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98話:真相

 今から百年程前、この世界は人々の争いが絶えない凄惨な世界だった。

 権力者は自国の繁栄の為に強力な武器や魔法の開発に取り組み、我先にと勢力の拡大を図った。屈強な戦士も、火や氷を自在に操る魔法使いも、全ては人を殺す為の道具であり、その道具を最大限利用した勝者が人の屍の上に大国を築いて行く、そんな日々の繰り返し。

 そして人間たちが自滅の道を歩む中、魔王という生命体は誕生した。


 魔王は強かった。自らの強さだけでなくその強大な魔力を使い動物や物体に別の命を吹き込む。魔物となった彼らは魔王の手足となり人間たちを襲った。

 その強力で異形な敵に対して、内輪で争っている場合ではなくなった人間たちは徐々にその力を合わせるようになる。そして魔王に対抗しうる素質をもった人間は勇者と呼ばれ人々の希望の象徴となったのだ。



「興味がなさそうだなピクルス軍師。当然か」


 ミュゼルワールはそこまで話した所で俺に話しかけてくる。

(……魔王の存在が世界のバランスをとっているって事か? まあ確かに興味はないな)


「さて、魔王が何故この姿になったのか、だが……」


 チェーンソーの魔王を冷めた目で見ながらミュゼルワールは話を続ける。



 人間たちも必死の応戦を見せたが魔王の力に及ぶものではない。数十年の戦いを経て、魔王軍の勝利はほぼ確実なものとなっていた。

 しかし魔王は人間を滅ぼす事はしなかった。元々滅ぼす気がなかったのか、それとも魔物だけになった世界が人間と同じ道を歩むのを恐れたのかは分からない。ただ人間の脅威であり続ける事を魔王は選んだ。

 そしてその決断は自分の生み出した魔物たちを見殺しにする事も意味していた。



「結果、苦悩した魔王が取った行動は、自分の殻に閉じこもる。というものだった」

「……その殻が……ソレですか?」

「そう言う事だ」


 塞ぎこむとかじゃなくてチェーンソーに閉じこもっちゃうんだ、魔王は……

 

「チェーンソーの中に入った魔王は次第に自分の記憶を失っていったらしい。そしてその力も……私が会った時にはすでにこんな状態だったな」

「会った時にはすでにって、ではミュゼルワール……殿はどうやってそんな情報を知り得たのですか?」


 俺の問いにミュゼルワールは古びた本を懐から取り出し、こちらに放り投げる。


「これは?」

「魔王の日記帳だ」


 チェーンソーなのに日記書けるのかよ!?

 意外と達筆な字に感心しつつ、俺は古びた日記帳をパラパラと捲る。



 ……○月○日


 今日は楽しみにとっておいたプリンを食した。

 朝から並んで購入しただけあって絶品の味だ。

 お一人様一つ限りなのがとても残念。

 今度皆で買いに行こう。


 ……○月○日


 冷蔵庫からプリンが無くなっている……何故だ?

 まさか勇者の仕業か? 

 許さん、許さんぞ勇者どもぉ……


 ……○月○日


 最近何か大事な事を忘れている気がする……歳かな。

 四大将軍会議のお土産にと今魔王軍で評判の美味しいプリンを買えるというお店に出かけた。

 散々並んだ挙句お一人様一つだと言われた。

 この前も言いましたよね? と喧嘩口調の店員と口論になったが言い負かされて結局一つだけしか買えなかった。

 さて、このプリンをどう四等分するか明日の会議で議題にしよう。

 


 魔王の苦悩がしょっぺぇぇぇぇ!! ちょっとミュゼルワールの話と温度差があるんですけど!?


「な、なるほど……確かに記憶は曖昧になっているようですね」


 そもそもチェーンソーが一人でプリンとか買えるのか? 目立ちまくりだろ。

 ……って、いやいや、俺が知りたいのはそんな事じゃない! なんで魔王が勇者側についてるのかって事だ!


「ミュゼルワール……殿。魔王様がいくら記憶を失っていると言っても、敵である勇者側につく理由にはならないのでは?」


 ミュゼルワールは薄気味悪い笑みを浮かべて答える。


「ああ、その通りだピクルス軍師。別に勇者側についているわけではない。魔王は私たちのような転生者についているだけなのだからね」


 は?


