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96話:魔王

「ピクルス軍師、お疲れではありませんか? もう少し歩くペース落としましょうか?」

「いや、大丈夫だコックリ。先を急ごう」

「はい、分かりました」


 そう言いながら少し歩くペースを緩めるコックリ。

 本当に気遣いができる奴だな、ビースト軍の馬鹿たちにも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


 マギナギ大陸から戻って来た俺は休む間もなく魔王城へと通じる魔方陣へと向かっていた。まだ大量の雪が残る山中を滑らないように一歩一歩踏みしめて歩く。

 一体どんな場所に魔方陣があるのかと思っていたが何の事はない、ここはミルウォーキー大陸最北端のゴコウ山。馬鹿二軍師と初日の出を見た場所だ。ど田舎の辺境地だが人目につかないという意味では確かに悪くないのかもしれないな。


 そして今回の同行者はコックリのみ、ビースト軍の魔物は一人も連れて来ていない。

 俺が魔王と謁見するという情報は口の軽さに定評のあるトレスマリアを通じてあっという間にビースト軍内に広がった。そこで勝手に俺に同行するメンバーを選定するジャンケン大会なるものが行われたのだが勝者はキュービックだった。


 キツネが勝ったのは偶然ではない。ジャンケン大会はトーナメント方式で行われたのだが、奴は自分が負けると三本勝負だと言い三本勝負で負け越すと五本勝負だと言って自分が勝つまで延々と勝負を引き延ばしていたからだ。

 オペレーション『必勝ジャンケン』と名付けていたが準決勝では結局500回戦くらいやっていたらしい、暇な奴だ。しかしそこまでして魔王に会おうとする執念だけは正直に感心に値する。よってキツネの同行は丁重にお断りした。


 しかし別にキツネが不正まがいの勝者となったから連れて来なかった訳ではない。そもそも今回は誰も同行させるつもりはなかったのだ、何故なら……


「見えてきましたよ、ピクルス軍師。あれが魔王城へと続く魔方陣です」


 コックリが山中にできた氷張りの小さな湖を指さす。


(こんな場所に湖があったのか……前来た時には気づかなかったな)


「この湖畔に魔方陣があるのか、しかしこう雪が積もっていては見つけるのも一苦労だな。何か目印でもあるのか?」

「あ、ご安心ください。湖畔にあるわけではないので」


 そう言って氷張りの湖の上をズンズンと歩くコックリ。おいおい割れちゃうぞ?

 男らしく歩くコックリの後ろから氷が割れないようにそーっと歩く俺。


「ここです」


 湖の丁度中央地点でコックリは歩みを止める。


「え……ここ? 魔方陣なんてどこにもないけど?」

「少し待っていて下さいね」


 そう言って待つ事五分、雲間から太陽の光が湖に差し込む。すると氷の上に薄っすらと割れ目が見える。


(……これは! 魔方陣!)


 そのままコックリはブツブツと呪文を唱える。


扉解放(リべレーション)!」


 レモンバーム城に入った時と同じく詠唱が終わると同時に湖全体が光に包まれる。そして俺たちの体はその光に溶け込むかのように見えなくなっていった。



「うっ……」


 眩い光がやっとおさまり、俺はゆっくりと目を開ける。


「お、おぉ……」


 目の前には悪魔の角のような飾りが何本もついている、いかにも魔王が住んでいますというような禍々しい形をしたお城が建っていた。


「これが魔王城、か」

「はい、私も来るのは久しぶりです」

「しかし湖の中に魔方陣って無茶するなぁ、冬しか出入りできないだろ」

「あ、氷が張っていない場合は魔法で湖を凍らせてから入るんです」

「あぁ、なるほど」


 それなら勇者たちがもしこの場所を特定したとしても侵入は困難だな。妨害の中で湖を凍らせるのは至難の業だし、凍らせても呪術軍の呪文がないと入れないとか流石は魔王の城って感じだ。

 ……ん? でもこいつ等にしては随分と手の込んだ入り方だな。


「……コックリ、もしかしてここに魔方陣を張る案を考えたのって」

「えっと、ミュゼだと聞いています」


 やっぱりか。


「ちなみに以前は木を隠すなら森の中理論で人間たちの王都の目の前に魔方陣が置いてあったのですよ」


 おい、それ意味全然違うぞ。寧ろ目立ちまくるだろ!


「あの時は魔王城に行くのは命懸けでしたね。それに魔王様も夜風にあたりに行くと、たまに勇者とばったり遭遇していたと仰られていました」

「(そりゃそうだろ)……ちなみにその案を出したのって」

「スクエア軍師です」


 やっぱりか……あのヤギ爺。


「ミュゼが魔王様の軍師になった時に一番最初に手をつけたのが魔方陣の移動だったそうですよ。私としては以前の場所も緊張感があって悪くないとは思うのですが……」


 う~ん。やっぱりこの子もちょっと抜けてるなぁ……


「って……え? ミュゼ?」

「あっ! す、すいません。ミュゼルワール様です。つい昔のクセで」

「そうか、ミュゼルワール軍師は呪術軍出身だったな」

「はい、今でこそ魔王軍一の切れ者と呼ばれていますが、あの子も決して昔からデキが良かったわけではないんですよ」

「そうなんだ、デキが良くないってウィズィより?」

「いえ、それはないです」


 だよな……

 しかしミュゼルワールも俺と同じ途中からの転生者……いや転移者とでも言うのか。この世界には途中参加の人間みたいだな。


(俺と同じ世界の普通の人間……)


 俺は腰に携えた九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)をギュッと握る。


(いや、関係あるかよ! 邪魔なら排除するだけだ!)


