95話:統べる者
ヘルオパンティとの死闘から二週間。壊されたレモンバーム城の復旧工事を手伝っていた俺たちだったが、ようやく作業の目処が立ちミックスベリー城へと帰還する事となった。
「色々とご迷惑をお掛けしました。特にヘルオパンティの件、なんとお礼を言って良いのか……本当にありがとうございます」
復旧作業真っ最中のレモンバーム城正門の前で感謝の言葉を口にするコックリ。
「ま、また是非遊びに来てくださいね! その時はピクルス軍師のお話もっと聞きたいです」
もじもじしながらシャーマが俺の裾を引っ張る。
可愛いなぁ、このまま連れて帰ろうかな。今回レモンバーム城での一番の収穫はシャーマに会えたことだな、うん。
本来であれば今回の収穫は『琺魔水晶』を使った魔物の生成方法を知った事と、その特性を利用してドロップアイテムを使った時限爆弾式の魔物を大量生産する……はずだった。
「そうですよ。必ずまた来てくださいね、できれば早めに。ピクルスさんには『琺魔水晶』を弁償してもらわなきゃいけないんですから」
今回の罰として一ヵ月逆さ吊りの刑に処されたウィズィが、自身の足に縛られた紐をブランブランとブランコのように揺らしながら声を掛けてくる。
「ピクルスさんには借金返済の為に私の元で働いて貰う予定です。あ、当然バイト代ははずみますから安心して下さい!」
人差し指を立てて偉そうに話すウィズィ。
そう、ヘルオパンティを見事に倒した俺だったが、あの黒猿の核となっていた肛門には『琺魔水晶』があったのだ。そんな事が分かるはずもなく九蓮宝刀の剣先でザックリと『琺魔水晶』に傷をつけてしまった為、その力は失われてしまったのだった。
「火鉛……」
コックリから放たれた小さな火球がウィズィの足と木を結ぶ紐を焼き切る。
「ぎゃ!」
そのまま頭から地面に落ちるウィズィ。
「うぅ……コックリ様~。紐は無しですよ」
「ウィズィ、少し黙りなさい。さもないと……」
「ひ、ひぃぃぃ! ごめんなさいごめんなさい。あ、ちょ! い、痛い痛いぃぃ!! だ、だって平地を埋め尽くした黒パンツの回収を私一人でするなんて無理ですよぉぉ!」
両の拳で頭をグリグリしながら微笑むコックリと泣き叫ぶウィズィ。
「ピクルス軍師の厚意でパンツ回収業務も手伝って貰っていたというのに……それにそもそも貴方が……」
「な、なんだか小姑みたいですね、コックリさ……ぎゃ、ぎゃあぁぁぁ!!」
懲りない奴だな。いいぞコックリ、もっとやれ。
拡散されたレモンバーム将軍の黒パンツは罰の意味もこめてウィズィが一人で回収する事となっている。魔法で焼き払おうにもレモンバーム将軍の魔力が宿った黒パンツの魔法防御力は非常に高く、燃やすよりも回収した方が早いと言う判断からだ。
レモンバーム将軍は半ば諦め気味に人目に触れてしまうのはもう仕方がないと言っていたがそういう訳にはいかない。こんな強力な魔法耐久力を持った下着が人間の手に渡ったら脅威だからな……呪術軍は城の復旧作業で忙しい為、サイ君たちに回収を手伝わせていたが数が膨大なので、ビースト軍から何百体かマギナギ大陸に派遣させてパンツ回収業務に当たらせる予定だ。
しかし『琺魔水晶』。色々な可能性を感じる道具だったな。できれば有効活用したかったが……
「コックリ、『琺魔水晶』はいつごろ直る予定なのだ?」
「あ、はい。あの傷ですと大体二ヵ月くらいあれば元の状態に戻せるかと」
二ヵ月か、遠いな。そんなに時間が掛かってはイーシオカ大陸の魔物不足につけ込まれて大陸の支配権が人間に渡ってしまうぞ。
「お、なんだ。もう帰るのか」
大きな水晶を肩に乗せて城の復旧作業を自ら行っていたレモンバーム将軍が声を掛けてくる。
「あ、レモンバーム将軍。ここにいらっしゃったのですか。すいません、挨拶をしようと探していたのですが」
持っていた手荷物を地面においてペコリと頭を下げる。
「別に構わん。世話になったのはこちらだ。何のもてなしもせずに悪かったな」
「いえ、こちらこそ長居してしまいまして……今回はこれで失礼しますが、また『琺魔水晶』が復活した頃にお邪魔したいと考えております」
「ふむ、お前が言っていた爆弾やガスを使った魔物の件で、という事だな」
「左様でございます。『琺魔水晶』が直るまではビースト軍の魔物を上手く調整してイーシオカ大陸を守りますので……なるだけ早くの復活をお願いいたします」
「任せておけ」
「では上でサイ君たちを待たせているのでこれで失礼します」
俺は手荷物を引きあげて魔方陣へと向かう。
「ピクルス軍師……もし急ぎであれば魔王様に会ってみてはどうだ?」
レモンバーム将軍から発された言葉にピタッと足をとめる。
魔王だと……?
