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85話:ウィッチーズ

 マギナギ大陸。

 世界の最南端に存在し、レモンバーム将軍が支配するこの大陸は魔法大陸とも呼ばれており古くから魔力を持った不思議な物質が数多く採掘されてきた。その土地柄から魔法も急激に発達し、この世界に存在する魔法の八割はこのマギナギ大陸から生まれた物だと言われている。

 俺はサイ君とトレスマリアを引き連れてその魔法大陸に足を踏み入れていた。


「待ち合わせ場所はここでいいんだっけ?」


 地図を見ながらサイ君に尋ねる。船着き場から半日ほど歩いた場所に四方を岩山に囲まれた半径二十メートル程の黒い平地があり、そこで『呪術軍』と落ち合う事になっていた。


「そうですね、ここみたいです。戦争で呪術軍の副官をしていたコックリさんが迎えに来ると聞いていますのでちょっと休憩しましょうか」


 その言葉を聞いてトレスマリアがピンッと長い耳を立てる。


「そうね、そうしましょう。丁度お昼時だし私が食事でも作るわね、ぴょん」

「悪いなトレスマリア」

「べ、別に私が暴飲暴食なだけでピクルス君に手料理を食べて貰いたいわけじゃないんだからね!」


 顔を赤くしながら岩山の隙間を掻い潜り黒い平地の外へと出ようとするトレスマリア。


「じゃあ私ちょっとそこら辺で野ウサギでも狩って来るわね」

(野ウサギはやめろぉぉ!)


 そもそも現地調達かよ。手料理って丸焼きで食わせる気満々じゃねーか。

 声を掛ける間も無く飛び出して行ったトレスマリアを諦めの眼差しで見つめながら、俺は近くにあった岩場に腰を下ろす。


「ふぅ……」

「それにしてもレモンバーム将軍の依頼って何なんでしょうね?」

「さぁ、依頼内容はこっちに来てから教えるとしか言われなかったからなぁ」

 

 今回マギナギ大陸に来た理由はレモンバーム将軍から極秘の依頼という事で呼びつけられたからだ。当然ミックスベリー将軍の了承の元ではあるが理由も言わずに人を呼びつけておいてしかも待たせるとは……あの口悪ダークエルフ将軍め……

 依頼内容も聞いていない為、今回の件は断る事もできた。しかし俺は二つ返事で今回の件を承諾していた。なぜなら近い内にこのマギナギ大陸には来ようと思っていたからだ。



 先の大戦争で『魔王空軍』の大半を失った魔王軍は深刻な魔物不足に陥っていた。特にイーシオカ大陸の魔物はかなり減少しており、今の所イーシオカ大陸の占有権は魔王側と人間側どちらにもない不安定な状況だ。

 当然こんな事は想定内だった。魔王軍側の被害も大きかったが、勇者側にも大打撃を与えているため今回の戦争は痛み分けであり、ノワクロさえ始末できるなら俺はそれでもいいと考えていた。

 勇者のレベルを上げさせない為の『サンドイッチ作戦』もイーシオカ大陸に限っては魔物不足から継続は不可能だが、そもそも魔物がいないからレベルの上げようもないしな。


 そう、こんな事は想定の範囲内。想定の範囲内だったんだ……想定外だったのは……


「はぁ……モルフォさん……」


 恋煩いのサイ君が空を見上げて溜息をつく。

 

 ……これだ。

 サイ君だけではない。魔物は基本的に恋に対して誠実すぎるのだ。

 迂闊な事に俺は魔物の繁殖能力が人間と比べても著しく劣っている事に今回の戦争後に初めて気づいた。最近行った『ビースト軍』での恋愛に対する意識調査の結果がこれだ。


◆貴方は付き合ってからどのくらいで結婚を考えますか?

 20年……918

 10年……79

 5年……0

 1年……0

 半年……0

 出会った瞬間……3

(調査対象1000匹)


 なんと9割以上が20年以上愛を育むと言う奥手っぷり。当然デキ婚などあるはずもなく、人間側のソレと比べても圧倒的に繁殖力が低いのだ。寧ろ今まで良く戦力バランスが保てていたと言ってもいい。


(そりゃあミュゼルワールもエルグランディス計画で楽に強力な手駒を増やしたいと考えるわな……)


 しかし調べて行く内に魔物の誕生方法には三通りのパターンがある事が判明した、一つは生殖行為による繁殖。

 もう一つは魔王が直接自分の魔力を使って魔物を生み出すパターン、これは無から生成するケースと元々いる動物や物質に命を吹き込むケースがある。最初期はこの繁殖方法が主流だったようだが今はほとんど行われていないらしい、プラムジャム将軍などはこのパターンに該当する。

 最後に魔法道具を使って魔物を生み出すパターン。これは魔王が魔物を生み出すシステムと同系統のモノだと思われる。そして特筆すべきなのはマギナギ大陸を支配するレモンバーム将軍の『呪術軍』のほとんどが、この『魔法道具を使って生み出された魔物』であるという事だった。


 多分生み出せるのは魔法系の魔物だけなのだろうが贅沢は言っていられないからな。それに『呪術軍』を率いるレモンバーム将軍なら確実にその生成方法を知っているだろうし、断る理由もないだろ……

 俺はそんな事を考えながら岩場を枕にごろんと平地に寝転がる。


 カタ……


「……!?」


 腰に携えた九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)が誰かの魔力に反応して小さく動いている。


「どうしましたピクルス様?」

「……サイ君気を付けろ。何かいるぞ」

「え、野ウサギですか?」


 俺は岩山の陰から外を覗く、しかし視認できる場所には誰もいない。だが確かに何処かから見られているような……

 視線の出所を探していると上空からぶつぶつと声が聞こえてくる。


「……闇に病みし炎の龍よ、忌み嫌い喰らえ黒の歴史を。滅却せしは偽りの我、自尊を汚すは太古の記憶、燃やし尽くせ……」

 

 見上げるとトンガリ帽子を被った黒髪の少女が円形の黒い炎の魔力に包まれ上空に浮いていた。

 しまった! 上か! サイ君が空を見上げてたから上には何もないと思ってた!

