105話:ビースト軍VSレモンバーム将軍
標的である俺を先頭に一列に並んでレモンバーム将軍に突撃する。九蓮宝刀で魔法を吸収できる俺が盾になって戦うのがもっともリスクが低く、且つ勝率が高いからだ。
こちらの動きを見てウィッチーズの三人もレモンバーム将軍を守るように陣形を取る。そして先陣を切る俺に向けて魔法で迎撃する為に詠唱を始めるが、俺は怯むことなく九蓮宝刀を盾にして突き進む。
(ウィッチーズたちの腕力は弱い、初撃を吸収しきれば肉弾戦に持ち込める。そうなれば圧倒的にこちらが有利!)
「三人とも、どいていろ」
詠唱中のウィッチーズを押しのけて前に出て来るレモンバーム将軍。
「で、ですが……危険でございますレモンバーム将軍」
「コックリ。奴らに手心を加えようとしているな」
「い、いえ。決してそのような事は……」
「容赦はしないのではなかったのか? この状況における容赦をしないとは私が直々に戦う事だ」
「……はい」
コックリが一人、レモンバーム将軍を止めようと必死になっていたが説き伏せられ観念したようにウィッチーズたちを下がらせる。
(マジかっ!? ……いや、これは願ってもない。このまま人質にさせてもらう!)
「サイ君とトレスマリアは左右から挟むように攻撃! ニュウナイスは上からだ! レモンバーム将軍だからと言って手を緩めるなよ!」
俺の号令を元に散開する三人。
「うぅ、レモンバーム将軍すいません。後で罰はいくらでも受けますから」
「何を泣きごと言っているの。ピクルス君の敵は私の敵、それが女なら例え将軍であろうとも恋敵よ!」
「レモンバーム将軍、今度お菓子いっぱいあげまちゅから許して欲しいでちゅ!」
三者三様に思う所はあるのだろうが、それでも俺の指示に従ってレモンバーム将軍に向かって行く。
俺は走る速度を緩めて三人を先行させる。レモンバーム将軍の標的はあくまで俺。少しでも逃げる素振りをみせればこちらを攻撃せざるを得ないだろう。俺が囮の役割をこなせばその分攻撃への対処は遅れるはずだ。
(どうするレモンバーム将軍。やはり俺を狙って来るか?)
レモンバーム将軍は向かって来る三人を気にする素振りも見せずスッと両手を広げる。そしてブツブツと何かを唱える。
あれは……
「……! まずい! 三人とも一旦離れろ!」
「え?」
「ぴょん?」
「ちゅん?」
レモンバーム将軍の目が大きく見開く。すると飛び掛かった三人が青く光り、まるで時が止まったかのようにその場でピタリと静止する。
しまった! ヘルオパンティの時の魔法か! 物体を停止させるだけじゃなく、生き物にも有効なのかよ。
「ピクルス様~……何か動けなくなっちゃったんですけど」
「わ、私が動けないですって? の、呪いよ! スッポンの呪いだわ!」
「ごめんなちゃいピクルスちゃん。こ、こんな時に金縛りでちゅ!」
いや、普通に考えてレモンバーム将軍にやられたと気付けよ。
しかしこの魔法、バッサイザ―が使っていた魔王の能力の一部と似ているが少し違う。魔王の能力は相手が一定時間動かなくなり空飛ぶガーゴイルは飛ぶことさえ許されず地面に落下した。だがニュウナイスは今、翼を動かしているわけでもないのに空中で静止している……当然喋っているので時間が停止しているわけでもない……
三人の周りを包むように青く光る魔力を見ながら俺は一つの結論を導く。
「魔法の正体は防壁……か」
俺の呟きにレモンバーム将軍は顔色一つ変えずに答える。
「よく分かったな。その通りだ」
やはりそうか、広範囲に展開できる防壁。しかも保護される側も動けなくなる程の強固な魔力の殻。物質停止などではなくその殻によって動けなくなっているって事か。
「……随分と甘い事をするじゃないですかレモンバーム将軍」
「今回の魔王様からのご命令はあくまでピクルス軍師、貴様の処刑だ。こいつ等には後からお仕置きが必要だがな……それに、甘いかどうかはすぐに分かるさ」
そう言いながら一歩前に出るレモンバーム将軍。
「魔法のカラクリに気付いたからと言って何かが出来るわけでもないからな」
「……いえ、そうでもないですよ」
ビュン!
