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83話:サイ君の恋愛事情

「はぁ~」


 ピクルス様に頼まれた書類の整理を行いながら本日何度目かの大きな溜息をつく。イーシオカ大陸での大戦争から一ヵ月、私サイードは大きな悩みを抱えていた。


「はぁ~」


 駄目だ駄目だ! こんなにボーッとしていては、これじゃあ体を張って勇者を倒したアールグレイ将軍や魔王空軍の仲間に申し訳が立たない。キチンと仕事に集中しないと……魔王空軍……


 その言葉にほわほわと頭の中に一人の女性が思い浮かぶ。透き通るような青い羽根、戦闘の最中皆の前に立ち統率を行う凛々しくシャープな顔立ち、主君が討たれても涙を堪えて作戦を遂行する戦士としての心意気。

 どうやら私は魔王空軍の秘書だったモルフォさんに恋をしてしまったようだ。


 大戦争で帰る場所を失った魔王空軍の同士たちはビースト軍と呪術軍に引き取られる事になった。引き取ると行っても手狭なミックスベリー城に住むのは極少数、ミックスベリー将軍の配慮でそのほとんどはこのミルウォーキー大陸の好きな場所に住家を設けて自由に暮らしていい事になっている。そのお達しが出てからはある者は山へ芝刈りに、ある者は川へ洗濯にと旅立って行った。


(急に違う城で暮らせと言われてもちょっと気をつかっちゃうもんな。私も遠征の時には枕が変わって眠れなかったし……グッジョブです、流石はミックスベリー将軍)


 そして頭の中から消えない可憐な蝶の女性モルフォさんはミックスベリー城に住む事を選択した数少ない魔物の一人だった。



「ピクルス様~。書類の整理終わりました」


 すでに開いているドアをコンコンと叩きながら仕事の進行状況を報告する。


「あ~ありがとサイ君、悪いけど机の上の書物も片付けておいて」


 こちらを見る事なく書物を読み漁るピクルス様。机の上には大量の書物、大戦争が終わってからもずっと忙しそうに何かを調べている。あまり寝てないんじゃないだろうか? あれだけ寝坊助だったピクルス様なのに最近はあまり休んでいる姿を見た事がない。


「これですね、分かりました。……ピクルス様、少し休憩されたらどうですか? 体を壊しては元も子もないですよ」

「適当に休んでるから大丈夫だよ。イーシオカ大陸に新しい城の着工手配もしなくちゃいけないし、それに調べたい事もあるしね」

「そうですか、無理しないで下さいよ」

「このくらい余裕だって……それよりサイ君、分かっているとは思うけどおつかいの件、他言はしないようにな」

「あ、はい」


 疲れた表情でピクルス様は再度念を押してくる。最近会うたびにこの話をされるのだが……? それにしても『海猫の火』なんて何に使うつもりだったんだろう?

 虚ろな表情で書物をペラペラと捲るピクルス様はやっぱり少し元気がなかった。私は書物を両手いっぱいに抱えて書庫に向かう。



(う~ん。ピクルス様はアールグレイ将軍と仲が良かったからやっぱりショックだったんだろうなぁ……)


 ドンッ!


「きゃっ!」


 考え事をしながら歩いていると廊下の曲がり角で誰かとぶつかる。


「あ、すいません。少し考え事をしていて……」


 慌てて廊下にばらけた書物を拾いながらペコリと頭を下げる。あぁ……またボーッとしてしまった。ピクルス様の分も私がしっかりしないといけないのに。


「こちらこそお仕事の邪魔をしてしまって……」


 書物にフワフワと鱗粉が舞い落ちる。……鱗粉?

 ハッ、と前方に目を向けると青い羽根を広げながらモルフォさんが中腰で散らばった書物を一緒に拾ってくれていた。


「あ、あわわ……も、モルフォさん……」


 心臓が通常の三倍の速度で高鳴り緊張のあまり言葉がどもる。そう、こんな幸運ともいえるアクシデントも今は起こり得る。


「大変そうですね。運ぶの手伝います」

「あ、いえ! 女性にこんな重い物を持たせる事はできません。それにこれは私が受けた仕事。他の方の手を借りる訳にはいきません」

「まあ、責任感が強いのですね」

「いえ! それほどでも!」


 シャッキっと背筋を伸ばして緊張の中言葉を返す。


「では、私は休憩室でお茶を入れて来ます。お仕事が終わったら少し休憩しに来て下さいね。丁度サイードさんとお話ししたい事もありましたので、約束ですよ」


 や、約束! で、デート!?

 鱗粉を撒きながら笑顔でその場を立ち去るモルフォさん。私はその鱗粉を深呼吸するように鼻から目一杯に吸い込む。


「あぁ……モルフォさん……」


 大戦争では副官同士、背中を預けあって戦った戦友でもあるこの可憐な女性に私は完全に心を奪われてしまった。しかしこの大事な時期に若輩者の私が恋にうつつを抜かす時間などあるだろうか? いや、ない。そもそもあれだけ美しいモルフォさんが私のようなサイと話してくれるだけでも奇跡。これ以上は何も望むまい……そう今は仕事に集中だ。集中集中……


「はははー! 見ていたぞサイード!! 職場恋愛とは隅に置けない奴だな貴様も!」


 きゅ、キュービック様!!

 

「ほほ、女性の残り香を思いっきりスーハ―するとは真面目な顔をして中々の変態じゃのぉサイードよ」


 う、うわああぁぁぁぁぁ!! スクエア様まで!!

 ビースト軍の誇る軍師二人が物陰からひょっこりと出て来る。どうやら今のやりとりの一部始終を見られていたようだ。


「ち、違うんです! これは……」

「はははー! 照れるな、男なら当たり前だぞぉ。私も以前意中の女性とぶつかる為に曲がり角を3000往復した経験があるからなぁ!」

「甘いのぉサイード。わしなら先ほどの鱗粉、小瓶に詰めて回収しておるわ」


すでに私の想いに気付いている……やはりこの軍師二人の冴えは恐ろしい……

こんな事、今のピクルス様に相談はできない。ここは思い切って……


「キュービック様! スクエア様! 相談に乗っていただけないでしょうか、そ、その……恋の……」


 ボシュゥ……

 顔から煙が噴き出る。死ぬほど恥ずかしい、だけどこんな身が入らない状態で仕事をしていては迷惑を掛けてしまう。モルフォさんと今後どう接していけばいいか、その答えをこのお二人は持っているような気がした。


「お、おねがいします!」


 深々と頭を下げてお願いをする。

 悟ったような表情で私の両肩を叩くキュービック様とスクエア様。


「任せておけサイード。スキャンダラスなキュービックの異名、ついに見せる時が来た。それだけの事だ」

「礼には及ばんぞサイード。わしらはこんな時の為に静かに牙を研いでおるんじゃからのぉ。お主らを見事恋仲に発展させてみせようぞ、さてラブラブ大作戦の発動じゃあ!」


 ノリノリで拳を突き上げる両軍師。

 本当にこんな事頼んでいいのかな? と思いつつも、半強制的にラブラブ大作戦は開始された。


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