88話:名探偵ピクルス
犯人はこの中にいる。
勇者だけでなく魔物ですらこのレモンバーム城に入る事はできない。つまり容疑者はこの呪術軍の中の誰かに絞られる。事を荒だてたくないレモンバーム将軍は誰にも相談する事無く、部外者である俺の意見を聞く為にこのマギナギ大陸まで呼んだという訳だ。
レモンバーム将軍の話では『琺魔水晶』が奪われたのは今から一週間ほど前。レモンバーム将軍が魔王城へ呼ばれ留守にしている隙を狙っての犯行であった。『琺魔水晶』は強大な魔力を秘めているものの見た目にはただの黒い水晶らしい。
この城では珍しくもない水晶をわざわざ保管庫を荒らしてまで盗む。つまり犯人は当然『琺魔水晶』の秘密を知っている者という事になる。そしてその秘密を知っているのは呪術軍の中でもレモンバーム将軍と『ウィッチーズ』だけだと言うのだ。
俺は調査の為にサイ君とトレスマリアをレモンバーム城へ入城させる許可を得る。犯人に証拠隠蔽でもされたらたまったものではないからな。確実にシロだと言える俺たち三人で今回の事件を捜査し解決するのだ!
「ではサイソン君、容疑者を一人ずつ呼んで来てはくれないか?」
会議室にて容疑者の事情聴取をする事にした俺はサイ君に指示を出す。
「(サイソン君?)あ、はい。分かりました。それにしても随分ノリノリですねピクルス様」
「そ、そんな事はないぞサイソン君、別に普通だ」
いや、少し浮かれているのは認めよう。やはり真実を明らかにしていくと言うのはワクワクするものだ。名軍師の名にかけて必ず解いてみせようくらいの気概はある。
「ピクルス探偵! 会議室の隅にこんなものが!」
「どうしたトレスマリア!」
会議室の床に落ちている何かを発見したトレスマリア。まさか犯人に繋がる重要な証拠が!?
「ぺロッ……これは、青酸カリ!?」
いや、別に殺人事件じゃねーから。
ギィ……
会議室の扉が開く。部屋の中に入って来たのは、まだあどけなさの残るダークエルフの少女。口を真一文字に結んで強張った表情で扉の前に立っている。
「どうぞ」
「し、失礼します」
銀髪ポニーテールの可愛らしい少女はガチガチに緊張しながらこちらに誘導されるがままに椅子へと座る。
この子もウィッチーズか。ウィズィと同じくらいの歳に見えるがダークエルフだからな。幼く見えるけど実年齢はもう少し上かも。
「わ、私はシャーマと言いまふ」
(あ、噛んだ。しかし緊張しすぎじゃないか? まさか……犯人だからか!?)
「落ち着いて下さい。そんなに緊張しなくても簡単な質問に答えてもらうだけですから」
「す、すいません。有名なピクルス軍師にお会いできるなんて夢みたいで、つい緊張しちゃって……」
(なに?)
「あ、あの。もし良かったら、あ、握手してもらえませんか?」
控えめに右手を差し出すウィッチーズのシャーマ。
「あ、はい」
ぎゅ……とこれまた控えめに差し出した俺の手を握る。
「あ、ありがとうございます! えへ、皆に自慢しちゃお」
恥ずかしそうに、はにかむシャーマ。
か、可愛い……
「よしサイ君。シャーマを丁重に部屋まで送り届けるんだ」
「え? ピクルス様。まだ何も聞いていませんが?」
「いいんだ。シャーマ、後からサインも書いておくから部屋にでも飾っておくといい」
「本当ですか? あ、ありがとうございます! わーい」
シャーマは犯人じゃないな、うん。こんな純朴で可愛い子が犯人のはずがない。もう少し見た目が大きくなったら是非ビースト軍に迎え入れよう。
「あ、でも折角ピクルス軍師とお会いできたので、お時間宜しければ少しお話したいな……とか」
「ほ、ほう」
ダークエルフとフェレットって結婚できるんだろうか? 後でこの世界の法律を調べておこう。
「ちょっとあんた。少しずうずうしいんじゃないかしら? ピクルス君はねぇ、健康的な子が好きなの。あんた垂直跳び何メートル? 何メートルなのよ?」
「いえ、私、運動はちょっと……すいません」
幼気なシャーマに突っかかるトレスマリア。その時……
「うっ!」
急にトレスマリアがお腹を押さえて苦しむ。
「どうしたトレスマリア!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「お、お腹が……! ま、まさかあんたが!? ち、ちくしょぉぉ、図ったな! この銀髪雌ブタがぁ!」
いや、さっきお前が床を舐めてたせいだろ。
「と、とにかく医務室へ……」
ポゥ……
取り乱すトレスマリアに気圧され救護班を呼ぼうとした俺の横で、シャーマが両手を合わせて祈りを捧げる。
(なんだ!?)
