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111話:虎の威を借る狐

「さて、行くか」


 月明かりが照らす夜、俺は荷物をまとめて出立の準備を整える。まだレモンバーム将軍と戦った時の傷が癒えているわけではなかったが、今から相手にしようとしているのはあのミュゼルワール。グズグズしてはいられないからな。

 ミックスベリー将軍とヤギ爺も近日中には城に戻ると言っていた。だが俺はこれ以上二人と行動を共にするわけにはいかない。別に二人に危害が及ぶことを懸念しているわけではない。ミュゼルワールに勝つために、だ。


(俺は仲間からも見捨てられた非力な魔物……そう思われているからこそ隙は生まれる。そして勝機も……)


 下手にビースト軍全体が味方になればミュゼルワールは絶対安全地帯である魔王城から動く事なくこちらを攻撃してくるだろう。それこそ俺が絶命したことを確認するまではいくらでも時間を掛けて……そうなれば勝ち目はない。だが俺の事を軽視したままでいるならば奴は必ず動く、動かなくてはならない理由があるからな。

 決意を胸に俺は一人ログハウスを後にする。


「あれ? ネズミさん、どこ行くの~?」


 外に出たところでばったりとポシェットに遭遇する。人知れずたった一人の旅立ちを気取っていた所だったのにいきなり出鼻を挫かれた感じになってしまった。


「あ、うん。そのちょっとトイレにね」

「そうなんだ~。でもここら辺って夜は熊とか出て危ないよ~? ついて行こうか?」


 熊が出るから心配される魔物ってどうなんだ……それにトイレに行くって言ってるんだから平気でついて来るとか言うな、年頃の女の子だろ。


「平気だ。それより今日はありがとうな。恩に着るよ」

「えへへ~どういたしまして」


 照れくさそうに笑うポシェット。


「でもあんまり危ない事には使っちゃ駄目だよ~」

「……あぁ、分かってるよ。それよりこんな夜更けにどうしたんだ?」


 俺の問いにモジモジしながら答えにくそうに呟く。


「ちょっとトイレに行きたくて……」


 なんだ、自分が夜道怖いからついて来てほしいだけか。俺にしてみれば夜道や熊よりお前の方がよっぽど恐いけどな。ふぅ、と一息ついて少し離れた草むらを指さす。


「いいよ、一緒に行こうぜ。ただし熊が出てきたら助けてくれよ」

「うん! ありがと~」


 笑顔で返事をするポシェット。その屈託のない表情に俺も少し口元を緩めながら呟く。


「熊から守ってくれるお礼にお前たちの安穏とした生活を守ってやるよ。まあ、ついでだからな」

「え? 何か言った~?」

「別に」


 ブリキ将軍やポシェットたちに対して罪の意識があるわけではない。ただ結果的にそうなってしまうだけ。本当にそれだけの話だ。

 俺たちは他愛ない会話をしながら鬱蒼とした茂みの前へとやって来た。


「えっと……じゃあ、ここでいいよ~。音とか聞こえたら嫌だからネズミさんは500メートルくらい離れて貰っててもいいかな?」

「余裕でログハウス突き抜ける距離じゃねーか! 俺その後ここまで戻って来るのかよ!」

「ログハウスの向こう側にもいい感じの茂みがあるよ~」

「もう完全に別行動じゃねーか!」


 ……って、まあいいか。元々トイレに行きたいなんて嘘だし。そのままここを去ろう。下手にミックスベリー将軍やヤギ爺が起きて来ても面倒だ。


「しょうがねーな。じゃあ俺は行くから、熊に気をつけろよ」


 俺は軽く手を振ってその場を立ち去ろうとする。


「なんだかネズミさん優しくなった?」


 ポシェットがしゃがみ込んだまま声を掛けてくる。

 優しい、か。それはお前が慕うブリキやその仲間たちの事を言うんだよ。俺の世界観を変えてしまう程に……ただ超ド級の馬鹿という枕詞がつくけどな。

 そんな事を考えながら自然と笑みがこぼれる。


「俺は元々優しいフェレットだ、お前が俺の事を知らないだけだ」

「フェレット~?」

「そうだよ、心優しい最強戦士の称号だ。覚えとけ」

「へ~ネズミさんって強かったんだね~。前は逃げてばっかりだったから気付かなかったよ~」

「なめんなよ。またお前らが勇者として相対するなら今度は圧勝してやるよ」

「えへへ~負けないよ~」


 俺たちは得意気に言葉を交わす。そしてログハウスの方向へと直進した俺はそのまま立ち止まることなく森を後にした。




 夜通し歩き続けた俺は小さな港町の近くまでやって来ていた。

 イーシオカ大陸とミルウォーキー大陸は陸路で繋がれていない。つまり海を渡る以外の方法でミックスベリー城へ……いや、ミュゼルワールの居る地へ戻る事は出来ない。まだ早朝ではあるが海の朝は早い。渡航船も次々と出港している様子が確認できた。


