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94話:パンツ舞う

 瞬間帰還(サトガ・エリ)はマーキングした場所への高速移動を可能とする移動魔法。その主たる使い方は街や城への帰還である。『聖水結界』の張られていない場所であれば基本的にどこでも印を打つ事ができるのも特徴で、その汎用性は非常に高い。


 俺が用意したヘルオパンティ討伐の為の秘策とは何の事はない、この瞬間帰還(サトガ・エリ)を利用した超高速移動攻撃だ。

 ウィズィには鉄の棒に瞬間帰還(サトガ・エリ)の印を打たせた。これで瞬間帰還(サトガ・エリ)の着地点はレモンバーム城近くの平原からこの鉄棒へと移行された事になる。魔物は通常、自分が持っている装備品を変える事はできないが武器にも道具にもならない古錆びた鉄棒であれば話は別だ。

 サイ君にはこの鉄棒を託し、なんとかヘルオパンティの肛門に突き立てるように言ってある。そして突き立てる事ができさえすればそこで勝負は決まったも同然だ。


「準備はいいな。サイ君、トレスマリア」


 ヘルオパンティの近くまで接近した二人は作戦開始の指示を待つ。


「コックリとシャーマも頼んだぞ」


 拡散聴力(イコライザー)を通じて俺の声を確認したウィッチーズの二人もまた、杖をブンブンと振って応答する。


 いまだにレモンバーム城付近の平原を行ったり来たりと落ち着きなく徘徊するヘルオパンティ。黒水晶大爆発(クォーツビックバン)を撃たれる前に仕留めきれるかが勝負の分かれ目だ。

 手に持った九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)の柄にジットリと汗が滲む。


(大丈夫、大丈夫だ。心配するな。相手は魔力の塊でこちらの武器は魔力を吸収する剣、しかも超高速の一撃を弱点にぶち込むんだ。倒せないほうがおかしい)


 そう何度も自分に言い聞かせる。

 黒水晶大爆発(クォーツビックバン)の反撃が自身への魔力による攻撃を感知して発射されるのだとすれば瞬間帰還(サトガ・エリ)は攻撃魔法ではないからノーカンのはずだ。仮に単純な魔力に反応するのだとしても瞬間帰還(サトガ・エリ)の速度なら発射前に奴の肛門に攻撃できる。

 俺は、ふぅーと大きく息を吐いて少し後ろで待機しているウィズィに声を掛ける。


「ウィズィ。残り魔力もほとんどないと思うが頼んだぞ」

「……」

「ウィズィ?」

「いえ、私は親としてヘルちゃんに何かしてあげられたのかなと思って」

(ヘルちゃんって……)

「あんな子でもお腹を痛めて産んだ子……やっぱり愛着はあります」


 珍しく少し落ち込んだ様子のウィズィ。


「大丈夫。お前のお腹が痛んでるのはトレスマリアのボディブローのせいだから」

「でも……」

「子の不始末は親の責任だ……お前が今やるべき事は、分かるよな?」


 ポンッとウィズィの肩を叩く。


「ピクルスさん……つまり私にどんな攻撃にも耐えうる強靭な腹筋を鍛えろと、そういう事ですか???」


 駄目だ。ちょっと良い事言ったのにハテナマークが3つもついている、放っておこう。

 俺はくるりとヘルオパンティのいる方角をふり返る。そして、スウッと大きく息を吸い大声で叫ぶ。


「いくぞぉ! 作戦開始だぁ!!」


 号令とともにヘルオパンティを囲っていた四人が動く。


全身防護(プロテクション)

速力強化(スピードスター)


 まずはコックリが両手で同時に身体能力強化の魔法を唱えサイ君とトレスマリアをサポートする。守備力と速力が向上した二人は素早い身のこなしでヘルオパンティの尻へと近づく。


 バチン!


 振り向きざまの張り手でサイ君が吹っ飛ばされる。続いてトレスマリアにも攻撃を試みるヘルオパンティだったがお腹の調子も改善し、速力の向上した四獣王を捉えるのは容易ではなく何度か張り手の素振りを繰り返す事になる。

 

「ウホー!!」


 中々攻撃が当たらないヘルオパンティは苛立ったようにトレスマリアを追いかけ回す。


(よし、いいぞ。やっぱりサイ君とトレスマリアだと力の差はある。これなら当然注意はトレスマリアに向くはずだからな)


神秘回復ホワイトリザベーション


 シャーマの回復魔法ですぐさま戦線に復帰するサイ君。再びヘルオパンティの尻へと突撃するが振り向きざまの一撃でまたも地面に叩きつけられる。


(う~ん、やっぱり強いな、てかサイ君大丈夫か?)


 シャーマがすぐに駆け寄って回復呪文を掛けてはいるが、トレスマリアですらズタボロにされた相手の一撃だ、下手をすれば即死も有り得る。

 そうならない為に支援魔法を掛け続けてはいるが、コックリも二つの魔法を同時に使うという無茶をしておりいつまで持つかは分からない。


(頼むぞ……踏ん張ってくれ)


 祈るような気持ちで戦況を見つめる。その時……


「あ、ヘルちゃんがフン張ってます」

「なぬ!?」


 確かにヘルオパンティは便座に座る様な体勢でトレスマリアの方向へと尻を向けている。


「まさか、撃つ気か!?」

「業を煮やしたようですね、流石は人の業を表す獣」


 納得したようにうんうんと頷くウィズィ。

 気ぃ短すぎだろ! しかも不幸な事にトレスマリアが今いる方角は俺たちがいる場所と丁度対角線上。このまま撃たれたら完全に俺に当たるんですけど!?


