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108話:仲間

 ポツ……ポツ……


 落ちてきた雨粒が頬で跳ねる。

 森の中を流れる川のせせらぎと、雨が木の葉を打つ音が何とも心地よい。


「くそ……どこに居るんだよ」

 

 川のすぐ傍で仰向けになった俺は落ちてくる雨粒で熱を持った体を癒す。

 小さな森とはいえ数人の人を探すのは容易ではなく、ほとんど走りっぱなしでイーシオカ大陸を南下して来た俺の体力は底をついていた。興奮と疲労で全身がだるい。


(働きたくないでござる精神の俺の最後が過労死とかマジで笑えないな……)


 とは言え、いつ刺客を送られるか分からない状況でのんびり休んでいるわけにもいかない。気を奮い立たせて、なんとか重い体を起こそうとするがまったくいう事をきかない。

 あれ……ほんとにヤバイかも。

 肉体的な疲労だけでなく、精神的な緊張も加わり予想以上に体に負荷をかけていたようだ。


 ザッ……


 っ!? 

 倒れている俺の頭上から足音がする。マズイ、追っ手か!? 逃げなくては……

 そんな気持ちとは裏腹に意識がもうろうとしてくる。

 ちくしょう、こんな疲労がピークの時に……駄目だ動けねぇ……


「ほほ、魚は小雨くらいが釣りやすい。こんな絶好の釣り日和になにを呑気に寝ておるのじゃ?」


 緊張感のない間の抜けた声が聞こえる。

 ついに幻聴まで聞こえてきたのか? この声は――――




「……う……ん」


 窓からさす太陽の光で目が覚める。

 目覚めた場所はベッドの上。ぼやけた視界に映るのは丸太で作られた木の家。体には包帯が巻かれている。

 なんだ……ここ? ログ……ハウス?


「オォ、起きたかね軍師クン」


 枕元から声がする。この特徴のある機械的な声は……プラムジャム将軍!?

 くるりと振り向くとそこにはタツノオトシゴが海藻を纏っているような気持ち悪いブリキの姿があった。


「いや、誰だよ!」

「ハハ、もう忘れてしまったのカ? ヒドイな。私ダよプラムジャムだ」


 奇怪な姿をしたブリキが悠然と名乗る。


「プラムジャム……将軍? 確かに声はそっくりだけど……」

「アア、そう言えバ、軍師クンは私の複雑な形の海水魚リーフィッシードラゴン形態を見るのは初めテだったネ」


 あぁ、これが噂の複雑な形の海水魚リーフィッシードラゴン状態なのか。想像以上に気持ち悪いな。


「この姿ハ色々と便利なんダよ。魚を誘き寄せル時なんカ特にね、形態を変える時に多少出血を伴なウのが難点だガ」


 自分をルアーの代わりとして使ってんのかよ!


「この前ハ鯨に捕食されかけテね。ハハ、ルアーも命懸ケだよ」


 ルアーって言っちゃったよ!


「そうイえば以前ポシェットたちも軍師クンたちノ世話になったよウだね」

「いえ、あれは世話になったのはこちらのほうで……っと、そんな事よりプラムジャム将軍が助けてくれたんですね。ありがとうございます」

「イヤ、正確には違うノだが……」


 何か言いたそうなプラムジャム将軍。しかし状況から見て助けてくれたのはプラムジャム将軍に間違いはなかった。恐らく俺はこのログハウスの近くまでは来ていたのだろう、俺の悪運もまだ尽きてはないようだな。


「それに将軍ハよしてくれ。今の私ハ君の上長でもなんでもないんだかラね」


 ……まあ、それもそうか。


「そうだな、じゃあブリキ。ちょっとお願いがあるんだけど」

「ちょ、チョット!? 急に変わり過ギじゃないカ!?」

「いや、こっちも急いでるんで」

「そ、そうハ言っても心ノ準備というものガだな。ソレに私ハ一応年長者なんダが……」


 面倒くさいブリキだな。


「まあ、確かにタメ口は良くないですね」

「そ、そうダろう? 言葉づかいはキチンとしておかないト社会に出タ時、軍師クンが困るからナ」


 俺はこいつ基準で一体いつ社会人になれるんだ?

 いやいや、今はどう助かったとか、ブリキの形態がどうとか、言葉づかいがどうとかを話している場合ではない。誰の助力も期待できない俺がミュゼルワールを潰す為にはポシェットの強制交友(フレンド)が必要不可欠だ。その為にはまず飼い主から落とさないとな。


「単刀直入に言います。貴方は将軍職に返り咲きたくありませんか?」

「しょ、将軍職ニ?」

「そうです。元はといえば勇者育成プロジェクトであるエルグランディス計画が全ての始まり。貴方は結果的にその計画の失敗をなすりつけられたにすぎない。この計画は裏で糸を引いている者がいたのですよ」


 事実だ。理由はどうあれ計画の発案者はミュゼルワール、そしてその育成を魔物に任せるという試みを行ったのもミュゼルワールだ。結果として廃棄処分の対象となったポシェットたちを、プラムジャム将軍が救おうとしたからこそ今の状態があるわけだからな。

 プラムジャム将軍……いやポシェットたちにとってもミュゼルワールは忌むべき相手のはずだ。


「貴方はこんなところでくすぶっているような方ではない。諸悪の根源を討ち、もう一度あの栄光の舞台へと……」

「断ルよ」


 は……?


