100話:勇者捜索
「ミックスベリー将軍ただいま戻りました」
魔王城から戻った俺はその足でミックスベリー将軍のいる将軍の間へと帰還の報告に来ていた。
「ご苦労だったなピクルス。魔王様はお元気だったか?」
「……はい、お元気でした。初めてお会いして我々との違いに少しビックリしましたが」
「はは、どの種族にも属さないからな魔王様は。しかし以前は我々ビースト軍に近いお姿をされていたのだぞ」
「そうなんですか?」
「お前が生まれるより前の話だ。余も子供の頃に父に連れられて何度も魔王城に遊びに行っていたからな。その頃はよく魔王様に遊んでもらったものだ」
懐かしそうに、そして嬉しそうにミックスベリー将軍は遠い目をして話す。
しかし、こいつ等って魔王が記憶無くしている事に気付いているのか? ……気付いてるわけねーよな。俺が急にこのフェレットに転移してきても誰も何も気付かないくらいだ。ミュゼルワールにしてみればさぞチョロかった事だろう。
くそ! 俺とあいつがこの世界に来た順番が逆なら今頃俺が……いや、そんな事を考えても仕方がない。今俺が考えるべき事は他にある。
「ピクルスよ。疲れているのではないか? 顔色がすぐれないぞ?」
「そんな事は……少し緊張しただけです」
「無理もないか。2、3日はゆっくり休め、このところ働き詰めだろう」
本来なら言われなくても休むところだ。2、3日と言わず2、3ヵ月寝て過ごしたい。だが俺はあの糞エルフからしっかりと仕事を貰って帰って来たのだ。
(あの野郎……俺を顎で使いやがって……)
「どうしたのだ?」
「いえ、そうさせて頂きたい所なのですが実はミュゼルワール……殿から一つ依頼を受けておりまして」
「ふむ、急ぎの依頼なのか?」
「……はい」
その仕事内容は『勇者捜索』。そしてその勇者とはあのイーシオカ大陸の戦争でチェーンソーを振り回していた勇者の事だった。男の名はバッサイザ―というらしい。チェーンソーの勇者、いや何代目かのチェーンソーの勇者というべきなのだろうか。
過去に人間の……異世界から来た者の武器として何度も利用されていたであろうチェーンソー。しかし魔物はおろか人間にもほとんど認知されていない、理由は多分ミュゼルワールだろう。
今の魔王は自分を扱える者に寄って行く……そしてその使用者を飲み込んで自分の力を取り戻して行くとも言っていた。つまり異世界から来た勇者は魔王を追っていれば把握できるという事になる。マークさえできれば情報を拡散させない手段などいくらでもあるだろう。
例えば奴が書いた『勇者観測記』には当然の事ながらチェーンソーの勇者情報など記していない。あの観測記はミュゼルワールがこの世界に来る前の勇者の情報も載っているくらいだ、魔物を使ったデータ収集だけでなく恐らく様々な文献を掘り起こして作成されている。そんな信憑性の高い書物だからこそ、載っていない物は「ない」はずなのだ。
今にして思えば『勇者観測記』は転移者ではない勇者をリスト化する為に作成された物なのかもしれないな。
(情報量の差が違いすぎる。今まで奴の著書を元に作戦を立てる事も多かったからな。それが虚偽も含まれている可能性もあるとすれば……ちっ、確かに奴の言う通りこの世界にいる時間の差はデカいな)
だからと言って白旗を上げる訳にはいかない。奴がいる限り例え長期休暇を取ったとしても俺に心休まる時なんてないからだ。
心配そうにこちらを見ているミックスベリー将軍に俺は取り繕った笑顔を見せる。
「心配しないで下さいミックスベリー将軍。大した仕事ではありませんから」
「ふむ、そうなのか……」
「それで今回の仕事、呪術軍ウィッチーズのウィズィリアをお供につけたいのですが、レモンバーム将軍の許可を取っていただけないでしょうか?」
「それは構わないが、ビースト軍では難しい仕事なのか?」
「そういうわけではないのですが、魔法が使える方が効率が良いのです」
本来ならばシャーマといちゃいちゃ道中が望ましいのだが、ウィズィを選んで連れて行くのには理由がある。
俺が切り札を手に入れてミュゼルワールを抹殺しようとした時にネックになるのが魔王城への侵入だ。あそこに入るには呪術軍の呪文が必要だからな。
そして呪術軍の中でもっとも頭の悪いウィズィこそがその適任者と言える。あいつなら「魔王に会わせてやる」の一言で、場所さえ教えてやればホイホイ魔王城への扉を開くだろう。……それに今回はそれ以外でも良識が無い方がいいしな。
「分かった。レモンバームには連絡を取っておこう、ウィズィリアが合流するまで少しでも休むのだぞ」
「はい、ありがとうございます」
しかしミュゼルワールの奴、勇者バッサイザ―を探せとはどういう事だ? 使用者は魔王に飲み込まれるんじゃなかったのか? だからこそ魔王を回収できたんじゃ……
あの勇者、戦争の時は先陣切って仲間を守る反吐が出る程のお人よしに見えたが、もしかしたら自身の危機を感じて途中で逃げ出したのかもな……
(まあいいか、俺には関係のない事だ)
俺は口元を緩める。
いいだろう。望み通り勇者を探して来てやるよミュゼルワール。ただし「その」勇者を見つけた時がお前の最後だ。
「ところでピクルスよ。魔王様とはどんな話をしたのだ?」
ミックスベリー将軍が興味深そうに尋ねてくる。
魔王との話? 何の役にも立たない恋愛テクニックを語っているだけだったが?
「えっと……生物同士の繋がりの大切さを教えて頂きました」
「そうか、魔王様は優しいお方。それ故に我々には想像もつかないような苦悩もあるはずだ。ピクルス、もし良ければこれからも魔王様の力になってやってくれないか?」
深々と頭を下げるミックスベリー将軍。
まったく何を言っているんだか……それは頼むような事じゃない。魔物の頂点に君臨する魔王を死んでも守れと言えばいいだけの話だろ。
「……ミックスベリー将軍、魔物が魔王の力になるのは当たり前です。当然これからも魔王軍の為に全力を尽くしますよ」
少しイラついた俺は吐き捨てるようにそう言って、軽く一礼だけして将軍の間を後にする。
(ちっ、こんな甘ちゃん馬鹿ばかりだからミュゼルワールなんかに魔王軍を掌握されるんだ)