90話:最強魔獣誕生
「ここにいたのかコックリよ」
城の外で花に水をやっていたコックリにレモンバーム将軍が話かける。
「レモンバーム将軍どうかされましたか? あ、ピクルス軍師もご一緒なのですね」
俺はレモンバーム将軍の後ろからコックリに小さく手を振る。
「いや、少しお前に聞きたい事があってな」
「聞きたい事ですか?」
「そうだ、実はこのマギナギ大陸で殺傷力の高い爆弾を……」
ドオオォォォン!!
「何だ!?」
城の内部から猛烈な爆発音が聞こえる。水晶で彩られた地面は大きく揺れ、地割れを起こす。レモンバーム城の材質でもある緋色の水晶には大きなひびが入りピシピシと音を立てて剥がれ落ちていく。
(な、なんだよこれ!? 爆弾? 地震? いや、まさか勇者が攻めて来たのか!?)
様々な可能性が脳裏を過ぎる。しかしその考えは即否定される事になる。
バリリリィィィ!!
まるで雷鳴のような音をあげ、レモンバーム城の上部から何やら黒い物体が出て来る。
あ、あれは……手? なのか?
そう、手だ。その黒い大きな手はそのまま城の天井を突き破り、城の中からヌッと超巨大で真っ黒な猿が現れる。
(おいおい、あれってどう見ても魔物の類なんですけど!?)
動揺しているのは俺だけではない、レモンバーム将軍もコックリもこの突然の出来事にただ茫然と立ち尽くしている。
「はっ! いかん、城の者は無事か!? コックリよ、すぐに城内の者を避難させるのだ!」
我に返りコックリへと指示を出すレモンバーム将軍。
あ、そう言えばサイ君とトレスマリアも城の中だった……
サイ君大丈夫かな、案外とろい所あるからなぁ~。トレスマリアは……まあどうせ無事だろ。
「あ……ウィズィ! シャーマ! レモンバーム将軍、二人がまだ城の中にいます!」
なぬ!? シャーマが取り残されているだと!? それはいかん一大事だ! 早く助けてやらないと!
それにしてもこの猿なんなんだ? 魔物なら特にこちらに対して敵意はないだろうが……
ウォォォォォォ!!
体全体から唸るような雄叫びをあげる黒猿。そしてこちらをギロリと睨みつけたかと思ったらボソリと言葉を発する。
「ウホ……黒水晶大爆発……」
なっ!? おい、それって!
ギュオオオォォォォォン!!
カパッと開いた口から放たれた超濃度の魔力球が俺たちに襲い掛かる。
マジかよ!? 魔物だろお前!?
俺は咄嗟に腰に携えた九蓮宝刀に手を……
スカッ……俺の右手が空を切る。
(や、やべぇぇぇぇ! 九蓮宝刀城に置き忘れたぁぁぁ!!)
一瞬、死の文字が頭に浮かぶ。
い、嫌だ。死んでたまるかあぁぁぁぁ!!
俺は咄嗟に地面に穴を掘る。
(き、気功砲だ! 気功砲の要領で穴を掘って直撃を避ければまだ助かる!)
しかし悲しいかなフェレットの爪は決して硬くはない。ガリッとひと掻きした所で、爪から血が噴き出し我に返る。
(だ、駄目だ! 落ちつけ俺! 落ち着いて、落ち着いて……考える暇がねぇぇぇぇ!!)
目の前には超巨大な魔力球、逃げる場所などない。
あ……これ死んだかも……
フェレットとしての人生を諦めかけたその時、魔力球の前にコックリが立ち塞がる。
「極限絶対防壁!」
コックリの前に薄いガラスのような壁が出来上がる。
その魔力の壁はビキキィィ! っと大きくひび割れながらも黒猿から放たれた魔力球を上空へと進路変更させる事に成功する。
ドガガガァァァン!!
水晶が散りばめられた天井に触れた魔力球は大爆発を起こす。爆風で城の方向へと吹っ飛ばされる俺たち。
い、痛ぇ……で、でも助かった。
九死に一生を得た俺はフラフラと立ち上がり砕けた水晶が舞い降る上空を見上げる。
(げっ!)
天井にはぽっかりと大きな穴が開いており、そこには見えるはずのない太陽がこんにちはしていた。
(マジかよ、天井ぶち抜いたってのか!?)
