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104話:ウサギの耳が長い理由

 ミュゼルワールが俺にバッサイザ―を探索させた理由……その依頼自体には理由など全く無かった。

 奴の本当の目的は俺をミックスベリー城から……いや、魔王軍から遠ざける事。もっともらしい依頼を出して俺の注意を外に向ける……くそっ! 完全に油断した。まだ命まで狙われる事はないと高を括っていた!


「えっと……何を言っているんですか? レモンバーム将軍」


 緊張感から張り裂けそうな程に心臓が大きく脈打つ。悔しさと恐怖で唇を震わせながら俺は精一杯惚けてみせる。


「見苦しい真似はよせ、この火に見覚えがあるだろう?」


 レモンバーム将軍が取り出した箱の中には今にも消えそうな小さな火種が揺れていた。


(海猫の火……)


「お前のその剣、魔力を吸収するらしいな。ヘルオパンティとの戦いでは我々も随分助けられたと聞く」

「……」

「そしてこの海猫の火、ビースト軍が統治するブラッドレスリー大陸の物らしいな。灯台を照らす消えない火だとか」


 ……やはり、バレている。少なくともミュゼルワールは戦争の時の俺の動向をチェックしている。


「そしてこの火は魔力で出来ている、と」


 駄目だ、本当の事だけに状況証拠が揃いすぎている。


「アールグレイ城からあがった消えない火事が気がついたらあっという間に鎮静化していた。と言ういまいち要領を得なかった兵たちの戦争報告とも一致するが、これはただの偶然かピクルス軍師?」

「……」

「何か答えたらどうだ!」


 レモンバーム将軍が声を荒げる。圧倒的な気迫を前に俺はその場で硬直する。


「ちょ、ちょっとレモンバーム将軍、落ち着いて下さい。ピクルス様も黙ってないで何か言ってくださいよ」

「……そういえば戦争の際に海猫の火を用意したのは貴様らしいなサイード」


 突然の事に動揺しているサイ君に話を振るレモンバーム将軍。


「え、あっ……はい、そうです」

「貴様は何か知っていたのではないのか? ピクルス軍師からどんな指示を受けていた」

「待て、サイ君は関係ない」


 俺はそう言ってサイ君の前に立つと、すぅっと大きく息を吸って覚悟を決める。

 どうせ呪術軍だけでなくビースト軍にもミュゼルワールから情報が行き渡っているだろう。奴の事だ、俺がこの場で苦しい言い逃れをして回避できるような伝え方はしていないはず。と、なれば俺に逃げる場所などない、帰る場所も、フカフカのソファーも、安眠枕も、もう何もない。

 一縷の望みをかけるなら、ここは大人しく捕まってミュゼルワールに命乞いするしかない。ここで抵抗しなければ殺されないという保証はないが……


「すいません。私、知っていました」


 ……なに?

 後ろからサイ君が意外な言葉を発する。


「……それは、どういう意味だサイード。貴様もアールグレイを陥れた共犯者という事か?」

「……海猫の火を何に使うかなんて考えもしてなかったです。でも戦争の後、火の手があがる少し前にピクルス様がアールグレイ城に向かうのを見たとモルフォさんから聞いて……」


 うつむきかげんで言葉を絞り出すサイ君。そして決意したように顔をあげる。


「それでも私はピクルス様を信じます! 何かの間違いだと。いえ、もしレモンバーム将軍が仰られることが本当だったとしても、火を用意したのは私。私の罪は私が償います」


 サイ君……


「ピクルス軍師を庇うつもりか? これは魔王様からのご命令だ。つまり貴様の行為は魔王様へ牙をむく事と同義だぞ」


 その言葉を聞いたニュウナイスとトレスマリアも俺を守るように前に出て来る。


「ピクルスちゃんはそんな人じゃないでちゅ。僕は魔王様に異議申し立てをするでちゅ!」

「そうね、悪いけど私、ビースト軍所属だから。いくら将軍だろうと魔王様だろうと関係ないわ。私へ命令できるのはピクルス君だけよ」


 ニュウナイス、トレスマリア……


「……私に刃向かうつもりか? それがどういう事か分からぬほど馬鹿ではあるまい?」


 レモンバーム将軍の右手から強烈な魔力が迸る。


「馬鹿じゃないでちゅ! レモンバーム将軍が言っている事は良く分かってないでちゅけど、ピクルスちゃんを苛めているのは分かるでちゅよ!」

「ニュウナイスの言う通りよ。私たちは今、言葉の意味は良く分からんがとにかく凄い不快だ、状態なのよ」


 堂々とレモンバーム将軍に宣言する二人。


 はは……意味分かってねーじゃねーか。


 死と隣り合わせの緊迫感の中でついつい笑みがこぼれる。 

 ……本当に馬鹿だな。こいつ等は……

 俺は今の今までこいつ等に殺される事も覚悟していたというのに……そんな考えが浮かんだ俺が馬鹿みたいだ。

 損得勘定で動かないこの馬鹿たちはミュゼルワールの計算も、俺の計算すら及ばない。

 三人の姿を見てグッと拳に力を込める。


(このまま降伏しても殺されるか奴隷扱いの一生のどちらかだ。それなら……足掻いてみるか)


 相手は将軍とはいえ魔法を主とする呪術軍、九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を装備している俺なら相性はいいはずだ。


「サイ君、ニュウナイス、トレスマリア、訳は後で話す。今は俺に協力してくれないか?」


 俺は頭を少し下げながらお願いする。


「当然ですよ、ピクルス様」

「ピクルスちゃんの頼みなら聞かないわけにはいかないでちゅね!」


 相手は将軍、反逆者になるというのに即答で返ってくる元気のいい返事。


「ピクルス君、ウサギの耳がなんで長いか知ってる? それはね……」


 トレスマリアは自分の手でギュッと両耳を掴み縛る仕草を見せる。


「相手を絞め殺す為よ!」

「いや、絞め殺さなくていい。というか絞め殺すな。目的はこの場を無事逃げ切る事だからな」


 俺はレモンバーム将軍を見据えて剣を構える。


「どうやら、闘る気らしいな」

「えぇ~本当にピクルスさんやサイさんたちと戦うんですかぁ?」

「残念ですピクルス軍師、しかしレモンバーム将軍を守るのが私たちの使命。容赦はしません」

「もう少し色々なお話したかったな……ピクルス軍師」


 グラン峡谷北の湖畔で向かい合うビースト軍と呪術軍。ピリピリとした空気の中に殺気が入り混じり、その圧によって石がパチンと弾ける。

 その音が合図となり両軍が動く。


「行くぞ……皆、死ぬなよ」


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