 少女は手に持った杖をこちらに向けて叫ぶ。


邪炎龍降臨(ダークイグニート)ぉぉ!!」


 詠唱が終わると同時に巨大な黒炎の龍が俺たちのいる地上へと唸りをあげて襲い掛かる。


(やっべぇぇ!!)

 俺は咄嗟に九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を鞘から抜き天へとかざす。


 ギュルルルルルル!!

 龍の形を模した黒炎は避雷針の役割を果たした九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)に掃除機に吸い込まれるがごとく吸収される。俺はそのまま龍を切り裂くように剣を振り抜き事なきを得る。


「ちっ! なんだ、勇者か!?」

「勇者ですか!? ちょこざいな!」


 俺とほぼ同時に空でフワフワと浮いているトンガリ帽子の少女も声を発する。

 ……あれ? 勇者じゃない? よく見れば黒い魔女っぽい服に身を包んでおり勇者一行にいる魔法使いとも少し違う。と、なるとこいつは……


「こら! やめなさいウィズィ。この方たちはミックスベリー将軍の側近である、ピクルス軍師とサイード様。大事な客人ですよ、言っておいたでしょう」

「コックリ様!?」


 声のする方を振り向くと岩山の隙間から先日の戦争で『呪術軍』の副官を務めていたダークエルフ、コックリの顔が見えた。

 副官に任命しただけあって相変わらず落ち着いた雰囲気のコックリだったが、厳しい口調で強烈な魔法をぶっ放してくれた上空のトンガリ帽子に向けガミガミと怒っている。

 ……やっぱり『呪術軍』の一員か。危うく丸焦げになる所だったぞ。


「しゅん……すいません、コックリ様。だってこのネズミが美味しそうだったからつい……」


 おい、食うつもりだったのかよ!


「ウィズィ! ピクルス軍師に失礼ですよ」

「しょぼぼーん……褒めたのに……」


 褒めたのかよ!


「無礼をお許し下さいピクルス軍師。彼女はウィズィ、まだ幼いですが呪術軍の最高戦力であるウィッチーズの一員なのですよ」


 あぁ、こいつが『四獣王』や『ワイバーン隊』に並び称されるウィッチーズなのか……しかしこのトンガリ帽子の女、どう見てもダークエルフじゃなくて人間に見えるんだけど。


「いや、いいのだコックリ。勘違いは誰にでもあるからな、それに相手に対して何の確認もせずに容赦なく高度な魔法で殺しに掛かる心意気、頼もしくて結構な事じゃないか」


 岩山内の平地へと入って来るコックリへ皮肉交じりに言い放つ。ペコペコと俺とサイ君に何度も頭を下げるコックリ。

 ったく……上空に浮いていないでお前が謝りに来いよトンガリ帽子。

 当の本人はこちらを気にする様子もなく、ジーッと何かを目で追っていた。そしてその視線の先は徐々にこちらへと向く。


「ピクルス君お待たせ。色艶の良い野ウサギを仕留めて来たわ。今日はごちそうよ!」


 岩山からひょこっと大きな野ウサギを片手にトレスマリアが顔を出す。……その時……


「……闇に病みし炎の龍よ、忌み嫌い喰らえ黒の歴史を。滅却せしは偽りの我、自尊を汚すは太古の記憶……」


 先ほどと全く同じ詠唱が聞こえてくる。

 おい、おいおいおいぃぃぃ!!


「コックリ様、今夜はごちそうです! ウサギの丸焼きが、なんと二匹!!」


 今怒られたばっかりだろ!? 学習しろや、こんなでかい野ウサギいねぇだろ!

 俺は慌てて九蓮宝刀(チュウレンポウトウ)を構える。


「燃やし尽くせぇぇ!!」

「いい加減にしなさいウィズィ! 火焔波動(カグツチ)


 杖を振るよりも一瞬早く、コックリの火炎魔法がウィズィを貫く。


「うぎゃあぁぁぁぁ!!」


 断末魔とも思える叫びをあげながら、こんがり焼けた魔女の少女が地面へと落ちてくる。


「おい、死んだんじゃあ……」

「大丈夫ですよ、彼女は魔法に対する耐性も高いんです。それに回復魔法も使えますしね」


 あ、そうなんだ……なら平気なのかな?

 ウィズィはプスプスと焦げ臭い匂いを放ち、地べたを這いずりながら何かの呪文を唱えている。


「うぅ……痛いの痛いの飛んで行け、痛いの痛いの飛んで行けぇ……」


 魔法じゃねぇ!


「さぁ、では行きましょうか。レモンバーム将軍がお待ちです」


 ウィズィを無視して笑顔で俺たちをエスコートするコックリ。魔王軍の中でも貴重な良識人だと言えるがどこぞの将軍に似て怖いな、この人。


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