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102話:壊れた歯車

 修道女は腰に携えた短剣を抜き切っ先をこちらに向ける


「その子を放しなさい!」


 鋭い目つきで威嚇しながらこちらへゆっくりと近づいて来る修道女。どうやら俺たちがウィズィを襲っていると勘違いしているようだ。無理もない、ウィズィはエルフとのハーフだが見た目は普通の少女だからな。

 しかしこの気迫、足運び、どうやら顔に似合わず中々の手練れのようだ。俺もこの世界で何人もの戦士を見て来たが一般兵のそれとは違う、勇者に仕える事ができる実力を持った人間だ。この人数相手でも並の魔物なら倒す自信があるのだろう。

 ……だが今回は相手が悪かったな


「捕えろ」


 俺がそう言って右手を軽く振るとニュウナイスが修道女の持っていた短剣を一瞬にして奪い取る。


「え……嘘!?」


 あまりのスピードの驚く修道女、そして素早く背後に回ったサイ君が腕を絡め取ってそのまま地面へと押し倒す。


「きゃっ!」


 必死に抵抗する修道女だったがサイ君の腕力に敵うはずもなく、頭を押さえつけられて完全に身動きが取れなくなった。


「ピクルス様、この人間どうしますか?」

「そうだな……」


 片膝をついて修道女の顔をまじまじと見つめる。

 その瞬間、首を精一杯伸ばして修道女が俺の鼻に噛みつこうとして来る。


「うぉ!」


 咄嗟に尻餅をついて躱す。

 ちっ、危ねぇな。俺は少しムッとして修道女の黒髪を乱暴に掴む。


「……随分と凶暴なんだな」

「魔物に言われたくありません! 汚い手で触らないで、爪を剥ぎますよ!」


 そう言ってまた興奮気味に暴れ出す。


「ピクルス様~。この子、結構力ありますよ。危ないから離れていてください」

「貴方たち魔物は悪魔です! 王都カレンダだけでは飽き足らずそんな小さな女の子まで手に掛けようなどと……そんな事絶対に許しませんから!」

「ほう、許さなければどうするというんだ?」


 俺は少し強い口調で言い返す。

 しかし気の強い女だな。王都カレンダの生き残りか? 性格は好みじゃないが見たところ僧侶のようだし、結構可愛いから俺専属の回復要員として城に連れて帰ってもいいが……うーん。

 夢にまで見た人間の女の捕虜……なんだけど……いまいち気乗りがしないな。


「ピクルスさん、サイさん、女の子は優しく扱わないと駄目なんですよ!」


 横で一連のやり取りを見ていたウィズィが口を挟む。


「そうでちゅね~。反省しているようでちゅし、許してあげたらどうでちゅかピクルスちゃん」


 どこが反省しているのかさっぱり分からないが……まあいい、今はそれどころではないからな。


「サイ君、放してやれ」

「え、いいんですか?」

「構わないよ。命拾いしたな、女」


 俺はその場でスッと立ち上がる。


「ま、待って……その子を放しなさい……」

「勘違いするなよ女、発言を許した覚えはないぞ」

「わ、私の命にかえてでもその子だけは……」

「おい、お前に何か権利があるとでも思っているのか? 弱者は強者に屈服するしかない。そうやって殺し合ってきたんじゃないか、人間と魔物(おれたち)は。そして今はお前が弱者だ」


 俺は九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を修道女の喉元につきつける。


「今、お前の命がある事さえ俺の気まぐれ。命を差し出す権利すらないんだよ。分かったら修道女らしく家で震えて神にでも祈ってろ」


 悔しさのあまり泣き出す修道女。その様子を一瞥する事もなく、場を後にしようとしたその時。


「う……私にもっと力があれば……チェーンソー様ぁ……」


 涙声で発された言葉に足が止まる。

 チェーンソー様だと!? まさかこいつ。


「おい、女。貴様バッサイ……」


 そこまで言った所でグッと口をつぐむ。


「どうしたでちゅか? ピクルスちゃん」

「いや、なんでもない。行くぞ」


 ……なるほどな、そう言えば先の戦争の時に勇者バッサイザ―には何人かのパーティーメンバーがいると報告があった。この修道女、恐らくその一員だろう。

 チェーンソーという呼称が出て来るという事は、仲間内でバッサイザ―はその武器をなぞってチェーンソーという別名で呼ばれていたのかも……

 こんな場所にこの女が一人でいたという事は、この地で行方をくらませたバッサイザ―を探しているのか? どちらにしても覚悟のありそうな女だ。無理矢理口を割らそうとしても情報を漏らす事はないだろう。それならば……


