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87話:呪術軍の秘宝

 水晶でできている事以外、レモンバーム城の中は至ってシンプルな作りだった。


(まあ綺麗は綺麗だけどあんまり住みたくはないなぁ)


 なにせ、個室、大広間、会議室、風呂場、トイレ、その全てが透き通るような緋色の水晶で作られている為、外から中が丸見えだ。プライバシーの欠片もないこの城で暮らせば羞恥心を捨てるのと引き換えにさぞ高尚な精神力が得られる事だろう。流石に魔法に特化している呪術軍だけの事はある、褒めてはいない。


 コックリに連れられるがまま上階へと登って行くと、階の片隅の小さな部屋で肩肘をついて座っているレモンバーム将軍の姿が水晶越しに見えた。


「ここがレモンバーム将軍のお部屋です」

「えっ? ここ?」


 仮にも将軍であるレモンバームの個室があまりに小さい事に少し驚く。


「レモンバーム将軍の個室だよな? いくらなんでもちょっと小さくないか?」

「部屋の割り振りは体の大きさによって決めていますから」


 ふーん。まあ年齢はともかく外見はただの小っちゃい少女だしな。


「ん? でもコックリはそんなに小さくないよな?」


 コックリだけではない。そう言えばミュゼルワールも普通の成人男性と同じ背丈だった。初めに会ったダークエルフがレモンバーム将軍だったから、ダークエルフは皆小っちゃいものだと思っていたな。


「確かにコックリ様は小さくないです。私の見立てだと少なく見積もってもDはありますね」


 急に会話に割って入るウィズィ。


「一方でレモンバーム様は疑いの余地なくA。しかしロリに巨乳が萌えるなどと、のたまう殿方は私から言わせればレベルの低い駆け出しの冒険者。真に脅威なのは、つるぺたロリ最強と臆面もなく真顔で提唱し、その成長過程を楽しむ事を生業とする深淵を知る勇者! とは思いませんかピクルスさん?」


 お、思わなくはない、思わなくはないが、お前死ぬぞ!?

 ゴゴゴゴ……

 予想通りウィズィの後ろで怒りの炎熱魔法がコックリの右手から迸る。


(こいつ、実はただのマゾなんじゃねーか?)


「さっきから何をしているこのオタンチン共が」

「レ、レモンバーム将軍! これは失礼を」


 部屋の外でガヤガヤとやり取りしている姿を見かねたのか、扉を開けて廊下に出て来るレモンバーム将軍。そして咄嗟に右手に溜め込んだ魔力を隠すコックリ。


「レモンバーム様! ……古より伝わりし獣、その爪は鉄をも切り裂き、その歯は岩をも砕く。日昇る大陸より現れし知を統べる者……ピクルスさんを連れて来ました!」


 俺をこの世界に古くから伝わる幻の生き物みたいに言うな。それにお前、普通に焼き殺そうとしてたからね。


「まあいい。さっさと入れピクルス軍師」

「あ、はい。失礼します」


 バタンッ。

 あれ?

 部屋の中に入ったのは俺一人だった。コックリとウィズィは部屋の外で待機……いや正確には部屋の外でコックリの吊り天井固め(ロメロスペシャル)が見事にウィズィに極まっていた。

 しかし先ほどまでの騒がしいわめき声は聞こえない。この水晶、もしかして音を通さないのか?


「まあ座れ」


 そう言って自分の椅子に座り直すレモンバーム将軍。いや、座れと言われても椅子がないんですが……

 俺は仕方なくその場で体育座りする。


「……」

「……」


 部屋の中で二人、沈黙が続く。


(俺とレモンバーム将軍との間が水晶で区切られてるわけじゃないよな、自分から呼んでおいて何のつもりだ)


「アールグレイは……」

「……!」


 部屋に入って最初にレモンバーム将軍から出た言葉に心臓がドクンと大きく脈打つ。

 まさか、疑われているのか!?


(確かに先の戦争では大きく動いたが証拠は残していないはずだ。そもそも『海猫の火』が魔力による火だと知っているのは俺だけだ。大丈夫、大丈夫なはず、だ……) 


 緊張から動悸が激しくなる。


「アールグレイは紅茶が好きでね。よく二人でこの部屋で飲んだものだ」

「は? はぁ、紅茶、ですか。」


 ……大丈夫、そうだな。


「奴はミルクティーに目がなくてな。よく自分の大陸で牛の乳を搾ってはこの城まで持って来ていたものさ」

「そうなんですか(アールグレイじゃないんだ……)」


 遠い目をして懐かしそうに笑うレモンバーム将軍。その表情は今までに見たことがない程穏やかだった。


「どうしようもない奴だったが魔王様の脅威となる勇者を道連れにしたのだ、悔いはないだろう」

「……」

「ピクルス軍師。お前もよく最後まで戦ってくれた。アールグレイに代わって礼を言うぞ」


 そう言って丁寧に頭を下げるレモンバーム将軍。


 ズキ……


「あ、これ……」


 俺は懐にしまいこんでいた、折鶴と言うにはあまりに不格好な紙くずを取り出す。決戦前にアールグレイからもらった紙くずだ。


(なんで俺こんなものをまだ持ってんだ!? で、なんで今取り出すんだよ!)


「相変わらず不器用だな。これは鶴か? いつか折り方を教えてやらないとな……」


 レモンバーム将軍は鶴の紙くずを大事そうに受け取ると、そのまま手に魔力を込めて灰にする。


「達者でな。アールグレイ」


 ……もしかして俺が今回呼ばれた理由はこれだったのか。

 空に舞う灰を眺めるレモンバーム将軍の顔は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。



 っと! いかんいかん! 何をやっているんだ、馬鹿か俺は!

 遠路はるばるこんな南の大陸までやって来たんだ。レモンバーム将軍の依頼と言うのが、仮にアールグレイ将軍の最後の近況報告をして欲しかっただけだとしても俺には関係ない。今回の目的は枯渇した戦力増強の為に『魔法道具を使って魔物を生み出す方法』を知る事だ。訳の分からない感情に流されている場合ではない。


「あ、ところでレモンバー……」

「そういえばピクルス軍師。今回の依頼なのだが」


 あれ? 依頼はやっぱり別であるのか、まあそりゃそうだよな。


「呪術軍の秘宝である『琺魔水晶』。この水晶が何者かによって奪われてしまったのだ。奪い返すのに協力をして欲しいのだが」

「『琺魔水晶』ですか? 別に構いませんが、誰に奪われたのですか?」

「それが心あたりがまるでなくてな。城内に大事に保管してあったのだがつい先日何者かに保管庫が荒らされていたのだ。犯人が分かっていれば実力行使でどうとでもなるのだが……そこで少し知恵を借りたいと思ってな」


 ふーん。でもこの城って呪術軍の魔物しか入れないんだよな。大袈裟にじっちゃんの名をかけるまでもなく犯人が絞れているんだが……


「ところで『琺魔水晶』って何なんですか?」

「あぁ、『琺魔水晶』は魔力で魔物を生み出す魔法道具だ」


 な、なんだってーー!?




次回 解決編


Next ferret HINT!

『ウィッチーズ』

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