俺は手に持っていた九蓮宝刀をニュウナイスに向けて投げる。
「なんだと!?」
最大の武器であり盾でもある九蓮宝刀を手放した俺に驚き、一瞬動きの止まるレモンバーム将軍。
「ニュウナイス! 等価硬化だ!」
「は、はいでちゅ!」
自分に向かって飛んでくる九蓮宝刀をジッと見つめるニュウナイス、その体は白銀色に輝きを放つ。
ギィィィィン!
ニュウナイスに見事にヒットする九蓮宝刀。しかし同硬度になったニュウナイスは傷を負う事なく自身を束縛していた魔力の防壁だけを破壊する。
「う、動けまちゅ! 動けまちゅよピクルスちゃん!」
「ニュウナイス! そのまま突進しろぉ!」
超硬度となったニュウナイスが猛スピードでレモンバーム将軍へと突撃する。
よし! こちらの面子で考え得る最強の威力の攻撃! これならレモンバーム将軍でも……
「流星破壊……」
ピュン……
レモンバーム将軍の右手から閃光のような光が走る。
自身に向けられた脅威に対して放たれたその光は一瞬にしてニュウナイスの右翼を奪う。
「で……ちゅ?」
ドゴォォォォォン!!
光は遥か遠くで大爆発を起こす。
訳も分からぬまま右翼を失い地面へと落ちるニュウナイス。
ば、馬鹿な! 焼き切っただと!? 今のニュウナイスは白銀色の鉱物の……いや、それ以上の硬度なんだぞ!? それに今の光って……
「このオタンチンが。大人しくしていれば痛い目を見なくて済んだものを」
「はわわ……ニュウナイスちゃん……こ、コックリ様。何なんですか今の!?」
「……流星破壊。レモンバーム将軍のみが扱う事ができる最強の攻撃魔法……まさか使用するなんて」
「でもレモンバーム将軍、ちょっと悲しそう……」
……今の光は間違いなくバッサイザ―が戦争の時に放ったレーザー砲と同質の物。さっきの停止魔法と言いコイツ!
「魔王の力……」
「よく、知っているな……」
「もしかして魔王の娘か何かかよ」
「そんなわけが無かろう」
そう言って少し表情が緩むレモンバーム将軍。
「私たちダークエルフは独特な魔力を持つ希少種。それ故に人間たちから恐れられ迫害を受けて来た」
「……」
「以前は同胞の数ももう少し多かったのだがな。人間に淘汰されていく仲間を横目に必死で逃げ回る事しかできない自分の力の無さを呪ったよ……だがな、そんな私たちに魔王様は力を与えてくれた。魔力を自在に操る術を、人間と戦えるだけの力を」
……ダークエルフ属の先祖が作ったという水晶の城。それに呪術軍の魔法でしか入る事ができない魔方陣の入口。あれは勇者対策というよりも人間たちから身を守るために考え出された知恵だったのか……
「だから魔王様に牙をむく者は許さない。そして仲間を陥れるような奴はもっと許す事はできないな」
また厳しい顔つきになったレモンバーム将軍はゆっくりと俺に右手を向ける。丸腰になった俺にレモンバーム将軍の攻撃を防ぐ手段はない。
(ここまでか……)
不幸中の幸いはレモンバーム将軍がサイ君たちを殺すつもりがないって事か。散々利用しておいて、最後も巻き添え食らわせて死なせるのは流石の俺も気が引けるからな……
死を……覚悟する。
不思議と命乞いをしようとは思わなかった。因果応報……俺にピッタリの言葉だからな。
ズガガガガガ!!