「仰られている意味が良く分かりませんが?」


 コツコツと足音を立てて俺の方へと歩いて来るミュゼルワール。


「今の魔王は転生者に寄って行くのさ。他者の力を借りないと話す事もできないのだから当然とも言えるな。そして一定回数使われた魔王は使用者を飲み込み力を取り戻していく……この前の戦争を見る限りでは力自体は大分戻っているようだな」

「……」

「私はね、魔王に復活されては困るんだよ。魔物たちも無能な魔王に仕えるよりも、より優秀な者の下で働く方が幸せだと思わないか?」


 無言の俺に構う事無くミュゼルワールはそのまま話を続ける。


「しかし魔王の力をこのまま捨てるのも惜しいと考えている。コレは是非有効活用したいからね」


 親指を突き出して後方で玉座に刺さっているチェーンソーを指さす。


 ……こいつの言っている事が本当なら確かに同調できる部分もある。意味の分からない魔王を上に立たせるのに反対な事も、その力を利用できるなら利用したいという事も、分からなくはない。


(でもそれはお前が上に立つって意味だよな?)


 いけ好かないエルフのサクセスストーリーに協力する義理がどこにある? そもそも今話している内容を100%信じる理由も意味もない。

 一つ言えるのは、これでこいつを殺す理由は十分にできた、という事だ。魔王がこの調子なら当初の目論見通りミュゼルワールを始末すれば俺の天下だ。他にも色々知っていそうだが真偽の確認もできない情報はいらない。あいにく友達になれそうもないしな。

 俺はゆっくりとミュゼルワールとの間合いを詰める。そして相槌を打ちながら九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)に手を掛ける……


(ビビるな! 殺れ!!)


「へぇ~……そうなんです……」


 語尾を伸ばしながら間合いを測る、そして……


「ね!!」


 掛け声と同時に九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)でミュゼルワールの首を狙う。

 無防備な状態のミュゼルワールの首を一撃で落とす……はずだった。


 キィィィン……


 金属と金属がぶつかり合う甲高い音がする。

 な……に?

 ミュゼルワールの纏った漆黒の服がまるで生き物のように鋭く尖り、俺の斬撃を襟元で防いでいた。


「やっと尻尾を出したか、フェレット」


 ギロリと鋭い目つきで俺を睨みつける。

 俺は咄嗟に距離を取ろうとしたが素早く首元を掴まれ地面に叩きつけられる。


「ぐふっ!」

「用心深い男だな、いや臆病な男と言った方がいいのか。これだけ理由を作ってやってやっと動いたか……ようやく話が前に進むな」


 ミュゼルワールは黒いナイフを取り出して俺の喉元に切っ先を突き付ける。

 

(ぐっ……黒いナイフだと!? それにこいつの服って……)


「おや、気付いて貰えたかな? お察しの通りこれは人間の装備品、しかも伝説と呼ばれる類の極上品だ」

「なん、で……」

「まさか自分だけの技能だと思っていたのか? 私たちはこの世界の制限をあまり受けない、それだけの話さ。だからこそ魔王を武器として扱う事もできる……いや、もしかしたら魔王に選ばれてこの世界に呼ばれているだけなのかもしれないな……」


 この……くそが! 手ぇ離せ、苦しいだろ……


「理解してくれたと思うが、君のアドバンテージはないよ。知識も装備も戦闘能力も私には遠く及ばない。私が何十年この世界にいると思っている? ここで過ごした時間の差がそのまま力の差だと思ってくれて構わない。後は君がどうすべきか……分かるね?」


 優しい口調で諭すように問いかけるミュゼルワール。しかしここで抵抗しようものなら一突きで喉を搔っ切られる、そう確信できるほどの冷たい声だった。

 その時、扉の向こう側から声がする。


「コックリでございます。今、何か大きな音がしたようなのですが、魔王様はご無事ですか!?」


 こ、コックリ……


「どうやら邪魔が入ったようだな」


 ゆっくりと俺の首から手を離すミュゼルワール。


「げほ、げほ……」


 目の前が白くなる……酸素が足りない。くそ……


「……私はこの世界を完全に掌握したいと思っている、それは魔王にもできなかった事だ。しかしその為には色々と準備が必要でね、片腕として動いてくれる者がいると非常に助かるのだよ」

「……っミュゼルワール……俺に何をしろと?」

「なぁに、必要な時に私の指示通りに動いてくれればそれでいい、君にも悪い話ではないはずだ。それにこれは忠告ではなく脅迫だ。私に従う以外の選択肢は君にはないよ」


 ニコニコと笑いながら俺に手を差し伸べる。


「せっかくの同郷だ。心細い異世界生活、仲良くやっていこうじゃないか」


 反吐が出るよう台詞と共に差し出された手を、俺は握り返す他なかった。


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