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84話:サイ君の恋愛事情②

「それではこれよりラブラブ大作戦の会議を実施します」


 書庫にある小さな丸テーブルでラブラブ大作戦の会議が始まる。司会はいつも通り、当事者である私サイードが行う事になった。私事に軍師のお二人を巻き込む結果となってしまったが、ここまで来たら頼らせてもらおう。


「では、キュービック様お願いします」


 余裕の表情で腕を組むキュービック様に話を振る。


「……サイードよ、貴様は吊り橋効果という言葉を知っているか?」

「吊り橋効果……ですか?」

「そうだ、告白の成功率が格段に上がると噂される恋の魔法。聞いたことはないか?」

「いえ、すいません。知らないです」

「そうか……」

「……」

「……」


 話が終わった!? このタイミングでただの質問だったんですかキュービック様!?


「ま、まあ、呪術軍の魔物なら魔法に精通していますし吊り橋効果という状態異常を起こす魔法を知っているかもしれませんね、もし良ければ今度聞いておきますよ」

「そうか! 頼んだぞぉ!」


 期待に胸をときめかせる少年のような顔でこちらを見るキュービック様。えーっと、これはもうスクエア様に話を振っていいのかな?


「そ、それではスクエア様、お願いできますか?」


 白い髭を触りながらスクエア様が口を開く。


「ほほ、サイードよ。生物とは危機に瀕すると本能的に子孫を残そうとするものじゃ」

「ししし子孫ですか!?」


 スクエア様から語られるアダルトな話題につい動揺してしまう。


「ほほ、若いのぉ。わしが言いたいのは死と隣り合わせの戦場で一緒に戦えばそれは仲間意識から恋の意識へと変わっても不思議ではないという事じゃ」


 鋭い……確かにスクエア様の言う通りモルフォさんに恋心を持ったのは今回の戦争がきっかけだった。


「そこでじゃ、モルフォ嬢を危機的状況から救う事で自身の評価を爆上げさせるのじゃ! さすれば最終的にお主らはチョメチョメできる仲に進展する事間違いなし!」

「ちょ、チョメチョメですかぁ!?」


 ちょ、チョメチョメ……見つめ合うとか、て、て、手を繋ぐとか……そう言う事ですかスクエア様ぁ!!

 シュポーッと想像しただけで頭から湯気が沸き立つ。


「そう興奮するでない。早速作戦の具体的な話をするぞい」

「は、はい」

「まずはモルフォ嬢を落とし穴につき落とす。そしてサイード、お主がモルフォ嬢をその穴から救い出すのじゃ!」


「……」

「どうしたサイード?」

「いえ、大変言いにくいのですが、その……モルフォさんは羽があるので落とし穴の中から自力で出て来れるのでは?」

「サイード! 貴様ぁスクエア殿の策に意見をする気か!」


 隣でふむふむと作戦を聞いていたキュービック様が激昂して席を立つ。


「す、すいません」

「羽が邪魔で作戦を遂行できないならその羽を毟り取って落とし穴に叩き落とす! それが戦闘員たる貴様の仕事だろうがぁ!」


 ええーー!!

 羽を毟り取って落とし穴に叩き落として、それで助けてもプラマイ0どころかマイナスな気が……それどころか精神不安定な異常サイ男と認知されてしまうような……

 しかし顔を真っ赤にして怒るキュービック様にその事を伝えるのは火に油だと思い口を噤む。


「ほほ、そう怒るでないキュービックよ。羽をどう毟るかはおいおい考えて行けばよかろう」


 毟るのは確定なんですか!?


「あの~。落とし穴は掘るのに時間も掛かりますし、できれば別の策でお願いできないでしょうか」

「ふん、我儘な奴だな」


 折角協力してもらっているのに申し訳ないです。しかしいくらお二人の案でもモルフォさんを傷つける策に賛同するわけにはいかないので。


「では仕方がない、私のとっておきの策を授けてやるぞぉ!」


 ドカッと椅子に座り直したキュービック様が自信満々に話はじめる。


「これはオペレーション『シチュエーションマジック』という高度なテクニックだぞぉ!」

「シチュエーションマジック、ですか?」

「いいかぁ! まず食パンを咥えて相手に猛然と突進、そしてぶつかって転んだ後『てへへ、好きです』と告白するのだ!」

「へぇーそれがシチュエーションマジックというのですね。ちなみに食パンは何故咥えるのですか?」

「お腹が減るからだ」


 なるほど。


「これなら簡単にできそうですね。でもいきなり告白は緊張しますね」

「馬鹿者がぁ! 相手に想いを伝える時はシンプルな方が良いのだ! それにこの作戦が簡単だと? 甘く見るなサイード! 今の所この作戦の成功率は0%だぞぉ!」


 ええーー!!