その時、俺の目の前の地面が割れて隆起する。
(な、なんだ!?)
「ふっふっふ~。レモンバーム様、ピクルスさんのとどめは私に任せてもらえませんか?」
「ウィズィ、下がっていろ」
「え~いいじゃないですかぁ。こんな裏切り者、レモンバーム将軍が直接手を下すまでもありませんよぉ。ここは正義の味方ウィズィが責任を持って始末をつけます!」
そう言って意気揚々と前に出て来るウィズィ。どうやらこの地面の隆起もこいつの仕業か。
「悪党ピクルス! よくも今まで騙してくれましたね! 私の腹にボディブローを打ち込んだ時から怪しいとは思っていたんですよ」
「いや、それ俺じゃねーから」
……なんかこの馬鹿に殺られるのはやっぱり嫌だな……
「問答無用! 怒土土動!」
ウィズィの魔法で辺り一帯の地面が一斉に隆起して断層ができる。
「こらウィズィ! レモンバーム将軍が下がれと言っているのですから下がりなさい!」
「ふははは! どうですか私の超魔法の味は! ほーれ、ほーれ!」
「駄目ですコックリ様、ウィズィったらすっかりトランス状態です」
ぐっ……この馬鹿……無茶苦茶しやがって。
内在魔力だけならレモンバーム将軍をも凌ぐと言うウィズィの魔法は凄まじく、あっという間に目に見える範囲の地形が全て変わってしまった。
「ウィズィ、いい加減にしなさい! 地図を書きかえるつもりですか!」
コックリの言う通り一帯の地面は何層にも分かれてしまい、数分前と同じ場所とは思えない程にデコボコになっていた。お蔭で俺の近くに居るウィズィ以外はすでに視認ができない上層へと離れてしまった。
そう、視認ができない程に……だ。ウィズィ?
「ウィズィ~無事~? 危ないから戻って来なよぉ……」
シャーマの声も隆起した地面の上層から聞こえて来る。
ウィズィを……俺を見失っている?
「ウィズィ……お前まさか……」
「なんですかその顔は、ピクルスさんを仕留めるのに私一人の力で十分という事ですよ!」
そう言って杖を掲げ詠唱を始める。
「罪よ、罰よ、天より授かりし愚者の理よ、光と共に降臨せよ。天啓に導かれ闇を晴らせ……」
くっ、やっぱりいいとこ持って行きたいだけかよ。
「微笑みの傀儡、嘲笑の木偶、飾り立てる代弁者よ。主を放棄し淵底の湖へと帰れ……」
ん? 随分長いな、それにコイツって確か詠唱しなくても魔法使えるはずじゃ……
「心に巣食う伏魔殿、鎖に縛られし薄月夜、えーと……奈落へと落ちし咎人を裁け……えーと……」
「おい、ウィズィ?」
「あーもう、何してるんですか! 早く逃げないと私の詠唱が終わって世界を滅ぼすクラスの超魔法が炸裂しちゃいますよ!」
そう言って早くどこかに行けと杖を振る動きを見せる。
「この魔法が炸裂しちゃったらサイさんたちの苦労も水の泡ですね、ニュウナイスちゃんなんか怪我までしたのに。本当に無能な軍師さんには困ったものです」
そっぽを向きながらウィズィは続ける。
「言い訳があるんだったらまず生きてください! ほらほら、しっしっ!」
「……ちっ。まったく、その通りだな」
俺はウィズィに小さく頭を下げて、盛り上がった地面に隠れるようにその場を離れる。
無能な軍師か、耳が痛いな。確かにこのくらいの事で諦めるなんて無能と言われてもしょうがない。
俺は必死に南へと向かいながら心に誓う。
(この勝負、ミュゼルワールの一人勝ちで終わらせてたまるかよ)