106話:罪と罰
「あっ、ウィズィ! 大丈夫!? 怪我はない?」
「大丈夫、余裕だよシャーマ。いやぁ~それにしても本当に逃げ足の速い男です。私とした事が仕留めきれずに逃げられちゃいましたよ、てへぺろ」
ウィズィリア様がてへぺろしながらデコボコになった大地からひょっこり顔を出す。どうやらピクルス様は無事逃げる事ができたみたいだ……良かった。
「こら! ウィズィ! 貴方ったらまた勝手な事をして、何かあってからでは遅いんですよ! それにピクルス軍師を取り逃がして、どう責任を取るつもりですか!」
物凄い剣幕でウィズィリア様を問い詰めるコックリ様。でも、ピクルス様に逃げられた事よりウィズィリア様が危険な真似をした事に対して怒っているようだった。
「そ、そんなに怒らないで下さいよ~。それに私はまだ未成年なので保護者であるコックリ様が責任を取るべきではないかと考えています! キリッ!」
「キリッ! じゃありません! どれだけ開き直っているんですか! 私は貴方の反省する姿勢を言っているのであって……」
「もういい、コックリ」
その様子を見ていたレモンバーム将軍が口を開く。
「し、しかしレモンバーム将軍」
「逃げられてしまったものは仕方がない。それに追う必要もない、奴も今の自分の立場が分かっただろう。賢い男だ、後はどこぞに消えて姿を現す事もしないだろう」
そう言って遠くを見つめるレモンバーム将軍はどこか安堵した表情に見えた。
フッ……
そして私たちを拘束していた青い光も消える。
「あ……れ? レモンバーム将軍」
「ピクルス軍師には逃げられたようだ。もうお前たちが戦う理由もないだろう。シャーマ、ニュウナイスの手当てをしてやれ」
レモンバーム将軍の指示でニュウナイス様に駆け寄るシャーマ様。その恩情に少し涙が出そうになる。でも私の罪とは別の話だ。
「……レモンバーム将軍。申し訳ございませんでした。レモンバーム将軍に刃をむけた事……そして戦争の件……どんな罰でも受ける覚悟です」
当然の報いだと覚悟を決める。
それにピクルス様を逃がす事もできた、思い残すことはない……いや、本当はモルフォさんと二人でお散歩してみたかったとか、手を繋いでみたかったとか、あるけれど……
でも、海猫の火の話を聞いたらモルフォさんも私を許してくれないだろうな。
「そうだな、ではニュウナイスの回復が終わるまでウサギ跳びでこの辺りを周っていてもらおうか」
「え? ウサギ跳びですか?」
「嫌とは言わさんぞ、このオタンチンが。当然の罰だ」
「あの……死罪ではないんですか?」
「ウサギ跳びを舐めるなよ。死よりも苦しい肉体酷使の罰だ、手抜きは許さないからな」
そう言ってレモンバーム将軍はウィズィリア様の方へ近づいて行き、ポンッと肩を叩く。
「ウィズィ、お前もだ」
「な、なんだってー!」
驚愕の表情を見せるウィズィリア様。
「正気ですかレモンバーム様!? ウサギは跳ぶものではなく食べるものですよ!?」
「こらっ! レモンバーム将軍になんて口のききかたですか! このくらい当たり前です!」
「た、体罰です! これは体罰ですよ! こんな事が知れたら私が黙っていても世間様が黙っていませんよ。考え直してくださいレモンバーム様ぁ~」
レモンバーム将軍の足にすがりつくウィズィリア様。そんなにウサギ跳びが嫌なのだろうか。
「ほらウィズィ、駄々をこねないの。連帯責任で私も一緒にやりますから」
「いやいや、コックリ様は筋肉隆々の肉体派だからいいですけど、私はか弱い美少女魔女なんですよ!? ウサギ跳びの敷居の違いを考えてくださ……ぎゃ、ぎゃああぁぁぁぁ!!」
コックリ様のアイアンクローがウィズィリア様の眉間に食い込む。ミシミシと頭蓋骨の軋む音がここまで聞こえて来る。
「ウィズィ……黙って跳びましょうね……」
「じょ、冗談ですってばぁ! だからやめて下さい! 隆々の筋肉から繰り出される握力を使ったアイアンクローだけはやめて……ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
ウィズィリア様の悲鳴が辺りに響き渡る。手足をバタバタさせて苦悶するその姿がアイアンクローの威力を物語っていた。
「ウサギ跳びで弱音を吐くなんてまだまだね、ぴょん」
その時、トレスマリア様が腕を組みながら声を発する。
「ウサギ跳びは体を鍛えるものではない、心を鍛えるものなのよ! お手本を見せてあげるわ、よ~く見ていなさい!」
そう言って地形の変わった地面の上をウサギ跳びでピョンピョンと飛び跳ねるトレスマリア様。その跳躍力たるや凄まじく、一跳躍ごとに天を突くような高さまで昇っていた。
「す、凄い……あれがウサギ跳び……私にはとても無理です」
「ウィズィ、あれは特別だから。別にあの高さでなくてもいいの。さぁ、私たちもやりますよ」
「うぅ……分かりましたよぉ」
渋々その場にしゃがみ込むウィズィリア様。そしてこちらに向かって手招きする。
「何してるんですか、サイさん。ほら一緒にやりましょうよ」
「そうですよ、サイード様。しっかり反省してもらわないといけないんですから、手を抜いたら駄目ですからね」
「は、はい」
私は手を引かれるようにしゃがみ込みウサギ跳びを始める。
その私たちの様子を見ていたレモンバーム将軍は、先ほどとはうって変わって、子を見る親の顔のような穏やかな表情だった。