「ぜ、0%なんですか?」

「そうだ、まあ試行回数が少ないのが原因だがな。もし貴様が成功すればこの作戦の成功率は一気に2%まで跳ね上がるから安心しろぉ!」


 そうなのか。それなら、まあ……


「分かりました、私がこの作戦成功の先駆者になってみせます」

「ははー! いい心がけだ。後は食パンにつけるジャムを何にするかだが……」


 その後、二軍師と食パンにつけるジャムを何にするかで議論が白熱。最終的にカロリーバランスと味を考慮して王道のイチゴジャムに決まった時にはすでに夜更けであった。



 ほとんどの時間をジャムの議論に費やしたラブラブ大作戦。

 中盤から寝てしまったスクエア様と、見たくはないお前の勝利も敗北も……、と言い残し去って行ったキュービック様。


 私は一人パンを咥え、意を決して休憩室へと向かう。

 休憩室で待っています、貴方の事を。と言われてから随分と時間が経過してしまった。流石にこんな夜遅くまでモルフォさんが待っているとは思えない、でももし、もしモルフォさんが休憩室にいたら……その時にはこの想いを伝えよう。そして結果がどうであれ区切りをつけて明日からまた集中して仕事をしよう。


 ガチャ……

 休憩室のドアを開けると、そこにはパタパタと羽を動かしてお茶を入れているモルフォさんの姿があった。


「あっ……」


 窓から差し込む月の光に照らされた青い羽根があまりに美しく、イチゴジャムを塗りたくった食パンが口からポトリと地面に落ちる。


「お仕事、大変でしたね。冷めないようにお茶を何度か入れ直していたのですが茶葉が無くなる前に来てくれて良かったです」


 ニコリとほほ笑むモルフォさん。


「ずっと、待っていてくれたんですか?」

「はい」


 頭が真っ白になって言葉が出てこない。こんな幸せな事があるのだろうか。

 綺麗だ……


「サイードさん……」

「は、はひ!」


 静かに落ち着いた口調でモルフォさんが話しかけてくる。雷撃魔法を食らったかのごとく全身が痺れる。心臓は自分とは別の生き物のように暴れ回り今にも破裂しそうだ。


「実は話したい事と言うのは……ピクルス様の事なのです」

「……ピクルス様の?」


 思いつめた表情で話を続けるモルフォさん。


「私たちは先の戦争でアールグレイ将軍を失いました。勇者ノワクロの侵入を許してしまった迂闊さに悔やんでも悔やみきれない思いです」

「……それは私も同じ気持ちです」

「私は副官としていけない事だと思いながらもアールグレイ将軍の身を案じて上空から定期的に城を観察していました。その時、私……その……見てしまったんです」

「見た? 何をですか?」


 胸にあてた手をギュッと握るモルフォさん。


「アールグレイ城が燃える少し前、戦線から一人離れて城へと向かうピクルス様の姿を、です……」

「……!」

「私も何かの間違いだと思いました、しかしピクルス様からはその件について触れられる事はなかったのです。そして勇者ロロロイカ=ピュレは死者復活の秘宝を持っているというピクルス様からの情報……これも結局は誤報でした」

「モルフォさん。何が言いたいのですか?」

「気を悪くされたらすいません。でもタイミングがあまりにも良すぎて、もしかして勇者ノワクロとピクルス様は繋がっていたのではないかと……そんな事を考えてしまうのです……」


 モルフォさんはカタカタと震えていた。勇気を振り絞って私に話をしてくれたのだろう……でも……


「モルフォさん。この前の戦争でピクルス様を指揮官に任命したのは他ならぬアールグレイ将軍ですよね?」

「は、はい」

「ピクルス様を疑うという事はモルフォさんの尊敬するアールグレイ将軍を疑うという事です。それは分かりますね?」


 私は厳しい口調でモルフォさんに問う。


「……はい」

「モルフォさんはアールグレイ将軍を信じてあげてください。私はピクルス様を信じます」

「……」


 下を向いたまま黙ってしまったモルフォさんを尻目にくるりと入って来たドアへと手を掛ける。


「この事は私の中だけに留めておきます。……ピクルス様は寝坊助で、面倒くさがりですけど、頑張り屋さんなんです。いつかきっとモルフォさんにも分かってもらえます」


 ギィィ……と少し重くなったドアを開ける。背中ではモルフォさんが泣いているような気がした。



 城内の皆が寝静まった深夜。ピクルス様の部屋の前を通るとまだ明かりがついていた。僅かに開いたドアから中を覗くと本を片手にうつらうつらと眠気と戦いながら書物と格闘しているピクルス様の姿が見えた。


 バサッ……

 ピクルス様の手から本が落ちる。その音にビクッと反応し本を拾い上げようとするピクルス様だったが寝ているのか地面に手を付けたまま動かなくなってしまった。

 私は部屋の中に入り落ちている本を拾い上げる。

 

「もーピクルス様しっかりしてくださいよ」

「……ん……あぁ、サイ君か……どうしたこんな夜遅く」


 眠気眼を擦りながら疲れた表情で口を開くピクルス様。


「手伝いますよ」

「……いいよ、もう終わるし」

「もう終わるなら手伝います。ピクルス様が昼間に眠そうにしてると私がキュービック様たちに怒られるんですからね!」


 そう言ってピクルス様の了解も取らずに勝手に散らかった本を整理する。


「さあ、さっさと終わらせちゃいましょう」

「……うん、ありがとサイ君」


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