109話:いつか帰る場所
ミックスベリー将軍にヤギ爺のスクエア。俺は予想外の人物の登場に戸惑いを隠せないでいた。
(何故こんな場所に? いや、何故プラムジャム将軍と一緒にいるんだ!?)
俺と同じく魔王への反逆者としてその地位を追われたプラムジャム将軍。ミックスベリー将軍と旧知の仲とはいえメカチックシティの騒動の後も裏で繋がっていたとは考えにくい。それにプラムジャム将軍が生きている事を知っている奴なんて……
その時白く伸びた鼻毛をプチンと抜くヤギ爺の姿が目に映る。
まさかヤギ爺か?
あり得る。一応口止めはしておいたが白銀色の鉱物の一件の時に、こいつもポシェットやプラムジャム将軍が生きている事を知ったからな。裏切り者となった俺の過去の動向を調べる過程で情報を漏らした可能性は十分にある。
だがプラムジャム将軍は拘束されている様子も、逃げる気配もない。反逆者である事は変わりないというのに……
「ピクルスよ」
その時ミックスベリー将軍が口を開く。
「……はい」
少し間をおいて返事をする。どちらにしても今の俺に逃げる体力はない。どんな厳罰が下されるかは分からないが黙って話を聞く以外の選択肢はなかった。
「少しやつれたな」
小さい手で必死にベッドの柱を掴み、俺を見上げながら語りかけてくる。見かねたのかヤギ爺がヒョイッとミックスベリー将軍を抱きかかえ、俺と同じ目線まで持ってくる。
相変わらずというか、本当に締まらないな。
「……ミックスベリー将軍。何故こんな場所に?」
疑問の一つを口にする。俺がこのログハウスに連れて来られてから、そこまで時間は経っていないはず。と、なるとミックスベリー将軍も元々この近くに居た事になる。
「お前を探しに来たのだ。私の超越技能、抜群嗅覚で臭いを追ってな」
やっぱり、そう……だよな。
当然アールグレイ将軍の件は耳に入っているはず。ずっと騙していた事になる俺を直接殺しに来ても不思議ではない。それに抜群嗅覚か。そんな技能があるなら逃げても無駄だったわけだ。
「ピクルスよ。アールグレイ暗殺手引きの件……本当なのか?」
厳しい顔つきで俺に問う。どんな時でも穏やかな表情を崩さなかったミックスベリー将軍の怒りが伝わってくるようだった。
この返答次第では即座の処刑もあり得る。だが今の状況で取り繕う意味を見いだす事はできなかった。それに世話になったこのチワワに処されるならまだマシか……
「本当です」
顔を上げてしっかりと答える。俺の回答に少し沈黙した後ミックスベリー将軍は再度俺に問う。
「なんの為にそんな事を? 勇者を倒す為……魔王様の為か?」
「いえ、自分の為です。俺が嫌っていた勇者を確実に殺す為にアールグレイ将軍を使った、ただそれだけの事です」
半ばムキになって、もう一度きっぱりと真実を言い放つ。
その答えを聞いたミックスベリー将軍は「そうか……」と呟きながらゆっくりと右手をあげる。
ペチョン!
「痛っ……」
おもいっきり頬をぶたれる。
肉球が邪魔をして情けない音が室内に響いたが、チワワの手形が残るくらいの勢いで放たれた平手はそれなりに痛かった。
「ピクルス。お前のやった事は許されざる行為だ。私はビースト軍の将軍として、アールグレイの友として、お前を処さなければならない」
険しい表情のミックスベリー将軍。ごもっともな話だ。いくらお人よしのチワワでも見逃してくれるはずはない、か。心のどこかで正直に話せば許してくれるかも……なんて淡い期待を持っていたのかもしれない。
最後の最後で無能をさらけ出してばかりだな俺は。
「……覚悟はしています。で、どうするんですか。火あぶりの刑ですか? 水責めの刑ですか? あんまり苦しまないヤツにしてくださいよ」
自嘲気味に答える俺に対してミックスベリー将軍から罰が下される。
「軍師ピクルスよ。アールグレイ暗殺手引きの罪により平手打ちの刑に処す!」
……は?