 ウォンウォン……

 ヘルオパンティの肛門に黒い光が集約されていく。


「あ~これはヘルちゃん大激怒ですね。今日一のキレの良いのが来ますよ、多分拭かなくてもいいくらいのヤツが」


 なに余裕ぶってるんだお前は! 

 くそっ! こんな馬鹿から生み出された魔物に殺られて俺の人生終わるってのか? ……いや、そんな事が許されて……


「たまるかよぉぉ!! サイ君! この糞黒猿の肛門目がけて鉄棒を投げつけろぉぉぉ!!」


 俺は喉がつぶれるくらいの大声でサイ君に指示を出す。

 指示に従い手に持った鉄棒をヘルオパンティの尻に向けてビュンっと放り投げるサイ君。


「ウィズィ! 瞬間帰還(サトガ・エリ)だ!」

「え? 今ですか?」

「そうだよ! 早くしろぉ!」

「は、はい……彷徨い歩く旅人よ、郷恋しければ光を纏え、汝の帰るべき場所は……」

「おいおいおいぃぃ!! 瞬間帰還(サトガ・エリ)にも詠唱が要るのかよ!」

「いえ、別に要りませんが? 正確に言うと別に他の魔法にも特に詠唱は要りません。ただカッコいいから唱えているだけです」


 こいつ後でぶん殴る、絶対ぶん殴る!


「……っ! いいから早くしろぉ!!」

「も~仕方がないですね。雰囲気ぶち壊しですよ全く」


 プンプンと怒りながら俺に魔法を掛けるウィズィ。俺は瞬間帰還(サトガ・エリ)の光の魔力に包まれて物凄いスピードで放り投げられた鉄棒へと向かう。


 ギュ――――ン!!


 超スピードではあるが特に風圧を感じる事もない。ただ周りの景色が止まっているかのように見えるだけで光の中は快適そのものだ。

 そりゃそうだよな。こんなスピードに素で耐えろというのであれば瞬間帰還(サトガ・エリ)の度に人が死んでいることになる。


 グングンとヘルオパンティの尻が近づいて来る。このまま行けば仕留められる! そう思った矢先だった。サイ君の投げた鉄棒はコントロールよく肛門付近までは飛んでいた。しかしあくまで付近であって肛門そのものに刺さっているわけではない。鉄棒はヘルオパンティの右尻部分に浅く刺さっていたのだ。


(ぐっ……!)


 ビタッ! っと瞬間帰還(サトガ・エリ)によって見事に右尻部分へと到着する俺。高さで言うと十メートルくらいだろうか。落ちないように尻に必死でしがみつく。


(くそっ! やっぱり無茶だったか!? こんな発射口の近くまで来ちゃってどうすんだよ!)


 俺は九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)をザクッとヘルオパンティの右尻に突き立てる。魔力を吸収している感触はあるが、いかんせん大きすぎてとても黒水晶大爆発(クォーツビックバン)発射までに吸収しきれそうもない。


(ぐっ、やっぱり急所じゃないと無理か、ちくしょう……)


「ピクルス君、諦めちゃ駄目! 諦めたらそこで試合終了よ!」


 半ば諦めた俺にトレスマリアの声が届く。

 いや、安西先生でも普通に諦めるよこの状況は……


「そうか! お腹ね、お腹が空いているのね!?」


 いや別に空いていない。


「おやつに持って来ていたコレ、私だと思って味わって食べて頂戴!」


 そう言ってトレスマリアから放り投げられた黄色い物体。……これは、バナナ?

 はぁ、最後の晩餐がバナナとは……


 ……! いや、待てよ! 確かウィズィはヘルオパンティの生態についてこう話していたな。肛門の形を変化させて言葉を発するし、息をするのも肛門から……そしてバナナも肛門から摂取する……と。

 こうなりゃ一か八かだ!


「おいヘルオパンティ! 好物のバナナだ! お前にやるから早く食べな!!」


 俺はバナナの皮をむいてバシバシとヘルオパンティのケツを叩く。


「……ウホ!!」


 キュウウゥゥゥゥ……

 まるでバキュームカーのようにヘルオパンティの肛門が周りの物体を吸収し始める。その強力な吸引力に引っ張られて辺りの草木がブラックホールと化した肛門へと取り込まれて行く。


(よし! 今だ!)


 右尻から九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を引き抜いて俺もまたバナナと共に吸引される。そして肛門が眼前に来たところで……


「くらえ! ヘルオパンティ!!」


 思い切り右手を伸ばしてヘルオパンティの肛門に剣を突き立てる。


「ウホホホホホォォォォ!!」


 九蓮宝刀肛門直撃(カンチョー)をくらったヘルオパンティは断末魔と言うにはあまりに間抜けな叫び声をあげながら九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)へと吸収されていく。

 多大な魔力に大きな軋みを見せる九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)だったが徐々に黒猿の体は小さくなり、そして最後には跡形もなくなった。



 ヘルオパンティを倒した俺はそのまま落下する。緊張と興奮で震えてまともに身動きがとれない。


(やべ……折角倒したのに転落死とかいうオチは笑えねぇよ)


 しかしそこは流石のサイ君、落下した俺をガッシリと抱きとめる。


「あ、サンキュー。サイ君」

「やりましたね、凄いですよピクルス様!」

「ま、こんなもんよ」


 トンッと軽く握った拳でサイ君の胸を小突く。

 考えてみれば真っ向から敵を倒すのって初めてだな。

 少し誇らしい気分になった俺の目の前には、勝利を祝福するかのように空を覆い尽くす大量の黒パンツがひらひらと舞っていた。


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