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113話:決戦の地

 港町へと到着した俺は、お目当ての大きな貨物船の近くにある資材置き場に身を潜め乗船の機を伺う。まだ早朝という事もあり町中は人通りも疎らであったが、港には流石に人が多い。


(運搬用の資材に紛れ込んで乗船するのがベストだな……)


 変装用のフードを深々と被り直す。少し警戒しすぎか? いや、いくら勇者どころか戦士もいないような小さな港町だからといって油断は禁物だ。

 ふっ……まあそうは言っても人間たちも聖水結界で守られた町に魔物が堂々と侵入しているとは思わないだろうがな。


「おう姉ちゃん! そこにある荷物も船に運んどいてくれるか」


 威勢のいい声が港に響く。どうやら俺が隠れている資材置き場の荷も運ばれるようだな。


「はーい船長(キャプテン)


 船長から指示を受けた黒髪の少女がこちらへと向かって駆けて来る。おっと、隠れないと……それにしても親の手伝いか何かかな? 若いのに偉いなぁ。しかし今の声って聞き覚えがあるような……

 身を隠しながらチラッと少女の顔を遠目から覗く。


「いやぁ、船長(キャプテン)は本当に人使いが荒いですよ。私の魔法で滅ぼされたいんですかね、まったく……」


 肩口まで伸びたストレートの黒髪。港に似つかわしくない魔女っぽい服。腰にはあきらかに作業の邪魔になっている等身大の長い杖……


 ウィズィじゃねーか!

 呪術軍の誇るウィッチーズの少女は両肩に荷を担ぎながら、なにやらぶつぶつと文句を言っている。


(なんであいつがここに……って言うか堂々と侵入どころか普通に港で働いてるんですけど!?)


 ウィズィは作業をこなしながらおもむろに懐から紙を取り出すと、壁にペタペタと張って歩いていた。


「おう姉ちゃん、何やってんだ! ちんたらやってたら日が暮れちまうよ!」

「はいはーい。すいません! うぅ……思ったより大変です。恨みますよコックリ様ぁ」


 荷の重みで足元をフラフラとさせながら船の方へと戻って行くウィズィ。


(あいつ、なにを張ってたんだ?)


 人がいないのを見計らってウィズィが壁に張り付けた紙の所まで走る。どれどれ……

 そこには多分俺の顔だと思われる絵が描かれており紙の下には赤字で『この魔物探してます。見かけた方は呪術軍まで!』と書かれていた。


 へ、下手だ……

 魔王軍に絵心ある奴っていないのかな……って、いや! そうじゃねぇぇぇぇ!


(人間の町にこの張り紙張ってどうする! 仮にお尋ね者の俺を見かけたとして誰が呪術軍まで行くんだよ! しかもご丁寧に住所まで書いてあるよ! これじゃあ呪術軍の城が攻められるよ!)


 人間たちに署名を求めるビースト軍、かたや人間たちに魔物探しをお願いする呪術軍。こいつら人間と戦ってること忘れてねーか!?

 呆然と張り紙の前で立ち尽くす俺。その時フードを被った女性が声を掛けてくる。


「あの、その魔物に見覚えがあるのですか?」


 やべっ! 極力人との接触は避けたいのに迂闊だった。


「いえ、見覚えなんて……」


 そこまで言い掛けたところで背筋が凍る。この声……まさか!

 フードの中から覗く整った綺麗な顔と尖ったエルフ耳……っ、コックリ!


 その正体に気付いた俺はすかさず背を向ける。


(マズイ! こっちの正体もバレたか!?)


 突然の事に動揺を隠せず明らかに不審な動きになってしまう。

 しかし人間とまったく同じ容姿をしているウィズィならともかく、コックリまでこの港町に潜伏していたのか!? 魔王軍の中でも知恵が回り慎重派であるコックリにしては随分と無茶をする。


「あ……あー私はしがない旅人でして、この近辺ではこんな魔物が出るんだなぁと、そう思って眺めていただけですよ」


 思いっきり声色を変えて返事をする。


「そうですか……」


 小さく呟くコックリ。気付いて……ないのかな?

 俺はほっと胸を撫で下ろす。聖水結界の効果で魔法を使う事もできず、力も十分に発揮できないコックリ相手なら多分素手でも勝てる。だができれば戦いたくはなかった。騒ぎになるのを避けたいというのもあるが、今の俺にはコックリと戦う理由なんてないからな。


 それにしてもさっきのキツネといいコックリたちといい俺がこの近くにいるという情報はどうやら漏れているようだな。でなければこんな港町でうろうろしているはずがない。トレスマリアにこの近辺を調べさせていたせいか? それとも……

 考えが纏まらない内にコックリが口を開く。


「旅のお方。もしその魔物を見かけたらこれを渡して貰えないでしょうか。私はあまりこの土地に長居はできないもので」


 そう言って布に包まった棒のような物を俺の背中越しに押し当ててくる。振り向かないままその布を受け取った俺は手に馴染む感覚に気付く。

 これは……九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)!?

 先のレモンバーム将軍との戦いで失っていた俺の愛剣は何変わらぬ姿で白銀色に輝いていた。


「どういうつもりだ?」


 俺は声色を使う事無く厳しい口調でコックリに問う。

 偶然見も知らぬ旅人に九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を託す。そんな偶然があるはずがない。それに何故反逆者である俺に武器を返す?


「その剣は持っていても使い道がありませんので。主の元へと返却したいだけです。頼まれてはくれませんか? 旅のお方」

「……ああ」

「良かった。もう、この張り紙も必要ないですね。ウィズィも筋肉痛で限界でしたし貴方に託せて良かったです」


 そう言ってビリビリと目の前の張り紙を破り捨てる。そして俺の顔を見ないようにしながら呟く。

 

「私たちは貴方を信じていないわけではありません、ただミュゼも信じているのです。彼を幼い時から知っていますが本当に心の優しい子です。今は責任ある立場になった為、少し変わったのかもしれませんがそれでもミュゼがミュゼである事に変わりはないのです」


 そこまで喋ったところで少し悲しげな表情を見せるコックリ。


「嘘をつくような子ではありません。それに過ちを犯してしまった仲間を見捨てるような子でも……身内びいきと笑われるかもしれませんが」


 俺は何も言葉を発する事無くただコックリの話に耳を傾ける。


「当然魔王様も寛大なお方。それ故に今回の件、何か行き違いがあった可能性はあります。魔王様と直接話ができればあるいは……あ、すいません。少し大きな独り言でしたね。道中気を付けてください、旅のお方」


 そう言って丁寧に頭を下げ、その場を立ち去るコックリ。小さくなっていくその後ろ姿に向かって俺も同じように頭を下げる。


(コックリがレモンバーム将軍の意向を無視して動くわけがない……か。この付近に俺がいる事を知っていたのも恐らくは……ちっ、まったく、どいつもこいつも……)


 この剣を俺に返すという事がどういう意味を持っているのか分からない訳ではないだろう。これは俺への……というよりも魔王への絶大な信頼があるという証拠なんだなレモンバーム将軍。

 だが、その信頼は過去の虚像に寄せられている物だ。本当の実態を彼女たちは知らない、当然ビースト軍も。今の魔王は昔とはきっと違う、自分の意思で動けずその力を利用されるだけの文字通りただの道具でしかないのだから……


 コックリ、悪いな。お前たちの知っているミュゼルワールは確かに憎めない気のいい奴なんだろう。でももう違うんだよ、あれはミュゼルワールであってミュゼルワールじゃない。


(でも、それは俺も同じ事か……)


 手に持った九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を強く握りしめて俺は決戦の地へと向かう。


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