「とんでもない威力だな」
俺の横で腕を組みながら空を見上げるレモンバーム将軍。無事だったのか、まあそりゃそうだよな。
「私の極限絶対防壁で進路を変えるのが精いっぱいだなんて……なんなんですか、あの猿は」
命の恩人であるコックリも少し悔しそうな表情で天を仰ぐ。
……城から急に魔物が出て来た時点で嫌な予感はしていたが……あの黒猿は確かに黒水晶大爆発って言ったよな。それってあのトンガリ糞帽子の……
「皆さん、気を付けて下さい……」
瓦礫の下から聞き覚えのある声がする。
「この声は……! ウィズィ、ウィズィなのですね! あぁ、無事で良かった」
コックリの呼びかけに返事をするように瓦礫の隙間から右へ左へと手を振るウィズィ。
「おい、コックリ。早くウィズィを助けてやれ」
レモンバーム将軍の声が聞こえるよりも早くウィズィを圧し潰していた城の残骸を魔法で除去するコックリ。
「おい、大丈夫かウィズィ。城の中で何があった」
片膝をついてウィズィに話しかけるレモンバーム将軍。
「うぅ……すいません、レモンバーム様。実は私、さっきピクルスさんとの会話を聞いちゃって、それで勝手に『琺魔水晶』を使って魔物を作っちゃったんです……」
「……そうだったのか、だがお前が無事で良かった。随分魔力を吸われているようだが平気か?」
「すいません、すいません。私、レモンバーム様の役に立ちたくて……コックリ様にも迷惑かけちゃったし、挽回しなきゃ、って……」
「ウィズィ、いいのだ。焦る気持ちに気付いてやれずにすまなかったな。今はしっかり体を休めるのだ」
ウィズィの黒髪をレモンバーム将軍が優しく撫でる。
「そうですよ、ウィズィ。レモンバーム将軍の言う通りです。お説教は後にして今はその傷を癒す事が先決ですよ」
「うぅ……はい、ありがとうございます……痛いの痛いの飛んで行け……痛いの痛いの飛んで行けぇ……」
あ、そこはそれなんだ。
俺はウホウホとゴリラのように胸を叩く黒猿を見上げ首をかしげる。
しかし、どうやったらあんなとんでもない魔物が生まれるんだ? ウィズィって何者?
俺はこっそりとコックリに耳打ちする。
「なぁコックリ。気になっていたんだがウィズィってダークエルフじゃなくて人間に見えるんだけど……この子ってどんな種族なの?」
俺の問いにコックリはウィズィに聞こえないように更に小声で答える。
「ウィズィは人間の魔道士とダークエルフの禁断の混血児なのです。その内在魔力はレモンバーム将軍をも凌ぐとも言われており、歴代の呪術軍の中でも素質だけなら突出しているのです……ただちょっと頭は弱いのですが」
こいつ等に頭弱いと言われるウィズィって……
しかし成程、だから見た目は完全に人間なのか。その混血児が立てなくなるくらい魔力を吸い取られたらあんな強力な黒猿が……出来る物なのか?
「なぁ、ウィズィ。お前、あの黒猿のドロップアイテムは何にしたんだ?」
事情を知らないコックリもいるが、今はそんな事言っている場合でもないだろう。いくらなんでも魔力値だけであんな怪物ができるとは思えない。
「そ、それは……」
「いいのだウィズィ、言ってみろ。今更怒ったりはしない」
「レモンバーム様……分かりました」
ウィズィは自身が作り上げた黒猿に目線を向けて話始める。
「私がドロップアイテムに指定したのはレモンバーム様のパンティです」
……は?
「ウ、ウィズィ? 今なんと言ったのだ? もう一度言ってみろ」
「え? だからレモンバーム様のパンティです」
……
「いやぁ、パンツ穿かない主義のレモンバーム様が数年前に一度だけ興味本位で穿いたパンティ。私は気を利かせてゴミ箱の中からそのパンティを救いだしずっと大事にしまっていたのです。やはり思い出と言うのは大切にしないといけないですから」
レモンバーム将軍が小刻みに震えている。
「レモンバーム様のパンティ、しかも世界にたった一枚しかないパンティの価値はSSランク……いやSSSランクと言っても過言ではないでしょう。ちなみにドロップ率は100%なんてケチな事は言わずに1000000%に設定してあります。あの魔物を倒した暁には増殖したパンティの祝福が待っている、まさに命を懸けて戦うにふさわしい夢と希望を兼ね揃えた最強魔獣なワケですよ!」
おい、それであんな怪物が出来たのかよ……
「ちなみに生みの親である私はあの魔物にすでに名前をつけてあります。……その魔物は漆黒の布から生まれ落ちた人の業を表す獣、魔力の塊でありながら人に近しき姿を持ち、全てを喰らい地獄へと導く黒の魔獣……ヘルオパンティと!」
「ウィズィーーーー!!」
レモンバーム将軍とコックリの情け容赦ない攻撃が瀕死のウィズィへ炸裂する。
「ぎゃああぁぁぁ! 怒らないって言ったじゃないですかぁぁぁ!!」
駄目だこいつ、何か大切な物が振り切れてやがる。
しかし困ったな、ヘルオパンティか。親に似て知能が低そうだ、とても仲間に出来そうもない。またうっかり攻撃される前にとっとと駆除してしまおう。
俺は城と変わらぬ大きさのヘルオパンティを見上げる。
う~ん、駆除……できる、かぁ?