「隠れやすい貨物船がベストだな……」


 俺は港の様子が一望できる丘から船を物色する。聖水結界の影響を受けない俺なら町の中への侵入は容易だ。だが船員に気付かれず渡航するとなると、それなりの大きさでないとすぐに見つかってしまうからな。

 リスク回避を最優先に乗船する船に目星をつけた俺は丘を下ろうと一歩踏み出す。その時……


「おっと、ここから先は通行止めだぞぉ!」


 俺がいる場所よりさらに高い丘から聞き覚えのある声がする。昇る太陽を背に腕を組み悠々とこちらを見下ろすその男は……


「はははー! ピクルスよ、久しぶりだなぁ!」


 なんだ、やっぱりキツネか。

 俺は無視して丘を下る。


「ちょ、ちょっと待たんか貴様ぁ!」


 慌てて俺の前へと駆け寄り両手を広げて行く手を阻む。邪魔なキツネだな、はっ倒して行くか。


「はははー! 魔王様に逆らう愚かな男よ。例えおてんとう様が貴様を見逃しても、私の目が黒いうちは貴様の好きにはさせんぞぉ!」


 む? こいつ魔王側か。それならそれで好都合だ、はっ倒して行こう。

 右こぶしに力を入れて大きく振りかぶる。


「ま、待たんかぁ!! 何故貴様は暴力でなんでも解決しようとするのだ! 軍師としての誇りはないのか!」

「別にないよ。お前の目が白くなるまで殴り続ける。それが俺の策だ」


 改めて助走をつけた俺はキツネに殴り掛かる。


「や、やめろぉぉぉ! 私はお前との決着をつけに来たのだ、軍師としてのな! だからやめろ! やめろぉぉぉぉ!!」


 殴られまいと必死に両手をブンブンと振り、喚き散らすキツネがあまりにも残念で殴る気を失う俺。


「……で? 何しに来たのお前?」


 溜息まじりにキツネに質問する、


「お前とはなんだ貴様ぁ! 調子に乗るんじゃないぞぉ!」

「分かった分かった。何しに来たんですかキュービック殿。あまり時間が無いんで用があるなら手短にお願いしますよ」


 襟を正してコホンと咳払いをしたキツネは偉そうにこちらを指差して宣言する。


「ふふん、仕方がない教えてやろう。私は逆賊である貴様をコテンパンにする為にこの地へと来たのだ!」

「ふ~ん」

「貴様を倒せば魔王様の私に対する評価は天井知らず! だがミックスベリー将軍やスクエア殿が貴様を気にかけている事もまた事実! 私はどうしたらよいのだぁ!?」


 知るか。

 どうやらこいつの中での名声心と仲間意識がせめぎ合っているようだ。安心しろ、今回に関しては逆賊である俺を倒しに来るお前の行動の方がよっぽどまともだ。しかし小心者のキツネのくせに一人で俺の前に現れるとはいい度胸だな。


「とにかく俺の敵って事だよな。じゃあ遠慮なく……」

「そこでだ。まずは貴様が私と戦うに値するかどうかを見極める為に一人の戦士を用意したのだぁ」


 戦士……?


「出番だぞぉ! ベンガルト!」


 なに!?

 キツネが居た丘の上から申し訳なさそうに顔を出す白色の体の虎……白虎のベンガルトがぺこぺこと頭を下げながら話しかけて来る。


「お久しぶりです、ピクルス先輩。なんか申し訳ないんですが僕たち戦う事になってるみたいで……」


 き、汚ねぇぇぇぇ!! 何が軍師として、だ! 四獣王に戦わせる気満々じゃねーか!

 

「ベ、ベンガルト……別に俺たちが無理して戦う必要は……」

「ほんとすいません! でもキュービック先輩からセルフブランディングのチャンスだって……ここで勝てば魔王様とコンセンサスが取れるって! そんな事言われたら、もう僕たちは戦うしかないじゃないですか! お世話になったピクルス先輩ですけど……僕、闘います。ピクルス先輩を超えます、今ここで!」

「はははー! その意気だベンガルト!」


 ファイティングポーズを取るベンガルトと高らかに笑うキツネ。


「ま、待てベンガルト。お前は言葉の響きに騙されているだけだ」


 必死に説得を試みる。いくらなんでも丸腰で四獣王は分が悪すぎる。


「はははー! 見苦しいぞピクルス。行けベンガルト! 10万ボルトだ!」

「いや、そんな技は使えないです」


 ちっ! 予想外だ。まさかキツネに行く手を遮られるとは。


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