ミックスベリー将軍の口から飛び出た言葉に耳を疑う。何言ってんだこのチワワ?
「今、なんて?」
「平手打ちの刑だ」
「って、今俺がぶたれたヤツですか」
「そうだ」
ポカーンと呆ける俺。
「いや、それは駄目だろ! どんだけ刑軽いんだよ! そんな事してたら他の魔物にも示しがつかなくなるぞ!」
「ほほ、その点なら心配いらんぞ」
急に話に割って入るヤギ爺。
「ピクルス、お前の失態は上位互換軍師であるこのわしが尻拭いしてやるぞい。わしの考えた史上最大の作戦『署名大作戦』でのぉ!」
意気揚々と作戦内容を説明するヤギ爺。
「よいか『署名大作戦』とはお前を許す為の署名を集めて魔王様に提出するというものじゃ。わしの見立てでは2000通の署名を集めれば世論は動く! わしの作戦で世論が動くのじゃあ!」
何やってんだか……相変わらず馬鹿な作戦だ。
「……何故そんな事をするんですか? 俺に助ける価値なんてないでしょう?」
「ほほ、ピクルスよ。青二才が価値などという言葉を軽々しく口にするでない。生物とは生まれて来た事に価値があり、生きているという事だけで十分価値があるのじゃ。そしてその命が朽ちたとしても生き様には価値があり、人の心に残る事に価値があるんじゃ!」
価値と言う言葉を軽々しく乱発するヤギ爺。
「それにお前が死んだら悲しいぞい」
惚けた顔でぽろっと放ったその言葉が胸に刺さる。
「そういう事だピクルスよ。アールグレイの死は悲しいし、それにお前が関わっていた事も本当に悲しい。だがその理由でお前が死んだら更に悲しくなる。それは嫌だ、ただそれだけの事だ」
……本当に、馬鹿の理屈は分かりやすいな……
「そレに軍師クンはあまり自惚れなイほうがイイ。アールグレイは嵌められテ、そのまま命を落とスようなタマじゃなイ。最後は自分の意思デ勇者と戦っテ逝っただろうサ」
ブリキ将軍までもが俺を諭すように話しかけてくる。
この環境化で優しい言葉に触れた俺はつい目から涙がこぼれそうになる。
「すいません……でした」
俺はその顔を見られぬように深々と頭を下げる。この世界に来て初めて後悔した。今までやって来た事をではなく、こいつ等を盤上の駒としか見ていなかった事に。
「帰って来いピクルス。お前がいないと寂しいからな」
「……はい」
唇を噛みしめて必死に声を絞り出す。
「よし、その言葉が聞ければあとは私の責任だ。では早速だがお前の力を借りたい」
俺の力? もしかして勇者でも攻めて来たのか?
「実は『署名大作戦』で署名を集めようにも文字が書ける魔物が少なくてな、スクエアの提案で人間たちにも署名に参加してもらおうと町に魔物を送り込んだのだ。しかし逆に人間たちに捕えられてしまってな、困っているのだ」
「ホントに何やってんだよ!!」
何故そういう思考に辿り着く!? 魔物の軍師を救って下さいって署名に人間が参加するわけねーだろ!
「ほほ、署名の件は心配せんでも大丈夫じゃ。こんな事もあろうかと来月からペン習字教室も開校予定じゃからのぉ」
「全然大丈夫じゃねーよ! なんて理由で開校してんだよ! とっとと魔物たちを引きあげさせろ!」
やっぱりこいつ等、大馬鹿だ!
ほとほと呆れ返る俺。署名の件は魔物たちを撤退させれば大丈夫として、この馬鹿たちではミュゼルワールに対抗はできないだろう。ミュゼルワールが魔王の力を自分の物にしたらこいつ等は用済みで処理される、か。
まったく、しょうがないな。
「……プラムジャム将軍。やはりポシェットの力を貸して貰えないでしょうか?」
「ナヌ?」
……馬鹿でお人よしで騙されやすくて……こんな救いようのない馬鹿たちを救ってやれるのは俺くらいしかいねーじゃねーか。