「魔王様は魔物の生みの親。手勢が足りないのであれば一度相談してみると良いかもしれん」
確かに魔王は『琺魔水晶』と同じように魔物を生成する力を持っていると推測される、魔物の始祖。もし謁見できるなら話は早い、だが会えるのか!?
「……今は魔王軍全体の危機。私ごときで恐縮ですが謁見が可能なのであれば是非お願いしたいと思います」
「そうか。ピクルス軍師は魔王様と会った事がないのだな。まあ魔王様は滅多に人前に姿を現さないからな」
そうなんだ。
「魔王城はここと同じで、ある場所の魔方陣からしか飛ぶことができなくなっていてな。もしよければコックリを同行させよう。魔王様には私から連絡を取っておく」
お、おぉぉ、これは願ってもない展開だ! 魔王に会えるのなら他にも聞きたい事が山ほどある、何故俺が将軍になれないのかとか、何故俺が将軍になれないのかとかぁぁ!!
「コックリ。私も長い事魔王様に会っていないのでな、宜しく言っておいてくれ」
「かしこまりました、レモンバーム将軍」
……?
「長い事会っていないって? 四大将軍会議にはたまに参加されていると聞きましたが?」
「そうだな、以前はよく参加されていたのだがここ数年は顔を出されなくなってな。魔王様からの指示は軍師であるミュゼルワールを通じて我々に通達されているのだ」
ミュゼルワール経由だと?
「えっと、最後に魔王様に会ったのはいつですか?」
「もう数年前になるな、いや十数年前か? だが安心しろミュゼルワールには伝えて謁見できるように言っておく。あんな奴でも伝書鳩の役目くらいはこなせるものだ」
……魔王はここ最近魔物を生み出せていない。だからこそ交配による繁殖や『琺魔水晶』での魔物の生成でバランスをとっているわけだ。
魔王がこの世界に君臨して百年。老化による魔力の枯渇が理由で魔物が生み出せなくなったとか、そんな理由があるのだと思っていたが……
嫌な予感に気持ちがざらつく。
「ま、魔王様ってどんな方なんですか?」
「どんな、とはどういう意味だ?」
「いや、例えば何かの動物に似てるとか」
俺は魔王がどういう風貌なのかも知らない。ビースト軍のように動物なのか、それともエルフ属? 単純な人型という可能性も有り得るのか?
「魔王様はトゲトゲしい方ですよ」
コックリが横から口を開く。
「いや、コックリ。俺が言っているのは性格とかじゃなくて……」
「そうだぞコックリ。魔王様はトゲトゲしいというよりギザギザしていると言うのが正確だ」
「あ、そうですね、すいません私ったら」
いや、ギザギザしている魔王ってなんだよ。
「魔王様は誰とも似つかぬ特殊な形態をされているのだ。会ったら一目で魔王様と判断がつくと思うぞ」
そ、そうなんだ。なら、まあいいか。
「うぅ~ピクルスさん、羨ましいです。私もまだ魔王様に会った事ないのに~!」
「わ、私もです。ピクルス軍師、いいなぁ……」
ウィッチーズでも会った事ないのか? どんだけレアキャラなんだよ魔王。
「魔王様にお会いしたことがあるのは呪術軍ではレモンバーム将軍と古参である私だけなのです。確かビースト軍でもミックスベリー将軍とスクエア様くらいだったと思いますよ?」
ヤギ爺は会った事あるのか、流石は年の功。
しかしそれでこれだけ崇拝されているんだから魔王が凄いのか、こいつ等が馬鹿なだけなのか……
……もし俺がミュゼルワールの立場なら、こんなにやりやすい状況はないだだろうな……魔王ってほんとにまだ生きているのか?
「あ、そう言えば」
ポンッと手を叩くコックリ。
「どうしたコックリ?」
「あ、いえ。やっぱり気のせいです」
「……? どうした言ってみろ」
「その、ピクルス軍師たちと共闘した先の戦争で……魔王様をお見かけしたような気がして……」
なに!? あの戦争を見に来ていたのか? もしかして俺の画策がバレていたなんてオチじゃないよな!?
「コックリよ、それは見間違いだ。魔王様は確かに自らを殺戮マシーンと名乗る戦闘狂であったが、今は魔王たる立場を自覚し戦場に出て来るという事は有り得ない」
「そ、そうですよね。私ったらすいません」
だよな……そんなギザギザした魔物なんていなかったし。
「……では、申し訳ありませんがコックリをお借りします。魔王様と戦力増強についての相談をして来ますので、また結果が分かりましたらコックリを通じて報告します」
「あぁ、気を付けてな」
仮にミュゼルワールの手の内だったとしても、早いか遅いかの違いだ。行くしかないな、魔王城。