 俺は泣き崩れる修道女が見えなくなるのを確認してニュウナイスに指示を出す。


「ニュウナイス、上空から先ほどの女を追え」

「でちゅ?」

「どこか拠点としている場所があるはずだ、特定できたら報告を頼む」

「それなら直接さっきの女の子に聞けばいいんじゃないでちゅか?」


 教えてくれるわけないだろ。


「いいから頼む。くれぐれも見失うなよ。俺たちはキャンプ地で待つ」

「了解でちゅ」


 ニュウナイスはピシっと敬礼すると空へと飛び立って行った。


「さっきの子に何かあるのですかピクルス様?」

「ん? あぁ。ちょっとな」


 よし、これでひとまず成果としては十分だろう。バッサイザ―は見つけられなかったが、その仲間と思われる人物の拠点を発見したとなれば仕事をこなした証明になる。


「さあ、もう日も暮れる。一旦戻るぞ」




 キャンプ地に戻った俺たちはいつものように火を囲いながらサイ君の作った料理で腹を満たす。

 今日の献立は、わかめごはん、白菜とベーコンのスープ、春雨サラダ、冷凍みかん、牛乳。


(相変わらず学校の給食みたいだな……)


「いやぁ、やっぱりサイさんの料理は絶品ですね! お粗末!」


 ポンッと腹鼓をうつウィズィ。


「ウィズィリア様はいつもいい食べっぷりですね」

「はい、育ち盛りなので!」

「じゃがいもが手に入ったので明日はカレーですよ」

「わーい、楽しみです」


(明日金曜日だっけ?)


 その時、夕闇の中から声がする。


「残念ね、明日は精力を養うためにスッポンよ!」


 振り向くとスッポンを片手に威風堂々と立っているトレスマリアの姿があった。


「あ、おかえりなさいトレスマリア様」

「ご苦労さまです、なんですかその亀? とっても美味しそうじゃないですか!」

「戻ったかトレスマリア」

「えぇ、寂しい思いをさせてごめんねピクルス君。でも大丈夫、私とスッポンがやって来たわ」


 スッポンの足を持ってブンブンと振り回すトレスマリア。仮にも玄武なんだから亀は大事に扱えよ。


「野外で二人きりのキャンプ。そしてスッポン……過ちが起きる準備は整ったわ」


 過ちって準備して起こすものだったのか?


「そんな事よりトレスマリア。俺が頼んだ件はどうなった? まさか途中で放り出して来たわけじゃないだろうな?」

「当然よ、私は愛の戦士、仕事も愛しているわ。特にピクルス君の頼みならね」


 亀も愛せよ。


「ピクルス君に言われた通りアールグレイ城があった場所付近を中心に私の拡散聴力(イコライザー)で探したわよ」

「で、どうだった?」


 俺は身を乗り出してトレスマリアに問う。


「見つけたわ、片言で機械的に喋る変な人」


 よし、やった! 予想通りだ!


「そうか、良くやった。それでその人物には近づいていないだろうな?」

「ええ、言われた通り遠くから確認しただけ。でもどこかで聞き覚えがあるような声だったのだけれど……」


 ふっ……


「気のせいだトレスマリア。それでその人物はどこに?」

「アールグレイ城跡から北に少し行った所に小さな森があるわ、どうやらそこに居るみたいね」

「そうか……」


 ついに見つけたぞプラムジャム。当然ポシェットたちも一緒だろう。

 ミュゼルワール、残念だったな。流石のお前も俺とポシェットがメカチックシティの戦いの後、会っていた事までは知るまい。

 これで形勢逆転だ。エルグランディス計画の発案者であるお前が相手なら、ポシェットは喜んで俺に力を貸すだろう。お前が作った大量の兵たちはポシェットの力でそっくりそのまま敵になる。いくら強かろうと数の暴力には勝てまい、無様に死んでろ。


 勝利を確信し口元が緩む。


「ピクルスちゃ~ん」


 丁度いいタイミングで夜の空からニュウナイスが降下して来る。どうやら先ほどの修道女の居場所を突き止めて戻ってきたようだ。


「ニュウナイスか、早かったな。で、あの女が拠点にしている場所は分かったのか?」

「はいでちゅ!」


 今となってはどうでもいいがな。ここまで来ればミュゼルワールへの建前など不要。後はウィズィだけ連れてポシェットに会いに行くだけだ。

 ……まあ、せっかくニュウナイスが仕事をこなしてくれたんだし労っておくか。


「良くやったぞニュウナイス。何か変わった事はなかったか?」

「特にはないでちゅけど……あっ」

「……? どうした?」

「そういえば、この前の戦争の時にお空を飛び回ってた勇者もいたでちゅよ」


 ……なんだと?


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