86話:水晶の城
「そういえばレモンバーム将軍の城はここから遠いのか?」
俺は素朴な疑問をコックリにぶつける。
船着き場から半日歩いて来たが特に城らしきものは確認できなかった。もしここから更に歩くのであれば正直一休みしたいところだ。
「いえ、ここの真下ですのでもうすぐです」
「真下?」
コックリはそのままくるりと振り返りサイ君とトレスマリアに向かって告げる。
「サイード様、トレスマリア様。申し訳ございませんがレモンバーム将軍よりピクルス軍師お一人を連れてくるように指示を受けておりますので、少しこの平地の外で待っていてもらえないでしょうか?」
本当に申し訳なさそうに深々とお辞儀をするコックリ。
「なによ貴方? ピクルス君と二人っきりになって何をしようって言うの? 色目なんて使って汚らわしい。ピクルス君はねぇ、強い女が好きなの。貴方ベンチプレス何キロ? 何キロなのよ?」
魔法が得意なダークエルフに向かって己のフィールドで勝負を持ちかけるトレスマリア。流石である。
「まあまあ、トレスマリア様。レモンバーム将軍の指示なら仕方ないですよ。それに……」
「それに?」
「障害があるほど恋は燃え上がる、そして離れてこそ育む愛もあります」
「あんたねぇサイード……ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん!!」
奇声をあげて壊れた様に飛び跳ねるトレスマリア。どうやら納得したようだ。
「ピ、ピクルス君……私自慢じゃないけどあんまり放っておかれると寂しさで死んじゃうんだからね。でも死ぬときは絶対にピクルス君と一緒って決めちゃってるんだからね!」
迷惑な習性だな。こいつに寂しい思いをさせたら俺は死ぬのか。
「ピクルス様~。夕飯の用意はしておきますから暗くなる前に帰って来るんですよ~」
「ピクルス君。手紙、書くから」
そう言って二人は野ウサギを片手に手を振りながら岩山に囲まれた黒い平地から出て行った。
「愛されているのですね」
コックリが小さくなる二人を見ながら呟く。
(は?)
「いや、護衛である彼らが俺の心配をするのは仕事だから当たり前だ……」
俺はプイッと目を逸らす。
「そうですか? でもお二人には悪い事をしました。折角来ていただいたというのに」
「別に気にする事はない。それよりも真下って? まさか隠し通路とかがあるのか?」
「あ、説明がまだでしたね」
そう言ってコックリは持っていた杖の先をトンッと黒い平地に突き立てる。
「では、今から扉を開けますね」
ブツブツと何かを唱え始めるコックリ。すると黒い地面から魔方陣が浮かび上がり眩い光が四方を岩山で囲まれた平地を包み込む。
「うぉ!?」
「扉解放!」
詠唱が終わると同時に魔方陣の光はより一層の輝きを放つ。
「……っ!」
目が眩むような光の奔流がやっとおさまり、俺はゆっくりと目を開ける。すると目の前には緋色の水晶で出来た立派な城が忽然と姿を現していた。
「ようこそ、レモンバーム城へ」
「おぉ……」
上空を見上げてもついさっきまでぽかぽかした陽気をふりまいていた太陽はない。代わりに芸術的とも言える様々な形の水晶の数々が、所狭しと天井を着飾っていた。
「なるほど。レモンバーム城は地面の中の空洞にあるって事か」
「はい、百年以上その形を変えることなくこのマギナギ大陸の地下に眠る水晶の城。それがレモンバーム城なのです」
「……どうりで城が見当たらないはずだ」
「驚かせてすいません。この城は元々ダークエルフ属の先祖が作った居城なのですが、入り口も少し特殊で私たち呪術軍が使う魔法でないと、この城へと繋がる扉は開きません。ですから客人がいる際には必ず地上までお迎えにあがっているのです」
つまり勇者たちも攻め入る事が出来ない最強の城塞って事か……
つーか、これ凄ぇ! この技術さえあれば安心安全の寝床が確保できるって事だろ? 最高級マンションの警備システムも真っ青の超防護システムじゃねーか!
「……コックリよ。この城へ入る為の方法だがな、これはかなり有効な技術だ。できればビースト軍でも取り入れたいのだが」
「はい。お褒め頂きありがとうございます。しかし地面にかなり大きな穴を掘らないといけませんが?」
それなら大丈夫。ウチには必要以上に穴を掘りたがる奴がいるからな。
「問題ない。それで? この技術は流用可能なのか?」
「魔方陣を組んでいるだけですので問題はないかと」
よし! まさかこんな形で楽園への道が開けるとは!