 そう、俺が今回ビースト軍を一人も連れて来なかった理由。それは場合によってはミュゼルワールを今日この場で始末する為だ。

 俺の推測では恐らく魔王はすでにいない。そして魔王軍の実権を握っているのはミュゼルワールという読みだ。この考えに裏づけなどない。もし俺が奴の立場ならそうする可能性が高い、それだけの理由だ。だがもしこの推測が当たっていた場合、ミュゼルワールを殺せば俺が魔王軍の全てを掌握できる事になる。この機を逃す手はない。


 ただしミュゼルワールにいきなり斬りかかったら乱心したのは俺って事になる。殺るなら誰にもばれずに、だ。

 幸いミュゼルワールはダークエルフ。魔法は得意だろうが近接戦闘では俺の方が上のはず。なにより俺には九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)があるからな、魔術師相手なら圧倒的に優位だ。


(大丈夫、一人で殺る覚悟は決めて来た。大丈夫だ……)


「あ……ミュゼ……」

「!?」


 全身黒のいでたちで城の中から現れたのは俺と同じ転移者、そして今回のターゲットとなり得るミュゼルワールだった。


「お久しぶりですコックリ様。それに、ピクルス軍師」


 そう言って深々とお辞儀をする。


「やめてくださいミュゼルワール様、私の事はコックリと呼んでくださいとあれほど……」

「いえ、立場は変われど恩義あるコックリ様を呼び捨てになどできません。呼び方などただの言葉、それならば自由にさせて頂きたい。これは魔王の軍師としての命令です」

「は、はい」


 ……相変わらずいけ好かない奴だ。コックリの事を恩義ある存在だと言いながら、しっかり主従関係を突き付けている。まさに言葉の上でだけ敬って、そこには何の感情も持ち合わせていないのがありありと見える。


「お久しぶりです……ミュゼルワール殿」


 俺は目を合わせないようにしてお辞儀をする。


「長旅お疲れ様でした。ゆっくり休んでから魔王様と謁見、と言いたいのですが……」


 そら来た! 予想通りだ、なんだかんだ理由をつけて魔王と会わせないつもりだな。まあ俺は別にそれでもいい。取りあえずお前の代わりに魔王軍の覇権を握ってからじっくり戦力増強については考えて行くだけだ。


「ピクルス軍師に今すぐにでも会いたい。そう魔王様が仰られておりますので、このまま魔王様の玉座まで案内させていただきたいのです」


 なに!? 

 俺は予想外の言葉に困惑する。


「コックリ様は寝室を用意しておりますので少しお休みください。どうやら魔王様はピクルス軍師と二人で話したい事があるそうなので」

「そうですか、できれば私も一目お会いしたかったのですが」

「私もそうして頂きたいのですが、魔王様は体調がすぐれないようでして。できれば今日はピクルス軍師との話だけにして欲しいと……」

「かしこまりました。それでは魔王様にお体ご自愛下さいとお伝え願えますか」

「えぇ、必ず伝えます」


 そう言ってニッコリと嘘くさい笑いを浮かべるミュゼルワール。


「では行きましょうかピクルス軍師」



 魔王城の中は派手な外装とは裏腹に殺風景な作りだった。

 所々に灯る蝋燭の火が雰囲気を醸し出してはいるものの何か違和感がある。そしてミュゼルワールについて城内を歩いていくにつれてその違和感の正体に気付く。


「……ミュゼルワール殿、ここは魔王城ですよね」

「はい。見て分かりませんか?」

「……それにしては随分と魔物が少ないようですが」

「この城自体、侵入者が入って来れるような場所ではないですからね。護衛など基本必要ないのですよ」


 それはそうなのかもしれないがあまりに少なすぎる。やはり何かを隠すために魔物を遠ざけているとしか……

 いや、逆に考えるとここはチャンスなのでは? 暗い廊下に二人きり、手を伸ばせば軽く首を飛ばせる距離にいる。 

 ……殺ってしまうか。今ここで……いや、待て待て。ミュゼルワールは魔王に会わせると言っている。その真意を確かめてからでも遅くはない。


「着きましたよ。ここが魔王様の玉座です」


 ミュゼルワールが立ち止まったのは古く黒ずんだ大きな扉の前だった。


「ここ、ですか」

「はい。あぁ、そうだピクルス軍師。君に言っておきたい事があったのでした」


 くるりとこちらを振り向いて、いつか聞いた暗く冷たい声でミュゼルワールは言葉を発する。


「『何もするな』そう言ったはずだが?」


 敵意とも殺意とも取れる威嚇の言葉。全身の毛が逆立つようなプレッシャーを感じる。


「……何の事でしょうか、私はただ全力で魔王軍の為にと働いただけですが」


 俺は臆せずに正面切って惚ける。


「ふぅ、まあいいでしょう。今回は結果として悪い方向には転ばなかった。魔王も『回収』できた事ですし大目にみましょうか」


 魔王を回収? 何言ってるんだこいつ……

 

 ギイィィィィ……

 古びた扉が軋むような音を立てて開く。扉の先には大きな広間とそして玉座。その玉座には何者かが座っている……いや、座っているっていうか、刺さっているっていうか……

 

「紹介します。今目の前にいらっしゃるお方こそ全ての魔物の頂点……魔王様です」


 ギザギザで多数の小さな刃がついたチェーン、取っ手の付近にはこの世界ではまずお目に掛かる事がないモーター、見覚えのあるそのフォルム。玉座に深々と突き刺さっているのは……


「チェーンソーじゃねーか!!」


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