「異常全解除」
青い滴のような癒しの光がトレスマリアに降り注ぐ。
「おぉ、これは」
「これは毒、麻痺、眠り、混乱など全ての状態異常を癒す魔法です。私の得意呪文は回復支援系の魔法なんですよ」
全ての状態異常を、か。凄ぇな。
異常全解除の光に包まれたトレスマリアはむくりと起き上がる。
「私はトレスマリア、この世の全てを愛する者。争いは何も生みません。しがらみを捨て愛を唄いましょう」
性格が状態異常の対象として癒されてるじゃねーか!
これはこれで面倒臭い事になったトレスマリアを、サイ君が担いで医務室へと連れて行く。別に二人がいてもいなくても捜査にあまり関係がない事に気付いた俺は、いよいよ犯人の最右翼である次の容疑者を呼ぶ事にした。
ギィ……
「失礼します」
「失礼しまーす」
会議室へコックリとウィズィがやって来る。
ウィッチーズはこの二人と先ほどのシャーマを合わせて三人で構成されている。つまり『琺魔水晶』を盗んだ犯人は三人の内の誰か、という事になる。
そして、俺が最も疑いをかけているのは……コックリだった。
「ピクルス軍師。お話と言うのは何でしょうか? サイード様たちも入城を許可されているようですし、何かありましたか?」
淡々と質問してくるコックリ。
コックリは俺に一つ嘘をついている。それは『魔法生命体がどうやって生み出されるのか知らない』と言った事だ。レモンバーム将軍曰くウィッチーズは『琺魔水晶』が魔物を生成する為の道具だと知っている数少ない人物だ。今回サイ君とトレスマリアの入城許可を得る際にも『琺魔水晶』の秘密は二人に教えないという約束をした上で許可が下りている。
そんな重要機密なのだから簡単には教えずに俺の質問に対してすっ呆けるのも理解はできる。だが……
「コックリよ、一週間前お前は何処にいた?」
俺はストレートにコックリに問う。
「一週間前ですか? そうですね。一週間前はレモンバーム将軍がお留守にしていたのでこの城の守護を任されていました」
「そうか、コックリは信頼されているのだな」
「いえ、古参なだけです」
そう、俺がコックリを疑っている理由は嘘をついたからではない。大戦争にも副官として派遣され、これだけ信用されているコックリにレモンバーム将軍が今回の件を話していない。他のウィッチーズは幼さも残るため分からないでもないがコックリに相談しないのは不自然だ。
つまりレモンバーム将軍はコックリを疑っている。そしてそれを自身で追及してしまうと大事になってしまう為、俺という第三者を介入させる事で穏便に事件の解決を図りたい。そんなところだろう。
(コックリもそうだがダークエルフは他の魔物と違ってそこそこ知恵が回るからな)
人間と魔物の中間とも言える希少種。数少ない同族を疑う事も罰する事もできれば避けたいという事か、甘いな。信じようと信じまいと不可能な物を取り除いていった結果、残った物こそ真実。そう、真実はいつも一つ!!
