室で育てては芽吹く物も芽吹かないという事かな」


 まるで今踏みつけているエルフの少女が原因で魔王の覚醒が遅れていたんだと言いたげなミュゼルワール。それを指示していたのはお前だろう? 相変わらず自分の非を認めないクソッたれの軍師に怒りを覚える。


「魔王が今俺の手元にあるこの状況……そのエルフの少女のせいじゃねーよ」


 踏みつけられたエルフを見ながら言う。


「なんだ、同情でもしているのか? 潰れたガラクタにどんなに気をつかってやっても無意味だぞ?」

「いや、そうじゃねーよ。お前が魔王城で俺を殺していればこんな事にはなっていなかった。完全にお前の落ち度だ、自分の無能を人のせいにするなよ屑が」


 その言葉にミュゼルワールの顔つきが変わる。どうやら癇に障ってくれたようだ。鋭い目つきでこちらを睨みつけながら言い放つ。


「何か勘違いしているようだなフェレット……魔王を手中に収めたくらいで俺とお前の力の差が埋まった気にでもなっているのか? だとすると大馬鹿としか言いようがないな」


 明らかに苛立っているミュゼルワール、だがこいつの言う通り魔王を使う事が出来たとして、それだけで勝てる程甘い相手ではないだろう。何故ならこいつは今まで勇者相手に魔王を委ねてきた。つまり魔王と対峙する事になっても勝てる自信があったという事だ。

 それを分かっていながらこの場に一人で来た俺は馬鹿と言われても仕方がないかもしれないな、でも……


「でも、俺が勝つよ。やっと馬鹿になる勇気を持ったからな」

 

 俺はポツリと呟く。

 勇者ノワクロが己の最後に自嘲気味に言っていたこの戯言。皮肉な事に俺の一番嫌いな勇者の言葉が、今唯一自分を奮い立たせてくれる力の源なのだから。


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