「しかしいいのですか?」
「何がだ?」
「地面の中って酸素がほとんどないんです。一時間おきに外に出て新鮮な空気を吸わないと酸欠で死ぬのですが……」
(……え……死ぬんだ……)
じゃあ俺は今から行われるであろうレモンバーム将軍との話を、できるだけ短く簡潔に纏めて時間内に地上まで帰還しなくてはならないデスゲームに招待されたって事か? なんだそれ!
「そ、そうか。思ったより不便なんだな。じゃあここの魔物たちは皆一時間ごとに外に空気を吸いにいってるのか?」
「いえ、呪術軍はほとんどが魔法生命体ですから酸素がなくても平気なんです。定期的に外に出る必要があるのは私のようなダークエルフ属くらいですね」
魔法生命体、か。確かに『呪術軍』は生きているのか死んでいるのか分からない死霊系の魔物や実体のないエレメント系の魔物が多いからな。『魔法道具を使って生み出された魔物』がまさにそいつらなのだろう。
「……ところでコックリはその魔法生命体がどうやって生み出されるのか知っているか?」
城の入口付近まで来たところで歩みを止めて不意に質問してみる。
「それは魔法生命体というくらいですから魔法で生み出されるのではないですか?」
あれ? 疑問形? レモンバーム将軍の側近であるコックリも詳細は知らないのか? 意外だな。当然知っているものだと思っていたのだが、思った以上に機密事項なのかも……
ブルッ……
それにしても冷えるな、やっぱり地下だからか。よくこんな寒い所に住んでいられるなぁ。ダークエルフって寒さに強いのか?
「くしゅん!」
いやマジでちょっと尋常じゃなく寒いぞ。なんか地面とかも薄っすら凍ってるような……
「熱を断罪せし氷霧よ、交じり合い結びつけ。我が眼前の万物、根もなく葉もなく活動することを許さぬ、極寒の象徴、凝着し氷結の元へと誘え……」
背後からぶつぶつと詠唱が聞こえて来る。え、この声ってさっきの……
「氷帝超新星ぁぁ!!」
目で見える範囲の地面が一瞬にして凍りつく。突然の強襲に九蓮宝刀を構える間もなく俺の足も地面と一緒に凍りついていた。
つ、冷てぇぇぇぇ!!
「コックリ様、やっと追いつきました! も~先に行ってしまうなんて酷いですよ!」
スケートリンクを滑るように凍った地面をスイスイとスライドしながら近づいて来るトンガリ帽子のウィズィ。
「いや~危ない所でした。私の魔法の発動があと少し遅かったら先に二人に城に入られて寂しい思いをする所でした。ふうっ、紙一重紙一重」
笑顔で額の汗を拭うウィズィ。
……こいつ、ぶっ飛ばすぞ。
「ウィズィ、ちょっと来なさい」
俺と同じく足の根元まで氷漬けにされたコックリが手招きをしてウィズィを呼ぶ。
「はい? なんですかコックリ様」
ガシッ!
コックリのアイアンクローが小さなウィズィの顔をガッシリと鷲掴む。
「い、痛い痛い痛いぃぃぃ!! ギブ! ギブですコックリ様ぁぁぁ!!」
宙に浮いた足をバタつかせもがき苦しむウィズィ。コックリはニコニコと笑顔で話しかける。
「ウィズィ。安易に上級魔法を城の敷地内で使ってはいけないといつも言っていますよね? これで何回目か覚えていますか?」
「い、痛いぃぃぃ、こ、今月に入ってまだ二十回目ですぅぅ!!」
「しかも今回はピクルス軍師まで巻き込んで……私は貴方の教育係として顔から火が出るほど恥ずかしいです、本当にもう」
「こ、コックリ様。顔から火が出そうなら私の極大氷系魔法で消火して……うぎゃああぁぁぁ!」
メキメキッと頭蓋骨が軋む音が聞こえる。
コックリ怖ぇぇ! こいつ実は肉弾戦の方が得意なんじゃ……
ウィズィはそのまま事切れた様に自らが作成した氷上に放り投げられる。
「ほら、ウィズィ。きちんとピクルス軍師に謝りなさい」
「うぅ……すいませんでした……美味しそうなネズミの人」
「……火焔波動」
「ぎゃああぁぁ!!」
火だるまになるウィズィ。
「お、おい……」
「大丈夫です、ウィズィは魔法の耐性が高いので。それに回復魔法も使えますし」
(それさっきも聞いた)
微笑を浮かべながらも内心はブチ切れているであろうコックリにそれ以上何も言う事ができなかった。俺は自業自得とは言え泣きながら自分の治癒に励むトンガリ帽子の少女を憐みの目で見ながら、自分の足に絡みついた氷を九蓮宝刀で消滅させる。
「うぅ……しみるよぅ……」
自分の傷口に唾をつける民間療法で応急処置を施すウィズィ。
どうやら回復魔法のバリエーションは豊富なようだ。