「コックリ。お前は『琺魔水晶』を知っているよな?」
「ピクルス軍師。ここでその話は……」
俺は小さな罠を仕掛ける。
「問題ない。サイ君もトレスマリアも今は医務室だ」
「……はい。『琺魔水晶』の件は知っています」
よし。
「今回の件はお前が管理している最中に起こった事だ。その責任をどう考えている?」
「……覚悟はできています。しかし『琺魔水晶』は奪われたわけでは……」
「『琺魔水晶』が奪われた? 誰がそんな事を言ったコックリよ」
「!?」
「俺とレモンバーム将軍の会話でも聞こえたのか? おかしいな、ここの水晶は防音効果があるはずだが……何故俺とレモンバーム将軍しか知らないはずの今回の事件をお前は知っているのだ?」
俺は机の上で手を合わせながらコックリを静かに見据える。
決まった……! コックリは真面目な性格だ。弟子とも言えるウィズィの前で嘘は言えないだろう。後はボロボロと泣きながら犯行動機を語らせてこの事件は終幕ってわけだ。
「ピクルス軍師を急にお呼びすると言うから、もしやと思ってはいましたが……やはりレモンバーム将軍もお見通しだったのですね」
おっ? ついに自白が始まったか?
「申し訳ございませんピクルス様! 必ず、必ず『琺魔水晶』は出させますから!」
……ん? 出させる?
「あぁ、もう。本当に恥ずかしい。私の指導が行き届いていなかったばかりに御迷惑をおかけして……」
あれ? なんか話の雲行きがおかしいぞ?
「まぁまぁピクルスさん。コックリ様も謝っている事ですしあまり怒らないであげて下さい。悪気があって黙っていたわけではないんですから」
ウィズィが足をぶらつかせながら会話に割って入る。
「ウィズィ! 貴方も少しは申し訳なさそうにしなさい!」
「食べちゃったものは仕方がないですよコックリ様。それに何度も言いますけどそのうち出て来ますから安心してください。今ちょっと便秘気味なだけなんで」
は?
「それに私も覚悟は出来ていますよ。次のトイレはきっと難産でしょう……しかし! 私は裂けても構わない! その覚悟があればこそのウィッチーズです!」
「ウィズィ! 絶対に駄目です! 呪術軍の秘宝なのですよ!? 何とか口から出しなさい!」
「コックリ様、無茶言わないで下さい。不可能な物を取り除いていった結果、残った物こそ真実。そう真実はいつも一つなんです!!」
俺の台詞……っじゃねぇ!!
お前が食べたのかよ! フェレットやウサギだけじゃなく水晶も食べるってどんな偏食家だ!?
つまり『琺魔水晶』は今、お前の大腸あたりでゆっくりと解放の時を待っていると言うのか!? しかも何をさも当然のように排泄物として『琺魔水晶』を出す事が己の使命でありウィッチーズの役割みたく言ってるんだよ!
「暗黒の水晶は我が胎動を巡る、抗うな、自然の理に身を任せ導かれよ。漆黒はより黒く、爆流の如き権化となる。放て! 黒水晶大爆発! ……と叫ぶ準備は万全ですので安心してください」
ここぞとばかりに新しい魔法を創作するな! もう本当にやめてくれ!
コックリが泣きそうな顔で頭を抱えている。あぁ……辛かっただろうなコックリ。こいつの教育係は地獄だろうな……一時でも犯人と疑ってすまなかった。
しかし俺たちに現状を打破する術はない。ただその時を指を咥えて待つしかないと言うのか!?
「話は聞かせて貰ったわ」
絶望的な閉塞感に襲われる俺たちの前に颯爽と一匹のウサギが扉を開けて現れる。
ト、トレスマリア!?
「え、話ってどうやって? トレスマリア様は確か医務室にいたはずでは……それにここの水晶は防音効果が……」
「私の拡散聴力を舐めないで欲しいわね」
そう言ってキッとウィズィを睨みつける。
「ひぃ!」
怯えるウィズィの肩をそっと抱くトレスマリア。
「辛かったわね、私もあるの。その……中々出ない事。でも安心して、私は愛の戦士トレスマリア。救いましょう貴方を」
そう言って深く体勢を沈める。
「唄え愛の歌! ラビットボディブロォォォォ!!」
コークスクリュー状のアッパーカットがウィズィの腹に炸裂する。
「ぐぼほうぅぅぅ!!」
宙を舞ったウィズィの口の中から色とりどりの汚物が放出される。そしてその中には黒く光る片手で持てる程度の水晶も吐き出され、床へと転がる。
「あ、『琺魔水晶』」
汚物の中に紛れた『琺魔水晶』は一層の禍々しさを放っていた。そう、決して触りたくない程に……
こうして一人の戦士の活躍により、今回の悲しい事件の幕は閉じるのであった。