「今、なんて?」

「断るト言ったんダ」


 意外な回答に戸惑う。何を言っているんだこのブリキは。


「し、しかしこのままでは貴方は陽の目を見ることなく暮らさなくてはならないんですよ!? それに今はまだ魔王軍内で死亡扱いになっているからいいようなものの、生きている事がバレたら確実に追っ手を差し向けられるんですよ! 当然ポシェットたちにも!」


 俺は身振り手振りで必死にプラムジャム将軍を説得しようとする。


「いいのダよ。あの子たちも承知の上ダ。その上で今を楽しク生きている。私もそウさ」

「……っ! それは今、安全に暮らせているから言えるだけの詭弁だ!」


 自分だけのことなら自己責任で納得もできる。だがお人よしが過ぎてその責任を無償で被ろうとしてくれる馬鹿だっているんだぞ!

 現在の自分の状況とも重なりつい声を荒げる。


「いいか! 知っているとは思うがエルグランディス計画の首謀者は魔王の軍師ミュゼルワール。そしてこのクソッたれの軍師は俺まで嵌めようとしているんだよ! それどころかこいつは魔王軍の魔物すら排除していくつもりだ! お前らみたいな馬鹿だからこんな簡単に騙されるんだ! 分かったら黙って俺に協力しろ!!」

 

 疲労からなのか興奮からなのか、今は魔王軍と直接の関わりがないプラムジャム将軍相手とはいえ本来の交渉術とはかけ離れた言葉が堰を切ったように次々と自分の口から飛び出す。

 ハァ、ハァ……と息を切らしながら一気に捲し立てた俺は、言い終わった後も冷静に考えをまとめる事ができなかった。


「ソレはポシェットの強制交友(フレンド)を使いたイという事カ?」


 俺とは逆に冷静な口調で話しかけてくるプラムジャム将軍。


「……そうだ。ミュゼルワールは琺魔水晶を使って自分だけの配下を大量に作っている。戦況をひっくり返すには強制交友(フレンド)を使ってこちら側にその配下を取り込む以外に手はない」


 睨みつけるようにプラムジャム将軍をジッと見据える。


「そうカ、それは出来なイ相談だナ」


 その言葉にカッとなった俺はプラムジャム将軍の首を掴む。しかしその首を持つ手には力が入らずそのままズルズルと手を下げその場にへたり込む。


「いいから協力してくれよ……俺は今ビースト軍からも呪術軍からも追われる身だ。でも、そんな俺でも助けようとしてくれる奴らがいる。そいつ等もこのままじゃあミュゼルワールに殺されるんだ……そんな事させるわけにはいかない」


 唇をギュッと噛む。


「な、な、な……仲間だから……」


 何を言っているんだ俺は……

 自分の顔が少し赤くなるのが分かった。

 

 ……俺はいい奴ではない。敵である勇者は勿論、自軍の仲間すら目的達成の為なら犠牲にして来た。その事に後悔しているわけでもない。だが、自分の命を張って助けようとしてくれた仲間を見殺しにして安眠できるほど図太くもない。

 そう、これは俺の為だ。俺が今後快適な睡眠をむさぼる為に助けたいと思っているにすぎない。それにミュゼルワールに掌握された世界でひっそり隠れるように生きていくなんて絶対嫌だからな。


「少シ、変わったナ軍師クン」


 ポツリとプラムジャム将軍が呟く。


「……変わりもするさ。こっちだって時間がないんだ」

「イヤ、そういう意味でハない。大事な人ヲ想う心が前面に出てきているト言いたいダけだよ」

「ふざけるな……俺は自分が一番大事だ」

「そうダな。私も私ガ一番大事ダ。だから私の命に代えてモ私の大事な物を傷つけルわけにはいかないノだ」

「また詭弁か……」


 いや詭弁は俺も同じなのかもしれないな。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。魔王軍全体を相手にする以上ミュゼルワールを倒す手段は他にないのだから。


 コンコン……

 その時ドアを叩く音が聞こえる。ポシェットたちか?


「オオ、丁度いい。今、軍師クンが目を覚ました所ダ。入ってくレ」


 ギィィ……

 木で出来たドアがゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは見覚えのある、ヤギとチワワの魔物だった。


「……っ! ヤギ爺……とミックスベリー将軍!?」


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